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あすちるべ  作者: 瑞雨
日常
30/30

意図しの贈りもの

久しぶりの投稿です。




「お姉さまぁー!」




店の奥にいた於凛にも聞こえるような声量でおはなが叫んだ。於凛は前掛けで手を拭き、暖簾を押した。


「お姉さま、これ見て」


机の上を指しながらおはなは奇妙でいて訝しげな不思議な表情をつくった。


「なんだい」


おはなの指先を見れば白い紙が机上に鎮座している。


「…どうしたんだい、これ」

「店の表に置いてあったの」


不自然なほど白い紙・・・いやこの場合、"塊"と言った方が正しいのかもしれない。

妙にでこぼこと膨らんだその塊は見るからに上質そうな紙でできている。


「お姉さま、あたしこんなに綺麗な紙初めてみるわ」



紙と一言で言ってもそれは種々様々ある。


於凛やおはなが手にするような紙は表面はざらざらとしており、黄ばんでいる。材質はそれほどいいものではなく、文字が書ければいい、と言ったようなものだ。


おはなの両親が健在のころはおはなにとって紙は身近なもので、幾度となく紙を目にしていたが、此ほどまでに上質なものを見るのは初めてだった。そのすべるように滑らかな上質な紙は皺をつけて丸まっている。



「これすっごく固いの」


おはながそれを手にした時、その紙のあまりのすべやかな手触りに驚いたと同時に、少し重量のある硬質な感触に眉を寄せたのだった。



「一体何かしら?」



おはなの言葉を背に於凛はその塊に手を伸ばした。つるりと滑る紙に目を開きながら塊を手に載せた。


「……」


上質な紙の中に不自然な塊。なぜそれが椿茶屋の前に置かれていたのか。於凛は不審に思いながらそれを開いた。


「……石?」


おはなは意外な中身に首を傾げる。


紙の中から出てきたのは小さな石が二つと細い松の葉。そして石が二つ乗るくらいに切られた正方形のこれまた上質な紙だった。その紙の裏には小さく、そしてとても丁寧な手で


『椿茶屋、於凛様』


と書かれている。於凛はそれらを丁寧に取り出すと、小石と松の葉を中にあった紙に乗せた。



「石が二つと…松の葉?」


なにかしら?とおはなは於凛を見上げた。



「お姉さま?」



見れば、先程まで不審な顔をしていた於凛が目尻を下げて口を緩ませている。どこか嬉しそうな於凛におはなは首を傾げた。


「お姉さま?どうかなさったの?なんだかとっても嬉しそう」


おはなの言葉に於凛は「ん?」と穏やかな顔で紙に乗せた石と松を見ている。



「これはねぇ…、いややっぱりやめよう」



於凛はこの紙に包まれた石と松の意味が分かった。そう考えるとそれまで気味の悪かったこの塊が愛しく思える。差出人の名はないが、誰かは分かっている。これまでこの手の文を貰ったことは数えるほどしかないが、於凛にとっては見慣れた字だった。そう、何度も繰り返し見たあの文と同じ手練れ。そして、これらが何を意味するかは分かる。おはなにその意を言おうとして、やはりと口をつぐんだ。


「こういうのも悪くないねぇ」


於凛はそっと石と松をその紙に乗せたまま手にすると、棚に飾ってある花の隣に寄せた。


「ねぇ、お姉さま、これなんなのー?」


ふふ、と笑ったまま答えない於凛におはなは頬を膨らます。そんなおはなの様子に於凛はおやおやと微笑ましそうに笑った。


「よぉく見てごらん。これが何か」

「紙と石と松の葉でしょ?」


それがどうかしたの、とおはなは棚に飾られたそれを見る。


「そう、小さな石が二つと松の葉」


あえて於凛は紙とは言わなかった。上質な紙に包まれていたことが本来の意味を分からなくしていた。紙は関係ないのだ。


重要なのは"小さな"石が二つと松の葉が一緒に添えられていると言うこと。紙は目眩まし、とでも言おうか。いや、差し出した本人は決してそのつもりはない。ただ趣あってのことだ。ただの石と松の葉だが、穢れのないまっさらな紙の上に乗っているだけでとても高価なものに見える。


