決意と約束
お松の旦那さんのお話。
僕が君と初めて出会ったのは暖かい日射しがやさしく花や木に降り注ぐ午後だったね。
僕は君のお父上の与乍さんから君と結婚してほしいと言われた時、君のことを見たこともないのに二つ返事で是非にと答えたんだ。
何故だか分かる?
僕が与乍さんに恩があったからというのもある。寺子屋を開く際、とても力を貸してくださったからね。だけど、勿論それだけで君との結婚を決めたわけではないよ。一生を共に生きていく女性をそんな理由だけで決めるなんてことしないさ。
僕は何度も与乍さんから君のことを聞いていたんだ。与乍さんがどんなに君のことを考えているのか、どんなに君の幸せを望んでいるのか。与乍さんがこんなにも愛する君とならば、僕は君のことを見たこともないけれど結婚しても良いと思ったんだ。
お見合いの席で君は僕に向かってこう言ったね。
「うちは好きな人がおったんです。でもその人は違うお人と結婚しはりました。やからこのお見合いを受けたんです。結婚なんて誰としようと、もう同じや思て。あなたのことは好きじゃないけれどお父ちゃんが結婚しろって言うなら結婚します。あなたのことを好きになる努力はしますけど、好きになれんかったその時は…堪忍な」 と。
僕は呆気にとられたよ。だけどそれと同時に嬉しくなったんだ。与乍さんの言っていた通りの人だ、なんて正直な人なんだろう、可愛い人だな、って思ったんだ。君は僕を好きになる努力をすると言ってくれた。それだけで十分だったんだ。
それから何度も出かけては、沢山の話をしたね。君はいつも僕の話を楽しそうに聞いてくれる。
だけど、たまにふと違う所を見ていたことに君自身は気づいていたかい?君は僕を通して違う人を見ていたんだ。僕は直ぐに君が言っていた人だと分かったよ。寂しかったなぁ。
僕はね、君が慶二君を想う気持ちに嫉妬していたんだ。自分が嫉妬なんてすると思わなかった。自分で言うのもなんだけど、今までの僕はあまり人に執着するような人ではなかったから。だけど君のくるくると変わる表情や天真爛漫でいて、気遣いが上手な君に僕はいつからか誰よりも君に執着していたんだよ。
君が僕を変えてくれたんだ。
ねえ、君は僕を好きだと言ってくれたね。
その言葉がどんなに嬉しかったか分かるかい?
たったその一言がどんなに僕を舞い上がらせたか、君には想像もつかないだろうね。
笑っちゃうくらい単純な男なんだよ、僕は。
そして、あの日僕たちは自分の思いを確かめ合ったね。君と僕は互いに、互いの意志で結婚するんだ。義務でするわけではない。僕には君が必要だから。君にとって僕という男はどんな存在だろう?僕にとって君は誰よりも大切な女性だ。
嗚呼、今僕たちは結婚するんだね。
僕は君を誰よりも幸せな花嫁にすると誓うよ。
君と、君のご両親と、そして……慶二君にね。
どうして慶二君かって?
慶二君にね、頼まれたんだ。お松ちゃんを幸せにしてくれって、お松ちゃんは自分の一番の友だから、大切な友人だからって。勿論僕は慶二君に頼まれなくても君を幸せにしてみせるよ。
ねぇ、誰よりも幸せになろう。皆が羨むような素敵なおしどり夫婦になろう。
お松ちゃん、僕は君をこの世で一番愛しているよ。