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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
13/30

お松の告白


慶ちゃん、慶ちゃん。あの時、うちがどんな気持ちで慶ちゃんの背中押したか分かる?自分の好きな人が他の女のとこ行くんに手貸したんやで?あほやって思わへん?あはは、こんなん慶ちゃんに言うても困ってまうな。


慶ちゃんにとってうちはどんな存在やった?今となってはどうでもえぇことやけど、あの時のうちにとっては大事なことやったんや。なぁ、慶ちゃん。少しでもうちのこと、大切やって思ってくれた?




「お松!!」

「慶ちゃん!!来てくれたん!!」


自分を呼ぶ声がしたので振り返ればそこにはしばらく見なかった男が立っていた。名を慶二と言う。なかなかの美丈夫でぶらりと歩くだけで娘からの熱い視線をもらう。それが可愛いと評判の八重歯を見せて笑おうものならそれはもう、あちこちから黄色い声が飛び交うのだった。そして嬉しそうに声を張り上げたのが、そんな慶二に惚れる娘の一人であり今回の主役の、お松である。


「慶ちゃん、うち寂しかったんやでぇ?慶ちゃんぜーんぜん来てくれはらへんのやもん」

お松はすねた口調をつくって慶二の袖を引っ張った。


「堪忍、堪忍。ちぃーっと用事あってん」

「嘘つき。他の女んとこ行っとったんうち知っとるもん」

「ありゃ、バレとった?」


反省するわけでもなく笑って八重歯を見せる慶二をお松はこれ以上怒れない。慶二の八重歯が慶二を幼く見せ、怒ってたことも忘れさせる。


「もぉ。慶ちゃん狡いわ。そんな顔見せられたらうち怒れへんやん」

「安心しぃ。お松が一等でえぇ女や」


 慶二の言葉に嘘はない。ただ、真実ではないだけ。慶二は女はみんな可愛いと言う。お松だけではない。甘い言葉もこの笑顔もお松だけのものではない。でもそれでも良かった。なぜなら、今この瞬間、慶二は自分だけを見てくれている。嘘でも自分を一等良い女だと、そう言ってくれる。自分に向けられる笑顔も、自分に掛けてくれる言葉も、声も仕草も、今この瞬間は自分だけのもの。どんなに慶二が女にだらしがなくても、慶二はお松の所に来てくれる。間が空かずに来ることもあるが、何日も寄らないときもある。だけど、来なくなることはなかった。慶二が来てくれる。それだけがお松の慶二への想いの綱だった。



お松にとって慶二は風だった。いつ来るか分からない。後ろから来るのか前から来るのか。はたまた横から来るのか。強いときや弱いとき。いつも突然来るくせに決して掴ませてはくれない。だけどいつも優しくお松を包んでくれる。


狡い男だと、そう思う。決して自分のことを見てはくれないくせに、たまに来ては甘い台詞を吐いて、心を掴んだまま放してはくれない。


「うち、阿呆やなぁ」


  何でこないなややこしい男好きになってしもうたんやろ。


「ん?なんや言うたか?」

「なーんもあらへん。」

慶二はそっか、と笑って団子をかじった。


  ほらな。うちのことなんか何とも思ってへんねん。うちの一方通行や。もう引き返せんとこまで来とる。それでもって、一人しか通れへん狭ぁい道や。慶ちゃんがこの道を通ることは……


「あらへんやろなぁ……。蛇の生殺しや」

「ん?蛇おったんか?」

「そんなんやあらへん。何もないねん」


慶二にとって自分は何なのだろう。その他大勢の中の一人?都合の良い女?


「あ~あ。もぉ無理やぁ」

「なんや、もう食べれへんのか?なら慶ちゃんが食べたろ。ほれ」


慶二はお松の団子をひょいと口に入れた。


「あぁー!慶ちゃんそれうちの団子やぁ!!」

「なんや!?もぉ無理や言うたやんか」

「そんなんやあらへん。そんなんとちゃうもん……」


 涙が出てきた。後から後から次々と溢れ出て止めることができない。これは何の涙なのだろう?慶二が自分だけのものにならないことなんて、初めから分かってたじゃないか。何を今更……。


急に何の前触れもなく泣き出したお松に慶二は慌てた。自分は団子を食べていただけだ。何もやらかしていないはず……いや、団子だ。団子を食べたのだ。お松の団子を。まさかこれか!?と原因を探った。そして、慶二は自分たちを見る人々の視線が気になるのかキョロキョロと目を泳がせた。


