サルの手と傲慢な教授 ~10割(パーフェクト)の救済を願った代償~
ミコトは研究室の中で古い桐の箱を開けてなぞっていた。
「先生……私は非存在を追い続けます……」
箱の中身は何かの右手のミイラ……小指が折れ曲がっている。
指はあと4本……
◇
「先生!冷蔵庫買ったんですか!飲み物を入れてもいいですか!」
「いいわよ。牛乳とコーヒーのストックが少なくなったら補充してね」
ジリリリリ!
「着信ですか?」
「仕事用の電話ね。出るわね。少し静かにしてて」
「はい!非存在観測部隊No.1ミコトです。何かお困りごとですか?」
「こんにちは!あなたがミコト教授ですね!お噂はかねがね伺っております」
「こんにちは。用件は何かしら?怪現象?ラップ音?」
「まあまあ。落ち着いてください。私はとある雑誌の記者なのですが」
「マスコミ!なんの用かしら」
「貴方、国中の怪現象を追いかけて回っていると。のみならず解決してまわっていると
ウワサになっていますよ。ぜひ、取材させてほしいのですが」
ミコトは数秒間沈黙したのちこう答えた。
「いいわよ。ついてこられるのなら、だけどね」
◇
晴れた昼間、構内にていつものダウジングをしていた。
非存在の早期発見にはこれが一番とミコトは思っている。
「へえ!原始的ですね。これでいつも先回りしたように怪現象の現場に現れるんですね」
「ええ。なるべく犠牲者が出る前に、ね」
「間に合わない時もあるんですか?」
「8割は早期発見できている」
「残りの2割で間に合わないんですね」
「まあ、そうね」
「10割にしたいとは思わないんですか?」
ギリっと奥歯を噛む音がする。ミコトは記者をにらみつけた。
「おおこわい。犠牲者は出ますよね。だって理不尽な災害のようなものなんですから」
「失礼ね。アナタ」
「それが仕事ですので」
「取材対象を煽って怒らせるのは記者の仕事じゃないわよ」
「怒らせた方がポロっと本音が漏れるものですよ」
「はあ……取材やめる?」
「ごめんなさい。以後気を付けます」
◇
「電車で3つ行ったところに非存在の反応があるわ。
行くわよ。ついてきなさい」
「わかりました!」
「あと、釘をさすようだけど。現場では下手に言葉を重ねないで。
具体的に言うならば、黙っていなさい」
「何か理由が?」
「非存在の標的になりたくなかったら忠告は聞くものよ」
◇
「いた。アレね」
「どれですか?」
「あそこ、つむじ風がずっとおんなじところで止まっているわ」
「へえ!めずらしいですね」
「油断しないで。忠告を思い出して」
ミコトが颯爽と走り出した。スプレーを持って。
「ぶつばつてきめん!」
シューーーーー!
つむじ風がだんだんと小さくなっていく。
「へえ!やりましたね!」
「まだよ!」
ヒュン!と音が鳴って雑誌記者の方につむじ風が飛んで行った。
ズバ!!
「い、いてててて!目がー!両目が切り裂かれた!」
「ほらあ!油断するからー!」
救急車を呼んだ。
まったく。大事になったものだ。
「眼球は傷ついてませんね。まぶたがちょっと切り裂かれただけですよ。
念のため、目が開くまで入院するかい?」
「はい。おねがいします」
◇
「と言う診断でして、入院します」
「取材は一旦停止ね。わかったわ」
「3日たったらまた研究室に伺いますね」
◇
「治りましたぜ!ミコト教授!次はどの案件ですか!」
「元気がいいわね。今日は助手も一緒に行くわよ」
「タツです。よろしくお願いします!」
「今日は車で近くまで行くわ。飲み物を買ってから行きましょう」
◇
「今日は古い非存在の再検証をするわ」
「へえ?こんな山奥で?」
「先生。暗くなる前に宿に向かいましょうよ」
古民家を改修した宿で泊まる3人
「自分の宿代は自分で出してね。助手くんのは私が出すけど。
明日は朝から山に登るわよ」
ジジジジジゲコゲコゲコ、ザーザーザーー。
夜、食事を食べて寝ていた時だ。
意外な発見だった。田舎もとてもうるさい。
木や草が擦れあう音がする。
虫やカエルの音も気になる。
◇
朝、陽気がまぶしい。
「さあ、行くわよみんな!」
森に入って山道を登っていく。
今日の目的地は中腹にある祠だそうだ。
「ぜえ……ぜえ……まだ登るんですか?」
「まだまだ、よ。半分来た程度かしら」
◇
祠にたどり着く。
タツと記者は汗だくだ。
ミコトはすました顔をしている。
「体力お化け先生……」
「非存在と向き合うのには体力も必要なのよ」
「それ、いいですね。メモしますぜ」
ミコトが祠の正面に立つ。
「いい?いまから祠を開けるわよ。何が起こっても驚かないで」
そして、扉を、開いた。
ギギギギギギ……と蝶番の金属が鈍い音を出している。
すると……
辺りが突然真っ暗になった。
「先生!」
「なにが起こったんです!?」
ガアガアガアガア
カラスだろうか?妙に野太い鳴き声がする。
バタンと扉を閉める。
「終わったわ。中身を新しい器に取り換えたわ。あら?2人とも?」
カアカアカアカア
カラスの鳴き声が響いていた。
◇
研究室の中で桐の箱に入った指のミイラを触っているミコト
「先生。それ、なんですか?」
「サルの手、よ。先代の教授から受け継いだこの研究室の秘密兵器、ね」
「それって何かを願うと歪んで叶えられるって言うアレですよね」
「ええ、そうよ」
「先生の音が言ってなんですか?」
「私は……」
◇
「私は全ての非存在を犠牲者が出る前に打ち倒したい。悲劇に追いつきたいと願っている」
パキン。指はあと3本。
◇
「起きて……!起きなさい!」
「はあ、はあ。先生!?」
「はあ。危うくウチの研究室から犠牲者が出るところだったじゃない」
「記者さんは?」
「あっちでのびているわよ。何の夢を見ているんだか」
「先生!サルの手って知っていますか!」
「ええ?知っているけど何かあるのかしら」
「研究室にありますよね?サルの手」
「!?どこでそれを知ったのかしら」
「夢の中で先生がサルの手に願い事をしていました」
「なんですって?それは……厄介なことになったかもしれないわね」
「ぷはああ!!い、生きてる!」
不穏な空気が流れる後ろで記者が息を吹き返していた。
◇
「ありがとうございます。いい刺激になりました。記事になるかはわかりませんがね」
「お疲れ様。謝礼もありがとう。事前の話よりちょっと多めね?」
「エキサイティングな経験をさせていただいた分を足しときました」
「そう。さようなら。良い記事が欠けるといいわね」
部屋を出ていこうとする記者……最後に言葉を投げていく。
「10割、目指してくださいよ。ミコト教授」
「善処するわ」
ひらひらと手を振って見送った。
桐の箱を開けて中身を確認する。
指の数はあと3本……
本当に願いを叶えてしまったのだろうか?
実態は次に非存在に出会うときに分かるだろう。
たぶん、きっと、そうに違いない。




