熊が出た! 穴に捨てた麻袋と、血の味がする宴。
「ある日のことよ……これは私が手に負えなかった事件の話」
◇
森を進んでいた時のことだ。
ダーーン!ダーーン!
と大きな音が二回なった。あれは……猟銃だろうか?
鈴は着けてある。こちらが近づけば向こうも気が付くはずだ。
それに、銃声はそんなに近くない。
気を取り直して山道を進んでいく。
ピピピピ、チチチチ
小鳥の鳴き声が響いている。
嫌にうるさく感じるのは精神的に追い詰められているからだろうか?
人の大きさくらいある麻袋を抱えての山登り。
さすがに少し疲れてきたのかもしれない。
「休憩……飲み物を腹に入れよう」
ドサッと麻袋を降ろす。
「ふぅ……あと半分くらい進むか。山小屋で道具を借りよう」
「こんにちは!」
「!?」
少しギョッとした。こんな山道で他人と会うことになるとは。
「あ、ああこんにちは。いい天気だね。行楽日和だ」
「荷物、大きそうですね」
「ああ、ちょっと山小屋まで物資の補給をね……中身は米とか豆とかだよ」
「そうなんですね。ご苦労様です。では、よい行楽日和を!」
言うと女は離れていった。
社交的とはああいう人のことを言うのだろうか。
背中にかいた汗を拭いたい衝動に駆られる。
そっと顔にタオルを当てて顔ふいた。
かゆい……神経に悪いな。ストレスを抱えたままの山登りは。
◇
数時間後、男はスコップで穴を掘っていた。
縦横1m、深さ2m程度だろうか?
ずいぶん掘り進んだものだ。
「あとは……ここに麻袋を捨てちまえば終了だ」
全ては終わりだ。今後、ここに捨てた麻袋を思い出すこともないだろう。
そう思って穴に土をかぶせ始める。その時だ……
ガオオオオーン!
耳をつんざく巨大な生物の咆哮。
耐えきれずにしりもちをついてしまった。
「ひ、ひい!」
男は逃げ出した。熊に背中を見せながら。
「こっちだ!こっちにこい!」
声が聞こえる方に全力で走った。
「よしよし!アイツめ。ここが年貢の納め時だ!」
熊がノシノシと歩いてくる。
人間を舐めているのだろう。
銃を持った漁師の背中側に男は回り込んだ。
「た、たすかった!」
男は助かってなどいなかった。
熊が……穴に向かって飛び込んでいった。
そして麻袋を破り始める。
中には人間の死体が入っていた。
ダンダンダーン!3発の銃声の後、熊は静かになった永遠に。
◇
「と、いうことがあったのよ」
「その話、非存在関係あります?」
「それがね……その死体なんだけれど。どこの誰とも特定できなかったのよ」
「ええ?」
「運んでいた男も記憶障害と鑑定されたわ。誰も出どころのわからない死体。十分に非存在でしょ?」
「なんでその話をお肉を皆で食べながらしたんですか?」
「その時の熊肉よ、それ」
「ええええ?」
タイトとタツとミカを労うためにささやかなパーティーを開いていた。
まさか熊肉を食べさせられていたとは思わずに。
「でも、これ。おいしいですよ」
「そうね。よかったわね。うふふ」
そういうある種の鈍感さが非存在と向き合うのには必要なのかもしれないわね。
とミコト教授は結論した。