「小さな石と松の葉・・・」

「そう。よぉく考えたら分かるよ」


う~、と腕を組み唸るが、ただの石と松の葉が何を意味するのか全く見当もつかない。



「さぁ分かるまで考えてごらん」



於凛はそう言うとまた店の奥に戻った。それから何度聞いても答えは教えてくれない。


「とっても素敵なことさ」


「おはなにもこんな人が現れるよ」


とばかり言うだけでちっとも真相を教えてくれない。おはなはもんもんとしたまま客を相手にした。




(どう見てもただの石だわ。ただの石がどうしてあんなに素晴らしい紙に包まれていたのかしら?せっかく上質なものなのに勿体無いわ。於凛姉さんにはこれが誰から来たのかわかってるみたい。兵助様かしら?)



ちょうど兵助のことを考えている時、思考のその人がやって来た。


「兵助様!」


おはなは目を輝かせて兵助に近寄った。おはなの嬉しそうな様子に兵助も頬を緩ませて笑う。


「あたし兵助様が来るの待ってたのよ!」


おはなは飛び付かんばかりに近づいた。


「ん~?なんでィ?そんなに俺に会いたかったのかィ?」


ニヤリと笑う兵助におはなはさらにキラキラと目を輝かせる。


「そうなの!あたし兵助様に会いたかったの!」


思わぬ台詞に兵助の方が戸惑った。


「あのね、」


そう言いかけた時、於凛がやって来た。


「おや、おはなそれは反則だよ。自分で考えないと」


於凛が意地悪そうに笑いながらおはなを制止する。おはなはむぅーっと口を尖らせて恨めしそうに於凛を見上げた。


「だぁってぇー、分かんないんだもの」


二人の対極な様子に兵助は首を傾げた。


「一体何なんでィ?」


お願い、と見つめるおはなに、於凛はやれやれと肩をすくめると、仕方なさそうに笑った。おはなはぱぁっと顔を輝かせると、兵助に向き直った。


「兵助様聞いてくださる?」


くださる?と聞いてはいるものの、兵助の返事を待たずにおはなは口を開いて先程の"贈り物"の話をした。兵助はへぇー、と声を揺らした。




「で、あれがその石と松の葉ってわけかィ」



おはなはえぇ、と頷いた。


「あれは兵助様が置いたの?」

「いや?俺じゃねぇさァ」


兵助は首を振った。


「じゃぁ誰なのかしら?兵助様にはあれがどういう意味かお分かりになる?あたしちっとも分かんないの」


おはなの悔しそうな表情に兵助は目尻を下げて笑う。


「於凛姐さん、ありゃぁ、あの人からかィ?」



兵助の確信を持った言葉に於凛は軽くうなずいた。


「やっぱり兵助にも分かるかい」

「なかなかあの人も粋なことしてくれるねィ」


兵助は愉しそうに石を手にした。


「それにしても、えれぇ上質な紙じゃないかィ?」


兵助はしげしげと紙を見た。


「そうなんだよ。一体どうしたんだろうねぇ」


於凛も兵助と一緒になって紙を見つめた。二人にとって石や松の葉はそれほど重要ではなく、むしろこの不自然に上質な紙の方に興味があった。しかしおはなにとっては、確かに紙にも興味はあるがそれよりも石や松の葉が何の意味を持たすのか、の方が頭を悩ました。



