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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
12/30

兵助の思い出(後)

綺麗で優しくてみんなの人気者で。誰よりも強くて誰よりも格好良い於凛姉さん。私の自慢の於凛姉さん。そんな於凛が近頃おかしい。寂しそうに笑い、ボーっとすることが多くなった。覇気がなくなった。何を言っても、「あぁ、うん。」と答える。見ず知らずの男に結婚を迫られた時でさえ同じように答えたものだから兵助が慌てて弁解に入ったのだ。


「姉さん……一体どうしたの?」

「ん~?何が?」

「最近の姉さん、おかしいよ」

「……何でもない、よ?」

於凛は顔に笑顔を貼り付けて兵助を見る。誰が見ても嘘の笑顔を、だ。


「姉さん……!!どうしてそんな風に笑うのさ!!?」


イライラした。無理をしているのを隠す於凛と、非力な自分に。


「姉さん。私知ってるんだよ、藤治郎さんのこと。甲斐に行くんでしょ?姉さん、寂しいんでしょ?連れてってって言えばいいじゃないか!!!」


「兵助……。子供が余計なことを言わなくていいんだよ」

於凛は兵助の視線を反らすように俯いたまま机を拭いた。


「っ姉さん!!私はもう子供じゃない!姉さんとだって2つしか変わらない!!たったの二つだ!!背だって私の方が高いし、力だって姉さんより強いんだ!もう何も知らない子供じゃない!」


「だから何だって言うの?あんたがあたしより年下なのには変わりはないよ」


於凛は机を拭く手を止めて兵助を見た。自分を見る兵助の目が鋭い。


「話を反らさないで」


兵助の自分を射抜くような視線と低い声に於凛はたじろいだ。


「反らしてなんか……」

「本当は好きなくせに。藤治郎さんと一緒に行きたいくせに!!どうして素直にならないんだよ!!怖がってるだけだろ!?」

「じゃぁ、じゃぁ……!!どうしろって言うの!!?連れてって?そんなの言えるわけないじゃない!!藤治郎さんは死んじゃうかも知れないのに……っ!!」

 

於凛は持っていた布巾を兵助に投げつけた。


「何も知らないくせに!!なんにも知らないくせに分かったような口きかないで!!」


於凛の言葉に兵助の中の何かがぷっつりと切れた気がした。


「分かるさ!!分かるに決まってるだろ!?私だって、……俺だって!!!姉さんのことが好きなん 

だ!!藤治郎さんなんかよりずっと、ずっーと姉さんが好きだったんだ……!!!姉さんのことなんか

誰よりも俺が一番分かってるんだよ!!」


何もかも滅茶苦茶だった。口調も言ってることも。好きだなんて言うつもりなかった。だって、自分が於凛を女として好きだったなんて……たった今、於凛に言ってから気づいたから。



………いや、違う。本当は気づいてた。於凛が自分を弟のようにしか思っていないと知っていたから、関係が壊れるのが怖かったから……。


何よりも、誰よりも怖がっていたのは私じゃないか……。


於凛姉さんじゃない。私が一番怖がっていたんだ……。


於凛の傷ついた顔に心が痛んだ。

 

違う…泣かせたかったんじゃない。こんな顔をさせたかったんじゃないんだよ、姉さん……。



「へ、すけ……」


「姉さん。行ってきなよ。藤治郎さんの所に。姉さんの気持ちをちゃんと伝えて、それで、待ってる、って言うんだ。そんな顔しなくても大丈夫だよ。私の『於凛姉さん』ならきっと上手くやれる」



   ねっ。



兵助は於凛の背中を押した。精一杯の笑顔で。


「へいすけ、兵助……!!ごめんね」


於凛の小さくなる背中を消えるまで笑顔で見つめた。そして振り続けた腕を力なく下ろした。トン、と背が壁に当たる。



「ごめんね、ごめんね姉さん…あんなこと言うつもりじゃなかったんだ……」


足に力が抜け、ズルズルと座り込む。

 

ただ、私は、姉さんに笑顔になって欲しかっただけなんだ……。泣かせたいわけじゃなかったんだ。

あんなこと言うつもりなかったのに……!!


