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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
3/30

再び

兵助は草団子をおやつに茶を飲んでいた。少し濃くて熱めの茶を、である。


   んむ。今日も姐〈ねぇ〉さんとこの茶は美味い。

   俺の好みにぴったりだ。


もしゃもしゃと団子を頬張り茶で流し込んだ。


「兵助、あんた店閉めてから来るのやめとくれ」


はぁ、と溜め息をついて於凛は兵助の前に座った。


「んむ、」

「団子食ってから喋んな。」


最後の団子をほおりこむと、一気に茶を飲み干した。


「ぷはっ。やっぱり姐さんとこの茶はうめぇやぁ」

「そりゃ、どーも」


全く人の話を聞いていない兵助に於凛は呆れたように息を吐いた。



この兵助という男は昼間は弟分の左助を連れてやって来る。そしてたまに、店が閉まってから一人でふらりとやって来る。時間外に来ては茶と団子を頼む兵助に、於凛は何度も開店時間内に来るように告げた。しかしこの男、聞いているのか聞いていないのか、於凛の言葉を全く守らない。今日もこうして店が閉まってからやって来た。


「俺と姐さんの仲だろィ?」


そう、この二人、子供の時分から共によく遊び、互いの家にもよく行った。兵助の方が二つ下で、於凛は兵助をたいそう可愛がっていた。於凛の両親が亡くなった時も、兵助は於凛を支え、店を立て直す手助けもしてくれた。於凛にとって兵助は本当の弟のような存在で、兵助にとっても於凛は本当の姉のような存在だった。こうして兵助が店を閉めてからやって来ても強く咎めないのはそういういきさつがあるからだ。


「で、今日はどうしたんだい?」

「いやぁ~、於凛姉さんの顔が見たくって」


兵助はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


兵助という男は、なかなかの美丈夫で、笑みの一つでも浮かべればたちまち惚れてしまいそうな、そんな器量の持ち主だ。その兵助がそこらの町娘を虜にさせるような笑みを顔に貼り付けてにこにこと於凛を見つめる。


「嘘言ってんじゃないよ」


ピシャリと於凛は兵助の言葉をはねのけて兵助のおでこを軽くつついた。


「ありゃ、ばれてらぁ。やっぱり姐さんには適わねぇやぁ」


ははは、と兵助は爽やかに笑った。


普段はとても頼りになる男気たっぷりの兵助も、於凛の前では子供のように笑う。そんな兵助だからこそ、於凛も笑って兵助を軽くあしらう。


「で、何があったんだい?お前さんがこの時間に来るときは何かあったときだろ?」

「へへ、さすが姐さん。その通りでさァ」


二十五にもなる兵助が於凛の前では子供のように笑い、振る舞う。そんな兵助を愛おしく思う。於凛はめったに見せないような優しい笑みを見せた。


「実はさ、与吉のことなんでさぁ」

「与吉さんっていやぁ、ついこの間来たよ」


於凛は与吉が店に来たときの事を話した。


「なかなか良い青年だったよ」

「その与吉なんだけど、」

「なんだい?」

「惚れちまったそうなんでさァ」


兵助は与吉のここ数日の様子を於凛に話した。


「へぇ…あの与吉さんがうちのおはなをねぇ……」


於凛は目を細めて口の端を上げた。


「おはなちゃんのことを想うと胸が苦しくって飯も喉を通らねぇってんで、むこうの両親が病気じゃねぇのかって騒ぎ出してさ、」



   いやぁ、あれは可笑しかった


兵助はクツクツと笑うと茶のお代わりを要求した。


「お、すまねえ。…で、いよいよ顔色も悪くなってくるもんだから薬師を呼ぼうってんで、大騒ぎ」


ズズズ、と茶をすすりにんまりと笑った。


「まさか親に恋の悩みだなんて言えねぇでさ、飯の時間でもねぇのに慌てて麦飯をかっこんだのさ」


その時の様子を思い出しているのか、兵助はヒクヒクと笑っている。於凛もその時の与吉の様子を思い浮かべているのか、クスクスと笑った。


「このままじゃぁ親御さんの方が心配で倒れちまうよ」



与吉の親は与吉をたいそう可愛がっている。欲しいものは何でも買い与え、外に行くときはかならず手代を付けた。そんな人たちだから、与吉がろくすっぽご飯を食べていなければ、心配で心配で仕方がない。ついには自分たちが病に伏せってしまいそうな勢いだ。


与吉の両親の様子を思い浮かべ、兵助は腹を抱えて笑った。そんな兵助の様子を於凛は子供を見るように微笑んで見ている。


「このままじゃぁ、与吉も親御さんも可哀想で…」

「お前さん、どの口が可哀想だなんて言ってるんだい?」


先ほどまで散々笑い倒した兵助を於凛は意地悪そうな笑みで見た。


「はは、この口でさァ」


兵助はニヤリと笑った。


「で、兵助はどうしようってんだい?」

「へぇ、もう一度おはなちゃんと与吉を会わそうと…。」


於凛は考えた。おはなも与吉を好いている。こちらが二人を会わせることは簡単だが………


はて、それから二人が上手くいくかが問題である。

下手に手出しをしない方がいいのではないだろうか……。


「まぁ、於凛姐さんは何もしなくて良いさぁ。俺もしねぇ。ただ、与吉を連れてこの店に来るだけでさァ。」


兵助は悪戯っぽく片目を瞑った。於凛も思わず笑みを浮かべた。




そして、その日はやって来た。

昼間の忙しい時間帯が過ぎてから、兵助が暖簾をくぐった。


「いらっしゃい。」

「おぅ。おはなちゃん、茶と草餅二人分頼む」

「はぁい。左助さんの分?」


いつも共に来る左助の分だと思いおはなは兵助に尋ねた。そんなおはなの言葉に兵助はニヤリ、と意味深に笑った。


「ほら、早く入りなせぇ」


兵助が誰かの手を引っ張った。おはなはいつもと違う兵助の様子に首を傾げた。


「ちょっ、兵さん!」


その声を聞きおはなは、ハッとした。



兵助が連れてきたのは左助ではなかったのだ。


そう、会いたくて会いたくてたまらなかった


……与吉だ。

ボーっと兵助と与吉を見つめるおはなに、もう一度声をかけた。


「おはなちゃん、茶ぁ、二人分よろしくな」

「は、はい!!」


おはなは慌てて奥へと茶と草餅を取りに行った。パタパタと走るおはなを与吉は見つめる。そんな二人の様子に兵助と於凛は目を合わせて微笑んだ。

 


こうして二人は再び出会ったのである。


さて、この二人、これからどうなるのやら…。       




〈~再び~ 完〉



於凛姐さんと兵助様は幼馴染です。兵助様にとって於凛姐さんはなくてはならない存在だし、於凛姐さんにとっても兵助様はとっても大切な人。そんな二人が若い与吉とおはなの恋の手助けをするお話。兵助様は、於凛姐さんの前では子供のようになる。なので、口調も態度も少し子供っぽい。可愛い人なのです、兵助様。

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