「お姉さまも兵助様も意地悪だわ。あたしだけ除け者にするのね」


おはなは拗ねた口調で顔を背けた。何時までたっても幼い仕草のおはなに於凛も兵助も苦笑する。そして於凛はやれやれと肩を竦めておはなに石を持たせた。


「これは何かい?」


どう見てもただの石で、さっきからそう言ってるのにまた同じことを繰り返す於凛におはなはうんざりしながらも「石だわ」と答える。


「そう、石。だけどただの石じゃぁない。小石なんだ」


それくらい見たら分かるわ、と思いながらおはなは黙って於凛の言葉を待つ。そんなおはなの心境が分かってか於凛と兵助は笑いながらおはなに松の葉を持たせる。


「そしてこれは松の葉。小石が二つと松の葉。これを繰り返してごらん?」

「繰り返す?」

「そう。何度も言ってごらん」


おはなは右手に石を二つ、左手に松の葉を持ち、それを眺めた。




(小石がふたぁつ。松の葉がひとつ。……小石、松の葉……こいし、二つ、まつのは、ひとつ……)




どんどん眉が寄ってくるおはなに兵助がヒントを出す。



「小石が二個ってことは"小石、小石"って繰り返すんでィ。松の葉は縮めてみなせェ」



「小石小石、松葉、…小石、こいし、松の葉、…こいし、こいし、まつのは……こいしこいし、まつは……まつは………」



「ゆっくりと言ってごらん」



「こーいーしぃー、まーつーはー、こぉいーしぃー、こーいーしぃいー、まぁーつーばー、…………っあ!!」




おはなの嬉しそうな顔に兵助はにっこりと笑った。正解が見つかったおはなは先程までとうってかわってニコニコと石を見つめている。

その時、扉がガラガラと開き、藤治郎が入ってきた。


「おや、いらっしゃい」

「こんにちは」


にこりと笑い、藤治郎は於凛の側まできた。


「藤治郎さん、ありがとね」


於凛の言葉に藤治郎は目を細めて恥ずかしげに頭をかいた。



「やっぱり於凛さんには分かりましたか」



藤治郎の言葉に於凛はにっこりと笑った。


藤治郎が甲斐にいたときに送ったたった一枚、一文だけしか書かれていない文、そして藤治郎が帰ってくる時に送った文、その二枚しか於凛の手元にはないが、於凛にはこの紙に書かれた文字が藤治郎のものだとはっきり分かっていた。それはもう擦りきれるほどなんども読み返したあの文と同じ"於凛"という文字。見間違えるはずがなかった。




「それにしても藤治郎さん粋なことするねィ」



ニヤリと笑いながら言う兵助に藤治郎は眉を下げて笑う。


「そういうつもりじゃないんですが、せっかく上質の紙が手に入ったので、せっかくならと思いまして」


あるツテで一生見ることのないだろう紙が手に入った。せっかくだからこの紙は於凛のために使いたかった。だがただ文を書くだけでは味気がないと思い、庭先に生えていた松の葉を失敬し、綺麗な小石と共にくるんだ。そしてそれを椿茶屋の前に置いたと言うわけだった。


「お互い忙しくてあまり会えないので、せめて私の気持ちでも、と思ったんですが…於凛さんが意味を分かって下さったようでよかったです」


藤治郎の言葉に於凛はあまり見せない照れた表情で藤治郎を見た。


「言葉がなくてもこんなに素敵に気持ちが伝わるのね!あたしも与吉さんにやってみる!」

「おや、でしたらまだこの紙が残ってますのでおはなちゃんに差し上げますね」

「本当!?藤治郎さんありがとう!!」


手をあげて喜ぶおはなを藤治郎たちは優しい目で見つめた。





そして次の日。


椿茶屋の扉が慌ただしく開いた。




「お、おはなちゃん!こんなのが置いてあったんだ!こんなに上質の紙に石と松の葉が包んであって…っ!悪戯かな!?」




『田丸屋与吉様』と書かれた真っ白な紙と石、松の葉を持ってワタワタとする与吉を、おはなと於凛は顔を見合せてクスリと笑った。




「与吉さん、それ繰り返すといいのよ?」





小石小石、松の葉。こいし、こいし、まつは。こいしい、こいしい、まつば。





『恋しい恋しいと待つばかり』






〈意図しの贈り物~完~〉













恋しい(小石)、恋しい(小石)とまつば(松葉)かり

意図し(愛し)の贈り物。



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