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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
14/30

出せない手紙




『     拝啓、於凛様



風薫る好季節となりました。


空には青が広がり、あなたと同じ空を見ているのだと思うことが私を元気にとさせてくれます。

そして、私がこちらへ来てからもう一年が経とうとしています。

こちらへ来てから私は松本先生という大層腕のたつ方に診ていただきました。私の病は必ず治ると仰ってくれました。

どれほどかかるか分かりませんが、私は今現在元気にしおります。


あなたは元気でしょうか?病などになってはいないでしょうか?


いえ、これは療養にきた私が言う台詞ではありませんね。いざ筆を執ってみると何を書いたらよいのか、頭を悩まします。


では、ますますのご健勝をお祈りいたします。





             ***





於凛さん。あなたのご両親がお亡くなりになったと聞きました。

あなたの側にいることが出来ないことをとても悔やみます。


あぁ、於凛さん。私があなたとの約束を破り、あなたにこの文を送ることをお許し下さい。



       『拝啓、於凛様


           すぐに帰ります。』





                  ***




灯火(ともしび)親しむ頃となりました。


おはなさんという娘さんを引き取りになったそうですね。

『椿茶屋』とても良い名だと思います。

真っ赤な椿のようなあなたによくお似合いです。


私はまだまだ帰れそうにありません。




 ***




厳しい寒さが続いております。


於凛さん、私は今とても後悔しています。

あなたに文を出すべきではなかったのです。

たった一言、たった一言、あの言葉をあなたに送ってしまったことが、あなたに会いたくてたまらない気持ちにさせてしまったのです。


あぁ、あなたは今何をしているのでしょうか。

私のことをまだ待っていてくれているのでしょうか。

私は、私はあなたにあんな事を言うべきではなかった。

待っていて欲しいなどと……いつ帰れるのか分からないこの身であなたに待っていて欲しいなどと……。

なんて愚かなことを。


私は怖いのです。


あなたの元に帰る日が来るのかと、あなたはもう私のことを忘れてしまっているのではないかと、そんなことばかりが私の胸を苦しくさせるのです。

何度も筆をとってはあなたとの約束を思い出し、結局文を出しませんでした。

だけどそれはただ私が怖かっただけだった。

あなたとの約束を守るためだなんて、ただの言い訳でしかなかったのです。


私は臆病だ。


あなたを信じているはずなのに、あなたがいつか私を忘れてしまうのではないかと、そんなことばかり考えてしまうのです。




           ***




桜花の節、麗らかな陽気が心を躍らせます。


あなたと離れて気づけばもう、十年も経ってしまいましたね。

あなたは今どうなさっていますか。兵助さんが私に文をくださっていることをあなたはご存知ですか。いえ、きっと知らないでしょうね。

でも兵助さんを咎めないで下さい。

兵助さんの文があなたを知る唯一の手段となり、私とあなたの綱となっていると、私はそう思っているのです。


あぁ、あと少し、あと少しでいいのです。


あと少し私を待っていてはくれませんか。

あなたがまだ私を想って下さっているならば、あと少し待っていて下さい。私はもうすぐあなたの元へと帰ります。


於凛さん。私はこの先幾百、幾千と月日が流れても、ずっと、千尋の海の底まであなた、ただ一人だけをお慕いしております。


     『  於凛さん、間も無く帰ります。 』


                                    

           敬具。

                                 晴海藤治郎 』



〈~出せない手紙~ 完〉


於凛の恋人、晴海藤治郎が書き留めた手紙。

病が治るまで出さないと決めたけれど、一度だけその約束を違えた。

『間もなく帰る』と、ただ一言。

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