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魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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初めての甘いスイートポテト!

 村で作ってもらったかまどは、思っていた以上に働き者だった。


 下の火口に薪と魔法石を入れれば、レンガの内側にじわじわと熱が回る。焼き物もちゃんとできそうな暑さだ。


 ユウは朝の片づけを終えると、かまどの前にしゃがみ込んだ。


 森で掘ってきた芋が、調理台の上でごろごろと転がっている。形は不揃いで、土もまだ少しついていたが、どれもずっしり重く、いかにも中身が詰まっていそうだった。


「いい芋なんだよなあ」


「くぅん?」


 足もとでシロが首をかしげる。


「前から思ってたんだよ。これ、焼いたら絶対うまいって」


 ユウは芋を一つ持ち上げて、掌の上で転がした。


 王宮にいた頃なら、こんな芋は下働き用の食材として片づけられていたかもしれない。自由にできる今、この芋をただのおいしくない芋として終わらせるつもりはなかった。


 焼いた芋を潰して、甘みを足して、もう一度焼く。前の世界で何度も見たし、食べたこともある、あの素朴で贅沢な甘味。


「スイートポテト、できるよな」


 口にした瞬間、胸が少しだけ弾んだ。


 パンを焼けるかまどがある。芋もある。砂糖も少しなら残っている。卵もある。


 条件は十分だ。


「シロ、今日は甘いやつを作るぞ」


「わふっ!」


 言葉の意味は分からなくても、うまいものを作るという空気は伝わるらしい。シロの尻尾がぶんぶんと振られる。


 ユウは笑って、まず芋を水でよく洗った。皮についた土を落とし、濡れた布で包んでから、かまどに並べる。


 じっくり火を通して、中までほくほくにするためだ。


 火がぱちぱちと鳴る。かまどのレンガは、昨夜の残りの熱も少し抱えていて、手をかざすとほのかに温かい。


 芋を焼いている間に、ユウは別の材料を並べていった。


 残っていた砂糖。森鳥の卵。ほんの少しの塩。そして、油。


「本当はバターとか牛乳があれば完璧なんだけどなあ」


「くるる?」


「ないものを言ってもしょうがないか」


 それでも、今あるものでどこまで近づけるか考えるのが、料理人の仕事だ。


 しばらくして、かまどの口から漂う匂いが変わり始めた。


 最初は土と火の匂いだけだったのが、やがて、やわらかく甘い香りが混じり始める。


 焼き芋の匂いだ。


 ほくほくとした、丸くて、あたたかい匂い。嗅ぐだけで、頬のあたりをゆるませる種類の香りだ。


「……これは、いいな」


 ユウが思わず笑みをこぼした、そのときだった。


 頭上の枝が、かさりと揺れた。


 シロの耳がぴんと立つ。


「わふっ」


 低く短い声。警戒というより、何かいるっ!という感じで目をギラギラさせている。


 ユウが顔を上げると、枝葉の隙間から、何か小さな影がこちらを覗いていた。


 焦げ茶色の丸い体に、蜂蜜色の縞が入ったふさふさのしっぽ。目は黒くてまん丸。前足で枝をぎゅっと掴みながら、じっと、かまどのほうだけを見ている。


「……リス?」


 影は一瞬だけ固まった。


 だが、逃げるかわりに、鼻をひくひくと忙しなく動かし、小さな口を開いた。


「あまい?」


 ユウは目を瞬いた。


 今、確かに喋った。


「喋った」


「ミツ!」


 影が胸を張るみたいに、しっぽをふわっと広げる。


「ミツ、きた!」


 それが名前らしい。


 シロが「わふっ」と一声鳴いて牽制すると、ミツと名乗った小さな魔物は、シロのほうをちらりと見て、ちょっとだけ口を尖らせた。けれど次の瞬間には、またかまどの匂いに意識を奪われている。


