バカでかいカブトムシ 1話
「おい!カブトムシだ!で、でかいカブトムシが居たんだ!」
ツーツーツー
その言葉を最後にして電話が切れた。
これは怪現象があふれる非存在の森に迷い込んだ人の話。
◇
ノエダ。54歳。趣味はアウトドアと昆虫採集。
学校の教師をしている。ほぼ引退しているようなもので、
今日は有休を使ってキャンプ場へ来ていた。
平日のキャンプ場は良い。静かで、落ち着いていて。
ちらほらと薪を囲んでいるソロキャンプの人が見えたが、
キャンパー同士の高度な自治が働いており、互いに話しかけたりはしないのだった。
「明るいうちに仕掛けてしまうか」
時間は正午を少し回ったくらい。
昼飯は食べた。カップヌードルだった。醤油味だ。
ノエダは森に入ってカブトムシ用の樹液を木に塗って回った。
こうすることで狙った位置に標的を集めるのだ。
「昨今は虫嫌いの若者も増えたものだが……私はまだまだ現役だな」
捕まえたカブトムシは釘を打って標本として飾ることにしている。
妻からは悪趣味だと言われるが……ノエダは自分が作る標本で誰かが笑うのが好きだった。
「さて、これでよし」
8か所に罠を仕掛けた。あとは夜を待つだけだ。
◇
夕食はカルビを焼いた。
飯盒炊飯の米とプレートで焼いた肉がマッチして美味だった。
好きに作ってスキに食う。キャンパーの楽しみの一つだな。
夜には星を見て寝転がる。
大きめのシートを地面に敷いて空を見上げるのだ。
そうすると、まるで宇宙全体が自分一人のために存在しているかのような
万能感に包まれる。気がする。
市街の明かりでかき消されている星々のきらめきが
ここではハッキリと目に飛び込んでくる。
「ああ、いつ見ても美しい……」
思わず感嘆の声を漏らした。
◇
とにもかくにも昆虫採集だ。
時間は22時。夜中だ。
罠を仕掛けた木に向かおう。
ライトにもなるランタンを手に取って森へと入っていく。
暗い夜に何度も入ったことがある慣れた道だ。
迷うことはない。
ベチャ……ベチャ……
なにやら聞き覚えのない嫌な音がする。
キーキキキ、ガーガーガー
キュイ!キュイ!バリバリムシャムシャ
いつの間にか森の中は音であふれていた。
異様だ。とノエダは直感した。
この時に戻っていれば、あんなことにはならなかったのかもしれないと後知恵で考える。
◇
おかしい。罠を仕掛けた木はここを真っすぐ行ったところだったはずだ。
たどり着かない。
歩いても歩いても目印を見つけることができなかった。
周囲を観察する。
迷ったわけではないはずだ。
見覚えのある歩道が足元に続いていた。
何もけもの道を進んできたわけではない。
れっきとした歩道だ。管理され整備されている。
なのに、そこを進んでも目的地にたどり着かない。
まるで自分が小人になってしまったかのような歩みののろさだ。
「はあ……はあ……おかしいな。こんなに遠かったか?」
目印を見つけた。目的の木はすぐそこだ。
「た、たどり着いた!」
と思ったのもつかの間。罠の位置が明らかに高くなっていた。
「あんなに高い位置に仕掛けた覚えはないのだが」




