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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
2/30

於凛とおはなの物語

茶屋の美人女主人、於凛とその看板娘おはなの物語です。

「おはな、これも持って行っておくれ」

「はぁーい!」


おはなは於凛の仕切る茶屋の看板娘である。十三の頃から働いている。もう二年も経つので茶屋娘もなかなか板について、於凛も安心しておはなに任せられる。


そしてこの於凛。二十の頃に両親が亡くなってから茶屋を引き継ぎ、たった一人、この若さで茶屋を保ってきた。初めこそ店を閉めようかと何度も悩んだが、両親が仕切っていた頃からのご贔屓さんの応援もあり、茶屋を続ける決心をつけた。それからというもの、ただがむしゃらに働き続けた。もともと於凛は器量もよく、姉御肌で、男からも女からも慕われていたため、町人たちの助けもあり、たった一年で店を立ち直した。



それから四年が経った。店は順調で、特に困ったこともなく平凡な日々を過ごしていたころ、岡っ引きの兵助が一人の娘を連れて店へと顔を出した。


「あら、兵助さん、随分と若い恋人さんね」

「ちげぇやい。からかわんで下せぇ」


冗談めかして言った於凛の言葉に兵助は顔を赤らめて答えた。兵助は於凛の二つ下である。昔からこの於凛には適わない。


「で、その娘さんは誰なんだい?」


口調をがらり、と変え於凛は兵助の側に控える娘を見た。


年の頃は十二,三であろうか。大きな黒目に赤くて小さな唇。白くて透き通るような肌に黒くて豊かな髪。あと二,三年もすれば誰もが振り返るような美人になるだろう。


「あぁ、今日はさ、この子のことで頼みがあるんでさァ」

「頼み?」


いつもはしない真剣な顔で兵助は於凛を見つめた。


「実は…この娘を預かって欲しいんでィ」

「は?預かる?どういう意味さ」


於凛は訝しそうに兵助を見た。


「無理な願いだってぇのは承知だ。だが、お願ぇだ!!預かっておくんなせぇ!!」


机に頭をつける兵助に於凛はため息を吐いた。


「理由を聞こうか」


「実はよぅ……」




――――――つい三日ほど前、薬問屋の横にある大きな屋敷に物取りが入っただろィ?


あぁ、あの庭に真っ赤な椿が山ほど植わってる金持ちの家かい?


そう。その家に物取りが入ったんだが、知っての通り、金を盗るだけじゃぁ済まなかったんでィ。そこの主人と奉公人をみぃーんな殺っちまった。


あぁ、全滅だったとか……ありゃ気の毒な事件だったね……。あそこの主人はこの店にもよく顔を出してくれてたんだがね。


本当に良い人だったよ。……そこの家にはな、実は娘がいたんだよ。年の頃は十三だ。


まさか、その娘ってのはこの子かい?


そのまさかさ。主人と奥さんは物取りが入ったとき、咄嗟にこの娘を屋根裏へと隠したのさ。


屋根裏なんてあったのかい!?そりゃたまげたねぇ。どこまで金持ちだったんだい。


話をそらさねぇで下せぇ。

で、両親も、親族もいないこの娘は頼るところがねぇのさ……。


あの家はどうなったんだい?


だめさァ……あちこちに血が飛んで、臭いもこびりついてる。とても住めたもんじゃねぇ。それに十三の娘が一人で、親の殺された場所に住めってぇのは酷な話ってもんでィ………。


……お前さん、名前は?


…………おはな……。


そうか。

おはな、今日からあんたとあたしは一緒に住むんだ。今までのような楽な生活はできない。あんたにも働いてもらうよ。それでもいいってんならここにいてもいい。どうする?


………。


良いのかい!?かたじけねぇっ!良かったな、おはなちゃん!!於凛姐さんは見ての通りの口調だが頼りになる。お前さんも於凛姐さんのとこにいるのが一番さァ。


……いても、いいの……?


子供が遠慮してんじゃぁないよ。いくらでもいたらいいさ。なんならあんたと姉妹になってもいいんだ。

うん、それがいい。あたしゃ可愛い妹が欲しかったんだ。あんたなら大歓迎さ。――――――




こうしておはなは於凛と住み始めた。


元々明るく人懐っこい娘だったため、すぐに於凛と仲良くなった。だが、やはりふとした瞬間に両親や仲良くしてくれた奉公人を思い出して気が沈んでしまう。そんな時は於凛が黙って一緒の布団で寝てくれた。眠れない時は眠れるまで話をしてくれた。おはなはそんな於凛が大好きだった。




そうしておはなが来てから二年がたった。十五になったおはなは今では評判の看板娘だ。可愛い娘がいる、と於凛の茶屋はますます繁盛した。



「おはな、ちょいと休憩しようか」


昼もすぎ、於凛とおはなは休憩をとった。


「おはな、あんたももう年頃なんだ、何か浮ついた話の一つや二つないのかぃ?」

「やっだぁ~於凛姉さんったらぁ!」

「好いてる男はいないのかい?」

「あら、於凛姉さんも知っての通り、あたしは兵助様にお熱なの」


キラキラと目を輝かせておはなは兵助について話し出した。


「でも、それはお前さん、ただの憧れってやつだろ?あたしが言ってんのは慕ってるやつはいないのか、って話さ」


於凛の言葉におはなは白い顔を真っ赤に染め視線を泳がせた。そんなおはなの様子に於凛はクスリ、と笑った。


「おはな、あんたこの間来た与吉さんに惚れちまったんだろ?」



つい五日ほどまえに反物屋の一人息子の与吉がこの店にやってきた。


おはなは与吉を見たことはなかったが、兵助と左助がしょっちゅう店にやってきては与吉の話を残していくものだから、まだ会ったこともない与吉と、自分も知り合いになった気がしていた。


そんな与吉がふらっとこの店に現れたのだ。色が白く、優しげな口元に、少し垂れた目。話に聞いていた通りだった。会ったこともなかったが、おはなにはすぐにこの青年が与吉だと分かった。全体から柔らかな雰囲気が漂う気のよさそうな青年だった。

 


話に聞いていた頃からおはなは会ったこともない与吉に淡い恋心を抱いていた。

そしてあの日、一目見て、いよいよ本格的に惚れてしまった。


「内緒、ですよ?」


おはなは真っ赤な顔のまま於凛を見上げた。


「分かってるよ。あの小さかったおはなが恋をするなんてねぇ……」


於凛はしみじみと呟いた。


「しかし、あの与吉って男は兵助とはまた違った器量の男だったねぇ」

「えぇ!!とっても優しい声で、また来るよ、と言って下さったの!!」

さっきまでのしおらしさがなくなり、おはなは与吉のことを勢いよく話し始めた。



おやおや……、さっきまで兵助のことを熱心に話してたってのに



於凛は嬉しそうに話すおはなを見て優しく微笑んだ。



この子が幸せになってくれりゃぁ良いんだけどねぇ…


与吉さんや、次はいつ来てくれるんだい?

おはなはあんたのことを首を長くして待ってるよ。

おはなが悲しまないうちに、早く来てやっておくれ。



まるで本当の姉妹のように、いやそれ以上に、於凛はおはなの幸せを願い、熱心に与吉について話すおはなの声に、微笑みながら耳を傾けるのだった。

           

         

                            

〈~於凛とおはなの物語~ 完〉



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