花見4
ふわり、と吹く風に乗ってひらひらと舞い落ちる桃色のシャワー。穏やかな日差しと美しい花びら。
だがしかし、薄い桃色に色づいた花々を趣よく眺めるものなど、ここにはいない。
酒と料理が出た時点で、すでに花より団子。いつの時代も食べれない花を愛でるより、旨い酒と美味い飯、と相場は決まっている。
相変わらずのペースで酒を口にする兵助と於凛。酔った気配など微塵も見せない。各々のペースで呑むのが左助と龍之進。ほんのりと色づいているが、自我を保つ量を呑んでいる。藤治郎はあまり酒を口にしない。呑めないわけではないが、体を気遣って、と本来の『花見』をするために酒は控えている。おはなとお小夜はもちろん呑ませてもらうないため給仕及び、たった一口舐めただけで倒れた与吉の看病に回っている。
それぞれが、自分たちの花見を楽しむ、これが一番穏やかで楽しい一時。兵助は楽しそうに笑うみんなを見て、己もまたいい気分になった。
かいがいしく与吉の看病をするおはな。嬉しそうに左助と話すお小夜。楽しそうに花を見る藤治郎に肩を並べる於凛。己の好いた人のそばにいる女の子はいつだって可愛くて綺麗。それこそこの桜に負けないくらいだ。
「命短し恋せよ乙女、ってか」
兵助は優しく微笑むと酒を喉へと流した。しばらく楽しそうに恋する者たちの様子を眺めていたが、ふとあることに気がついた。
「姐さん、姐さん」
兵助は於凛のそばまで寄り、ちょいちょいと於凛の肩をつついた。
「ん?どうしたんだい、兵助」
「……もしかして独り身なのは俺だけ……?」
そうなのだ。ここにいるみんなそれぞれ想い人との恋を実らせている。龍之進だって今この場所にいないだけで、弥生という立派な恋人がいる。兵助だけが独り身なのだ。兵助はこのことに今この瞬間に気がついた。そんな兵助の様子に於凛は呆れた顔で兵助を見た。
「あんた今頃気づいたのかい」
今の今までまったく気がつかなかった兵助のショックの受けように於凛は呆れたというか、笑いがこみ上げてきた。
「あんたがくっつけ回ってたんじゃないか」
そう、みんながみんな兵助の後押しやアドバイスで想いを実らせている。
「人の世話ばっかりしてっから自分一人取り残されんだ」
くくく、と笑う於凛に兵助は肩をすくめた。なにも好いた人や恋人がほしいわけではない。そりゃぁ想い人と楽しそうに談笑する左助たちを見ると羨ましくはなるがだからといって恋人がほしいとは思わない。ただ、そう…ただ寂しいな、とは心の片隅に思う。だがこのままでいいような気がする。於凛と藤治郎の様子を見てことさら、そう思った。長年連れ添った夫婦のような二人……。
「あんたもさっさと良い人捕まえてきな」
於凛の言葉に兵助は何かを思いついたかのように、にこっと邪気のない笑みを浮かべると於凛の方へと向き直った。
「いやぁ、俺には姉さんがいるからいいんでィ」
兵助は於凛に抱きつきにこにこと笑った。療養から帰ってきて、感動の再会を果たしたはずなのに、甘い雰囲気を醸さない於凛と藤治郎に、何かアクションを起こそうと於凛に抱きついたが、藤治郎は相変わらずにこにこと笑っている。兵助はふぅーと息を吐くと於凛に抱きついたまま目の前の藤治郎を見た。
「藤治郎さん……、あんた何か反応示してくんねぇと俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
兵助はむぅ、と口を尖らせる。
「馬鹿みたい、じゃなくて馬鹿なんだよ」
於凛は抱きついたままの兵助をべりっ、とはがした。
「ひでぇ!!藤治郎さん、ほんとーに姉さんでいいのかィ?止めるなら今のうちだぜィ?」
於凛の扱いに兵助はブーブーと声を上げた。於凛は兵助に抱きつかれたことなどどうでもいいかのように呆れた目で兵助を見る。藤治郎はそんな二人のやりとりを本当に嬉しそうに見ている。そしてゆっくりと口を開いた。
「私は於凛さんだから好いんだよ。どんな於凛さんでも気持ちは変わらないさ」
藤治郎の言葉に、今まで平常だった於凛の顔が一気に真っ赤になった。そんな於凛の様子に兵助はため息を吐いた。
「あぁ、アツい、アツい。藤治郎さんには叶わねぇやぁ。見てごらんなせぇ、姉さん茹で蛸みてぇに沸騰してらァ」
「へーすけっ!」
怒鳴っているのに全く怖くない於凛の声に兵助はあはははー、と笑った。
こんなやりとりができるのはいつまでだろう。ずっとみんなでこうして楽しく過ごせたらいいのに、と思う。
暖かい春の陽気、穏やかな時間、美しい花々、みんなの笑い声。
いつまでこの時が過ごせるのだろう。目を瞑ると、木々が揺れる音や、風が吹く音、チュンチュンと鳴く鳥の声、優しい空気、なんとも心地の良い時が兵助を包み込んだ。
『たまにはこんな休日も悪くねぇなぁ。』
一人縁側で微睡むのも良いが、みんなでこうしてワイワイするのもまた一興。
来年もまた、みんなでここに来よう。その時にはまた誰か増えているかもしれない。
「あぁー、きれいだなぁ」
桜も空も人も。