「な、なんも泣くことないやろ!?そんなに団子食いたかったんか!!?ちょっ、本間堪忍して!!ほら、慶ちゃんが頼んだるからな!?な!?……あ~、もう!!おっちゃーん!!団子持ってきて!!早よ!!よぉさん持ってきて!!」


あたふたと慌てる慶二にお松はたまらず、涙も吹き飛ぶ勢いで吹き出した。

泣きながら腹を抱えて笑いこけるお松に、慶二は目を見開き更に驚いた表情をつくった。


「な、なんやねん!??」

「け、けいちゃ、あほや……っ!ふっ……っ!!うちが、っ、団子くらいで泣くかいな…っ!!あははは………っ!!!」

「ちょ、本間なんやねん!!??」


さっきまで泣いていたお松が今度は腹を抱えて笑うものだから慶二は何がなにやら分からず頭に傾けるばかりだった。


「あ~あ。笑たらお腹空いたわ」

「あぁ、もう…!ようさん食べ!!なんぼでも食べたらえぇがな。今日は慶ちゃんがたらふく食べさしたる!!」


意気込む慶二にお松はニヤリと口を上げた。


「ほんま?やったら……おっちゃーん、みたらしとあんこと、草餅と、栗ようかんと、豆大福と、それから……」

「まだあるんかい!!?おっちゃん無しやさっきの無しな!!」


慌てて注文を取り消す慶二に店の主人は怪訝そうな顔をつくる。


「慶二、お前女の子泣かしたらあかんやろ。ここは誠意見せてドンと金使え。お松ちゃん、なんぼでも食

べや。慶二の奢りや」

「おっちゃ~ん」


情けない顔をする慶二にお松も主人もクスクスと笑う。


「慶ちゃん。うちがそんな食べるわけないやろ。嘘や。冗談や。おっちゃん、団子二皿なぁ」

「あいよ」

「ん?二皿も食べるんか?」

「いっこは慶ちゃんの分や」


にっこりと笑うお松の手を慶二はガシッと包み込んだ。


「おまつぅー!!」

ニコニコと子供のように笑う慶二にお松は苦笑した。


 

あ~あ。慶ちゃんには適わんなぁ。うち、何をしょうもないことで悩んどったんやろ。慶ちゃんは慶ちゃんやんか。こんな慶ちゃんやから好きになったんやんか。何を不安に思ってたんやろ。慶ちゃんがうちのこと好きになるなんてことないけど、うちが慶ちゃんのこと好きなんに変わりはない。この気持ちだけはほんまもんや。うちはほんまもんの阿呆や。こんなことにも気付かんかったやなんて…。


「うまーい!!お松の団子はほんまに美味いなぁー!!」

「作ったんおっちゃんやしな。うち頼んだだけやしな」

「……いやいや、お松の気持ちがやな、」

「慶ちゃんのお金やしな」

「……もぉ、えぇし!慶ちゃん泣いちゃる!!」


頬を膨らませぷいと顔を背ける慶二をお松は指を指して笑う。そしてそんなお松を見て慶二も口の端をにぃっと上げて笑った。



なぁ、慶ちゃん。


慶ちゃんが好きになる人ってどんな人なんやろぅなぁ。


慶ちゃんが運命の相手見つけたら、その時は笑って背中押したるわ。


やから、今のこの瞬間だけはうちのもんでおってな。





「慶ちゃん!!うち行きたいとこあるんや!付き合って」

「よっしゃ!どこへでも行ったろ!!」

「ほんまやな?ほならうちのお父ちゃんとこ連れてったろ」

「げっ、それは勘弁!!お松のおとっちゃんほんま恐いねんて!!!」

「男やったら度胸見せてみぃ!!」

「いややぁぁぁああああ!!!」







慶ちゃん。


うち慶ちゃん好きになったん後悔してへん。


やから慶ちゃんも、華雲さん好きになったん後悔したらあかんで?


うちは華雲さんやから慶ちゃんのこと諦めたんや。


華雲さん泣かしたら、お鈴さん泣かしたらうちが慶ちゃん泣かしに行くからな。




 なぁ、慶ちゃん、慶ちゃん。


 うち慶ちゃん好きになって本間に良かったわ。好きにならせてくれて、ありがとう。


                                         


〈~お松の告白~ 完〉



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