……ははは。ずっと気付かない振りしてたのになぁ。

一生胸の中にしまい込んでおくつもりだったのになぁ……。


とめどなく溢れる涙を拭うこともせず、ただ感情にまかせて泣いた。


笑いが出る。


愚かな自分に。


今更本当の気持ちに気づいた自分に。



「もっと早く気づいてたらな……。いや、一緒、か。はは、は…は…・・・・は、」


何もかも終わりだ。


唇を噛み締め、自らを抱え込んだ。流れる涙は終わりを知らない。ただただ、泣き続けた。全てを終わりにするために。笑って於凛を迎えるために。






暫くして於凛の姿が見えた。

清々しい顔で帰ってきた於凛は兵助を見て気まずそうに俯いた。


「お帰り、姉さん」

「た、だいま…。あ、あのね、兵助……」


必死で言葉を探す於凛に兵助はクスリと笑った。


「なぁーんだ。うまくいったんだね。ざーねん」

「へ、へいすけ…!」

「冗談だよ」


ほっとした表情を見せる於凛を見てちくりと胸が痛んだ。


「冗談だよ。さっきのも、好きだってのも……。姉さんがあまりに落ち込んでるからさ、あぁでも言わないと素直にならないと思って」


於凛には兵助の今の言葉が嘘だと分かった。だが、今は兵助が冗談だと言ってくれたことが救いだと、そう思った。兵助が言ったことをなかったことにはできない。だけど、兵助の気持ちを汲み取ることはできないのだ。残酷だと、非道だと思うだろうか。


「も、もぉ~。本気にしちゃったじゃない~」

「あははは。こんな冗談真に受けるなんて、姉さんよっぽど藤治郎さんと離れたくなかったんだね」

「へ、兵助!!」

顔を真っ赤にした於凛を見て兵助は指を指して笑った。



これでいいんだ。姉さんはいつまで経っても私の於凛『姉さん』なのだから。私は阿呆だから自分が傷つくことより、姉さんが泣くことの方が嫌なんだ。ねぇ、姉さん。もう泣かないでよ。




それからどれくらい経ったのだろうか、於凛の口調がガラリと変わった。

弱い自分を捨てるために。藤治郎を待つ心が消えてなくならないように。



於凛が口調を変えてから三日後。藤治郎がいなくて寂しい気持ちを隠す於凛に兵助が声をかけた。


於凛姐(ねぇ)さん、藤治郎さんはすぐに帰ってくるさァ。暫くの辛抱でィ」

「兵助、あんた…その口調……、」


兵助は鼻の下に人差し指をおき、にかっと笑った。


「へへ、俺も於凛姐さんとおそろいでさぁ。これなら於凛姐さんも寂しくないだろィ?」

「兵助……ばーか。あたしがいつ寂しいなんて言ったのさ」

「えぇ~、寂しいくせにィ~」


於凛は眉尻を下げて泣きそうな笑顔を作った。

 


   姐さん、


   俺ぁ、ずーっとあんたの側にいるからさぁ…

   

   藤治郎さんが帰ってくるまで、側にいるからさぁ…


   泣かねぇでおくんなせぇ……。



「ありがと…」


於凛が小さく呟いた言葉はきちんと兵助に聞こえていた。



姉さん、私はこの気持ちを一生胸にしまいこんでおくよ。


いつか、姉さんみたいな人を、姉さん以上の人を見つけるために…。







「兄貴?ボーっとしてどうしたんすか?」


左助の言葉に兵助ははっとした。


「ボーっとしてんのはお前だろィ。ボケッとしすぎてお小夜ちゃんに逃げられんようにな」

「また言ったぁ~!一言多いんっす!」

「ははは。ほら行くぞ。明日お小夜ちゃんとこ行きたかったらしっかり働きなせぇ」

「へ~い」




  藤治郎さんよぉ、早ぇとこ帰ってこねぇと、俺が姉さん奪っちまうぜィ?



白い雲の向こうに藤治郎の苦笑する顔が見えた。



「なぁ~んてな…」



「ん?何か言いました?」

「なんも言ってねぇよ」

「そうっすかぁ?…ん~?兄貴なぁに、にやにやしてんっすかぁ?」

「あぁ?うるせェ。にやけてんのはてめぇだろ。あらかたお小夜ちゃんのことでも考えてんだろィ」

「なっ!違いますよ~。にやけてんのは兄貴ですぅー」


    ばーろィ、ほっとけ。


「さ、行くぞ!」


兵助は勢いよく駆け出した。


「待って下さいよ~!!」


兵助は笑いながら爽やかに駆けていった。


  


あぁ、今日も空が青ぇやぁ


なぁ、於凛『姐さん』


    


                                 

   〈~兵助の思い出~ 完〉




失恋は悲しいけれど、大切な姉さんには幸せになってほしい。

表裏する気持ち。

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