「あまい。あまいの、する」


「するな。焼き芋だからな」


「やき……いも」


 言葉をなぞるように繰り返し、ミツはそろそろと一段低い枝へ降りてきた。


 警戒心が薄いのか、甘い匂いの前では理性が飛ぶのか。たぶん両方だろうとユウは思った。


「勝手に食うなよ。まだ途中だから」


「とちゅう?」


「完成前ってこと」


 説明しながら、ユウは布を広げ、焼き上がった芋をかまどから取り出した。


 皮のところどころが乾いて裂け、そこから黄色い中身がちらりと覗いている。ひとつ割ると、白い湯気と一緒に、濃い甘い香りがふわりと立ちのぼった。


「……思った以上の出来栄えだな」


 ユウの手元を覗き込んでいたミツのしっぽが、ぶわっと一気に膨らんだ。


「あまい! すごい!」


 今にも飛びかかりそうな勢いだ。


 シロが間に入り、「うぅぅ」と低く鳴く。ミツはしぶしぶ一歩下がったが、目はまったく芋から離れない。


「よし、じゃあここからが本番」


 ユウは焼けた芋の中身を、熱いうちにスプーンで掻き出していく。


 ねっとりと柔らかくなった黄色い中身が、木の鉢にどんどん溜まっていく。そこに、砂糖を足して、油をほんの少し、塩をひとつまみ加える。


「それ、なに? なにする?」


 ミツが枝から身を乗り出すようにして聞く。


「スイートポテトにする」


「もう、うまそう!」


「まだ我慢」


 木べらで芋を潰しながら混ぜていくと、最初はほくほくしていた中身が、だんだんと滑らかになってきた。砂糖と油のコクが混ざって、焼き芋だけより少しだけ濃い香りになる。


「いい感じだな」


 そこへ、森鳥の卵の黄身を少しだけ別皿に取り分け、水でのばす。


 成形した芋の上に、薄く塗るためだ。


「のむの?」


「のまないよ。塗るんだ」


 ユウは手のひらで楕円形にまとめた芋を並べ、その表面に黄身を塗っていく。


 黄色くつやつやした芋の塊が、板の上にいくつも並ぶ。


 ミツはもう落ち着きを完全に失っていた。枝の上でそわそわ、前足でもじもじ。何度も「まだ?」「それ、たべる?」「ミツのある?」と聞いてくる。


「お前、ほんと落ち着きないな」


「ある! ミツ、ある!」


「食べる分はあるから、静かに待て」


「まつ!」


 返事だけはいい。


 ユウは苦笑しつつ、成形した芋を再びかまどに入れた。


 今度は焼き色をつけるための火だ。表面の黄身が熱で少しずつ艶を増し、ところどころに香ばしい焼き色がついていく。


 焼き芋より濃くあまーい香り。


 その匂いが広がった瞬間、ミツは思わずといった様子で枝から滑り降り、ユウの肩に飛び乗った。


「うわ、近い近い」


「いいにおい! いいにおい!」


 シロは威嚇するように「きゃんっ!きゃん」と鳴く。ミツは一瞬だけシロを見たが、すぐにまたかまどへ向き直った。


「はいはい、分かったから。今出す」


 ユウは焼き上がったものの中から、小ぶりな一つを取り出した。


 表面はつやつやで、焼き色がきれいについている。前の世界のそれに比べれば素朴な見た目だが、十分に美味しそうだ。


「熱いぞ。気をつけろよ」


 小さく切り分け、少しだけ冷ましてからミツの前に出す。


 ミツは目をきらきらさせながら一口――いきかけて、熱さにびくっとして飛び退いた。


「あち!」


「だから言っただろ」


「はやく! さます!」


 ユウがふうふうと息を吹きかけてやると、ミツは待ちきれない様子で前足をもじもじさせる。


「ほら、今度は大丈夫だ」


 ミツはぱくりと小さな口でかじった。


 その瞬間、動きが止まった。


 丸い目がさらに見開かれ、しっぽがぶわっと最大まで膨らむ。


「……あまい!」


 次の瞬間、ミツはその場でぴょんっと跳ねた。


「ほくほく! うまい! なにこれ、うまい!」


 前足で頬を押さえ、もう一口、もう一口と夢中でかじっていく。


「ミツ、これ、すき! すごい! いもより、もっとすごい!」


 大騒ぎだ。


 シロも自分の分をもらって食べていたが、こちらは無言で尻尾をぱたぱたさせている。ミツほど騒がしくはないが、気に入ったらしい。


「そこまで喜ばれると、作った甲斐があるなあ」


 ユウも一口食べる。


 表面はほんのり香ばしく、中はねっとりとなめらか。芋の自然な甘さが前に出ているのに、油のコクと砂糖の甘みで物足りなさがない。


「……うん、いける」


 前の世界で食べたスイートポテトとは少し違う。けれど、これはこれで、この世界の芋でしか出ない味だ。


「もっと!」


 ミツが即座にねだってくる。


「そんなにか」


「もっと、もっと!」


「対価は?」


 ユウが何気なくそう言うと、ミツはぴたりと止まった。


 シロが横で「わふーん」と鳴く。どこか得意げだ。


 ミツは一瞬だけ気まずそうな顔をしたあと、くるっと踵を返し、森の奥へ飛び込むように走っていった。


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