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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
4/30

於凛の恋(前)

於凛さんの恋物語は全3部作です。



今日も椿茶屋は繁盛していた。椿茶屋は、女主人の於凛と看板娘のおはなの二人で切り盛りしている。まるで真っ赤な椿のように色香漂う華やかな於凛と、白い椿のようにフワリと可憐なおはな。血のつながりはないが、本当の姉妹のように仲の良い二人。


椿茶屋は、於凛がおはなを引き取ってから、おはなの家に咲いていたという椿を名に入れ、『椿茶屋』とつけた。名付けた於凛は勿論この名を気に入っていたし、おはな自身もたいそう気に入っている。客や町民も、於凛やおはなを椿に例えて可愛がっていたので、椿茶屋は二人にぴったりの名前となった。


「おはな、お茶を入れてくれるかい?休憩にしよう」

「はぁーい」


おはなは嬉しそうに返事をすると、すぐにほんのりと湯気の立った緑茶と栗羊羹を二人の間に並べた。


「与吉さんがくだすったの」

「へぇ。美味しそうだ」


目を細めた於凛におはなは嬉しそうに楊枝を差し出した。大きな栗の入った羊羹に、二人して楊枝を差した。


「「お、おいしぃ~!!!!」」


思わずもらした声がかさなって、於凛とおはなは顔を見合わせてクスクス笑った。


「最近与吉とはどうなんだい?」

「やだぁ、於凛姉さんたら」

真っ赤な顔でごにょごにょと話すおはなを於凛は幸せそうに見つめた。



そして半刻ほど経った頃。


「於凛姉さんはどうして兵助様とお付き合いなさらないの?」


おはなの話題が与吉から於凛自身に変わって、於凛はきょとりとおはなを見た。


「於凛姉さんと兵助様は長い付き合いなんでしょ?とっても仲が良くて、お互いのこともよく分かり合っているのにどうしてお付き合いなさらないのか、おはなには分からないわ」


羊羹をさした楊枝を片手に真剣に話すものだから於凛は目をぱちくりさせ、笑った。


「はは、兵助とはそんなんじゃぁないよ。兵助は……弟、みたいなもんさ」


むぅ~、と納得いかない顔で羊羹を頬張るおはなの湯のみに茶のお代わりを入れた。おはなはありがとう、とにっこり笑って湯のみを受け取った。


「なら、お付き合いなさっている人はいないの?お姉様ほどの人なら男がほっとかないと思うけど」


おはなの言葉に於凛はふっ、と小さく微笑んだ。


「あたしにも好いた男くらいいるさ」

「えぇ~!!どこの殿方!!?」


   姉様ったらそんなそぶり一度も見せてくれなかったじゃない!!


於凛の言葉におはなは机から身を乗り出して於凛の顔を見つめた。







あれは……、於凛が十六の頃だった。


両親も健在で、於凛は両親の営む茶屋の手伝いをしていた。この頃から於凛は、はっきりとした顔立ちに、ハキハキした気性で、立っているだけでも絵になるような艶やかな美人だった。そのため於凛に心を寄せる男も多く、事実何人もの男たちから求婚されたが、それらのすべてをのらりくらりとかわしていた。


於凛曰わく、


「あたしは好いた人としか一生を共にしないの」


だそうだ。好きでもない男と結婚するなんて考えたこともなかったし、親が決めた相手と共になるなんてもっての他だった。だからどんなに想いを告げられてもそれに応えることはなかったし、親から見合いの話がでてもはっきりと断っていた。



しかし、ある日そんな於凛に一つの話が舞い込んだ。


「嫌よ!おとっちゃん、あたしお見合いなんてしないっていつも言ってるじゃない。今回も断って!」

「しかしだな……」

「嫌よ、ぜーったいイヤ!あたしは自分が惚れた人としか夫婦にならないの!」

「於凛、分かってちょうだい。この話は断れないの」

「お母さん!!?どうして!?」


唯一の見方だと思っていた母親にもたしなめられ於凛は声を張り上げた。


「見合い相手がな、大きな廻船問屋の一人息子でな、旦那さんはここら一帯を取り仕切ってるから断れないんだよ」

「イヤよ!」

「於凛……我が儘を言わないでおくれ」

「イ・ヤ!!」


影を落とす父親にうっ、と身を引くも、自分の信念を破る気はない。ツーンと顔を背ける於凛に両親は顔を見合わせた。


「父さんや母さんだってな、お前が好いた人と一緒になれれば、こんなに良いことはないと思っているさ。それが私たちの幸せだと思ってる」


眉尻と肩を落とす両親に於凛の良心は痛む。


「ねぇ、於凛。一度、たった一度だけでいいのよ。あちらさんだって、会うだけでいいからって言って下さってるの」


母親の下げた眉が於凛の心を揺さぶるが、それでも自分の決意をお見合いなどという言わば政略結婚なんかで崩したくはなかった。自分は好いた男としか結婚しない。それは堅い決意である。たとえ親であろうとその決意を崩すことはできない。


「会うだけ、なんて言うけど、そんな訳にもいかないでしょう?会うってことは承諾したも同然じゃない。絶対にいやよ」


会うだけ、なんてあり得ない。相手はここら一帯を取り締まる町一番の長者。そんな人の息子と会うだけ会って結婚できません、なんて言えるわけがない。だが、かといってお見合い自体を断るわけにはいかないことなど於凛だって百も承知なのだ。だがしかし・・・・。


「おとっちゃんもお母さんも可愛い娘が好きでもない男と結婚して、毎日毎日不幸な顔してその男の世話してる、なんて嫌でしょ?ねっ?」

「そりゃそうさ。娘が不幸になるのを喜ぶ親がどこにいるんだ」

「ほら、そうでしょ?だから、」


すがるように親を見た。於凛の幸せを願っているのはもちろんだ。だが、今回は相手が悪すぎた。何も相手が悪党なわけではない。むしろ、貧しいものには見返りを求めることなく手を差し伸べ、何のためらいもなく金子を貸す。それも利子などつけずに。こんなに良い人はいない。だが、そんなことを知らない於凛にとっては、自分の結婚相手がお見合いで決まるということが嫌でたまらない。結局相手が誰であろうと『お見合い』というものが嫌なだけなのだ。


「於凛、会うだけでいいわ。たった一回だけでいいの。相手方だって会うだけでいいと仰ってくださってるし、於凛が嫌ならお母さんがきちんとお断りするから。そしたら、おとっちゃんもお母さんも二度とあなたにお見合いなんて持ちださないわ。これで最後よ。ね、おとっちゃんを助けると思って、今回だけ引き受けてちょうだい」


母親のその一言が効いた。


於凛は、はぁー、とため息を吐き、会うだけだからね、と折れた。ぱっと嬉しそうに目線を上げた両親に於凛は苦笑した。



まぁ、一度くらいいいか。優しい両親を助けるためだ。お見合いをしたくないのは自分の我儘なのだ。身勝手な我儘で両親を困らせることなどしたくない。それに、もしかしたらお見合い相手が一生を添い遂げる人かもしれない。まぁ、そんなことあるはずないけどね。



だが、お見合いを受ける、その決断が於凛を変えることになるとは、このときは誰も思ってもみなかった。


自分の気持ちに正直に生きたい。けれど優しい両親を困らせたくはない。

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