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あすちるべ  作者: 瑞雨
日常
18/30

金木犀の思い出



松田慶二とお鈴の娘であるかよは、お気に入りの若葉色の着物に身を包み、外へと出た。天気は良好である。


かよは父から頼まれた文を懐にしまい、意気揚々と歩き出した。


もう秋となり景色は一転して青から橙へと変化を遂げた。たまに吹く風はまだほんのりと夏の暖かさを残している。



ふわりと吹いた風が花の薫りを運んだ。



かよはその薫りがどこから来るのか不思議に思い、匂いの元を辿った。

だんだんと強くなる匂いにかよは笑みを深めて近づく。



(みーつけたっ)



トンと足を踏み込んで着いた先には大きな金木犀が一本腰を据えていた。かよはにんまりと笑うと、金木犀へと近づいた。



「うわぁ~。凄い……」



思わずため息が出るほど立派なものだった。黄色い小さな花弁は風が吹く度にひらひらと舞い落ち、甘い薫りを漂わす。辺り一面を黄金色に輝かすその金木犀はとても幻想的なものであった。




「凄いでしょう?ここの桂花は毎年とても立派な姿を見せてくれるんです」




しばらく金木犀に見とれていると、青年が一人、かよの背後から現れた。


「こんにちは」


青年はかよに向かってにっこりと笑った。


「こ、んにちは……?」


首を傾げたままのかよに青年はクスリと笑った。


「私は徳田団吉と申します」


「はぁ…、」


「ここの桂花はね、私が生まれるずっと前から立っているんです。私はこの桂花が大好きでよくここに来るんですよ」


「へぇ……」


にこにこと笑ったまま団吉は金木犀を見つめた。いきなり現れた団吉にかよは怪訝な顔をするものの、すぐに目の前の金木犀に目を奪われ、黄金に輝く金木犀に見とれた。





しばらく二人並んで目の前の金木犀を見つめていたが、すぐに父の頼まれごとを思い出し胸元の文に手を当てた。


(大変……っ!!忘れてた!!早く行かなきゃ!!あぁ…っ、でもまだ見ていたいのに!!!そういえばあの人は!!?)


隣を見ると団吉はじっと金木犀を見つめている。

早く文を届けに行かなければいかないという思いと、まだ金木犀を見ていたいという思い、


そして…


団吉という青年のことが入り混じり、かよは胸元に手を当てたまま金木犀と団吉を忙しなく見つめる。

そんなかよに気がついた団吉はかよへと顔を向けた。


「どうかしたんですか?」


急に声をかけられ、かよはハッとした。


「いえ、あの、父から頼まれごとがあって…、でもまだ……」


かよの物足りなさそうな表情に団吉は微笑んだ。


「桂花はまだ暫く咲いてますよ」

「う、うん……」


団吉の言葉にかよは背を向けて歩みを進めようとするが、ちらちらと後ろを振り返っては足を止める。


「大丈夫ですよ」


諦めの悪い娘だと思われてしまったのだろうか。かよは恥ずかしさで頬を染めた。


「ううん、えっと、そうじゃなくって…」


なかなか言葉にならないかよの言葉を団吉は柔らかく笑いながら待った。



「あの、……あなた明日も来る……?」



思いがけない問いかけに一瞬目を開くも、団吉はすぐに笑みをつくり、えぇ、と答えた。

それを聞いて、かよはにっこりと笑うとくるりと背を向けて走り出した。






そして日が変わった。


かよは藤黄色の着物を身にまといあの金木犀へと軽い足取りでやって来た。昨日と変わらず小さな花弁は鮮やかに咲き誇り、まるで空を舞う蝶のようにようにひらり、ひらりと飛んでいる。


そして金木犀の側で、薄萌葱の着物に藤納戸の帯を締めた後ろ姿を見つけた。


―――団吉だ。


団吉は昨日と同じように、手を袖に入れて胸の前で組み、金木犀をただじっと見つめている。

かよが近づくと、団吉はゆっくりと首を後ろに回しにっこりとかよを見た。


「おや、こんにちは」

「こんにちは」

「今日は桂花と同じ色のお着物なんですね。よくお似合いです」



わざとこの色にしたのだ。

この桂花と同じ色に。



その意図を団吉は分かってくれただろうか。似合うと誉められて、かよは嬉しそうに笑った。





それきりまた昨日と同じように二人並んで金木犀を眺めた。

特に会話はなかったが、とても心地よく穏やかな時だった。

足下はまるで金色の雪が降り積もったようにあたり一面を覆い尽くし、心地よい芳香がかよを包み込む。




「綺麗でしょう?桂花はね、清の国から来たそうです」



金木犀に見とれるかよに団吉が声をかけた。声色はとても優しく、顔を見なくても団吉が穏やかに微笑む姿が目に浮かぶ。


「えっと……あなたは、その…団、吉さんは……良くここには来るの?」

「ええ。この時期は毎日のように来ますよ」


団吉はかよを見てにっこりと笑う。そんな団吉を見てかよはかすかに頬を染め、視線を逸らした。



「あたし……、また来てもいいかしら?」



かよの言葉に団吉は目を細め、更にその表情を緩やかにさせた。



「いつでも好きなときにどうぞ。ここは誰のものでもありませんから」



その言葉を聞きかよはぱぁっと顔を輝かせた。胸の前で組んだ手に力が入る。そして大きく開いた目を金木犀から団吉に移して、かよは嬉々と声を発した。



「あたし、あたし!また来るわ!必ず!!この桂花に会いに何度も来るわ。それからあなたにも……」



かよは頬を桃色に染め、背の高い団吉を見上げた。自然と上目になり、大きな黒目が団吉の優しい目を捕える。胸の前で組んでいた手は今ではもじもじと後ろで組まれている。


そんなかよの言葉に団吉は一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに嬉しそうに頬を染めて笑った。


そして照れたように、かよから金木犀へとその視線を移した。




「あたし、かよって言うの」




金木犀の薫りが一層強く漂い、団吉とかよを黄金色に包み込んだ。





かくして金木犀の薫りに誘われて出逢った若い男女。

この二人が小さな桃の花のような女の子を授かるのはもう少し先のお話。




〈~金木犀の思い出~完〉







桂花は金木犀の昔の呼びかたです。


『左助の恋』でお小夜ちゃんの家のお話が出てきたのを覚えていますか?


『徳田家の主人はたいそう金木犀の花が好きで、庭に4本の大きな金木犀を植えていた。どこにいても良く見えるように、東西南北に一本ずつ。なんでも、この金木犀は主人と奥様の思い出の木なのだそうだ~(中略)だから2人にとって金木犀はなくてはならないものなのだ。』


というくだりです。

その『奥様との思い出』の一部が今回のお話です。

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