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あすちるべ  作者: 瑞雨
日常
22/30

報告  

お小夜の祖父である松田の御隠居こと、松田慶二を好いていたお松のお話。



慶ちゃん、うちなぁ、結婚するんよ。相手は伊織さん言うてな、歳は二十五や。寺子屋で字教えたり珠算教えたりしてはる人なんや。優しくて賢くて素敵な人。顔はな、ちょっと慶ちゃんに似とるわ。ちょっとだけ。だって伊織さんは慶ちゃんと違って静かに優しく笑うんやで。慶ちゃんは子供みたいに笑うもんね。


うち慶ちゃんが笑った時に見える八重歯が好きやったで。




伊織さんはお父ちゃんが連れてきた見合い相手なんよ。いつまで経っても結婚せぇへんうちにお父ちゃんがやきもきして、ついに見合いやぁ、言うて伊織さん引っ張ってきたん。ちょっと笑えるやろ?




うちなぁ、見合いとか自分がすると思わんかった。好いた人と大恋愛して結婚するって思てたんやもん。


でもな、お父ちゃんが見合いの話持ってきた時嫌じゃなかった。もう、いいかなって思ったん。慶ちゃんはお鈴さんと結婚してもたしな、誰でもえぇわぁ、って思ったんや。


慶ちゃんはうちに運命の人見つけろって言うたけど、うちはついに自分の手で見つけること叶わんかった。だってうちの運命の人は慶ちゃんやってんもん。見つかるはずないやん?あ、勘違いせんといてよ?うちお鈴さんから慶ちゃん盗ろうなんか思てへんねんから。だってうちとお鈴さん仲良しさんなんやで。なぁ、お鈴さん。



そうそう、伊織さんの話やったな。伊織さんは博識で、いっつもうちを楽しませてくれる。メリケンやエゲレスの言葉も話せるんやで。いんぐりっしゅって言うんやって。うちにはさっぱり分からんけど。ほんまにすごい人や。うちの知らんことようさん知っとって、うちは伊織さんと話すことが楽しくて楽しくて仕方がないくらいや。慶ちゃんと違ってうちだけを見ててくれるし。あ、ここ笑うとこやで。まぁ、慶ちゃん今はお鈴さんしか見えてへんみたいやからうちも安心やわ。







あ、伊織さん。ん?文書いてるんや。そうそう。あの女の子大好きな松田の慶二さんに。え?見せてって?ふふ、嫌や。だって伊織さん手習いの先生やもん。うちの下手くそな字ぃ見られたくないんよ。妬けるって?ちゃうちゃう、慶ちゃんはそんなんとちゃうんよ。そうやなぁ、慶ちゃんは手の掛かる弟みたいなもん、かな。って、あぁーー!伊織さん、見んとって!



ん、なになに。伊織さんは優しくて賢くて素敵………。お松ちゃん、僕のことこんな風に書いたの?


やから見んとってって言うたのに……。もう、伊織さんなんか知らん。


ごめんごめん。心配だったんだ。僕と結婚するの嫌になっちゃったのかな、って。


……もう!伊織さん、心配せんといて。うちはちゃんと伊織さんと明後日結婚します。逃げたりせぇへん。


冗談だよ。お松ちゃん、僕ね、嬉しいんだ。君が僕のことこんな風に思ってくれていたなんて。


…伊織さん、うちと初めて会うたときのこと覚えてはる?


もちろん。君は僕に向かって、



『うちは好きな人がおったんです。でもその人は違うお人と結婚しはりました。やからこのお見合いを受けたんです。結婚なんて誰としようと、もう同じや思て。あなたのことは好きじゃないんです』



って言ったんだ。呆気にとられちゃったよ。


あのときの言葉は忘れといて。うち阿呆やったんや。伊織さんに非道いこと言うたね。堪忍な。


ふふ、僕はね、その時の君の言葉で結婚を決めたんだよ。なんて正直な人なんだろうって。僕のこと好きじゃないのは当たり前なんだ。だって僕たちはあの時初めて出会ったんだから。結婚は始めから決められていた事だけど、僕は君との結婚が嫌だと思ったことはないよ。僕はね、君が好きなんだよ、お松ちゃん。義務で君と結婚するわけじゃない。


うち、伊織さんは、お父ちゃんに言われたからうちと結婚するんやと思てた。


そんな風に思ってたの?ひどいなぁ、僕はこんなにも君のことが好きなのに。


うち、正直に言うたらな、絶対好きにならんとこって思ってたんよ。だって伊織さんの気持ちなんか分からへんかったし、それにまた辛い思いするんは嫌やったから。片思いなんか辛いだけや。ええことなんかなんもあらへん。好きって気持ちが大きくなればなるほどその何倍も辛くなるだけや。でも、うち気づいたら伊織さんのことばっか考えよんねん。やっぱりうち阿呆やったんや。また同じこと繰り返しよる。うちばっかりが好きなんや、って。慶ちゃんのことはとっくの昔に好きやないんよ……。


うん。


うちは……、うちは、伊織さんが…すき、や。


うん。


好き、なん、よ……っ。


・・・・僕はね、とても大切なことを忘れていたことに気づいたんだ。君に聞かなきゃいけないとても大切なこと。


た、いせつなこと……?


そう、大切なこと。言わなきゃいけなかったのに僕は一番大切なその言葉を君に伝えていなかったんだ。




『お松ちゃん、僕と結婚してくれるかい?』







慶ちゃん、慶ちゃん。


うち伊織さんが好きや。慶ちゃんのこと好きになったんよりももっと好きや。

慶ちゃん、うちの魅力に気づかんかったこと後悔しぃや。





伊織さん、


うちいっぱいいっぱい伊織さんのこと幸せにするから、やから、伊織さんもうちのこと幸せにしてなぁ。





なぁ、慶ちゃん。


うち慶ちゃんよりも誰よりも、幸せや。

羨ましいやろ?

お鈴さん、慶ちゃんに泣かされたらうちのとこ来いや。

慶ちゃん、幸せにしたらなあかんよ?








「あら、誰から?」

「お松や。結婚するらしいわ」

「相手どんな人なん?」

「伊織さんっちゅう寺子屋の師範しとる人らしいで。ええ人や、って書いとる」

「ふふ、紙いっぱい伊織さんの事書いてはる。お松さん、ほんまに伊織さんのこと好きなんやね」




お松、


おめでとうな。

俺は十分幸せや。心配せんでもええで?今度はお松が幸せなる番や。お松の花嫁姿はきっと町で一等輝いとるやろな。伊織さん惚れ直すんとちゃうか?いっぱいいっぱい伊織さんに幸せにしてもらい




〈報告~完~〉



江戸にいる慶二とお鈴に宛てた手紙。

お松は於凛の次に好きな女キャラなので幸せになってくれると嬉しいのです。

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