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魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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20/21

かまどパン

 粗挽きの粉をボウルに入れ、塩をひとつまみ。


 水を少しずつ加えて手でこねていくと、べたついていた生地が、次第に手から離れてまとまり始めた。


 少量の油を加えてさらにこねると、表面がつやを帯びる。


「今日は膨らませない平たいパンにします。時間もかけられませんし」


 生地を何等分かにちぎって丸め、手のひらで押し広げる。


 麺棒で楕円形に伸ばしていく。


 何枚かは粉だけ、何枚かは刻んだ芋を練り込んだ。


「芋入りは、ちょっと甘くなるはずです」


 手元を見ていたトマスが、感心したように目を瞬かせる。


「粉と水だけで、そんなふうにまとまるものなんですね」


「案外なんとかなるものですよ」


 下段の火の部屋では、魔法石と薪がちょうどいい具合になっていた。レンガ越しの熱で、焼き部屋の空洞は十分に温まっている。


「よし、いい感じだな」


 長い板の先に生地を乗せ、かまどに入れる。


 しばらくすると、生地の表面がしっとりと汗をかいたようになり、ぷくりとふくれてきた。


 小麦の香りが、熱と一緒にテントの周りに広がる。


「……いい匂いだ」


 トマスが喉を鳴らす。ミーナも鼻をひくひくさせて、かまどの口を覗き込んだ。


「近づきすぎると焦げますよ」


 ユウが笑いながら注意すると、ミーナは少しだけ後ろに下がる。


「もうこんな匂いがするんですね。粉と水だけで」


「芋入りのほうから焼けてますね」


 縁がこんがりしてきたところで、ユウは板を差し入れ、生地をぺりっと剥がした。


 楕円形の焼きたてパンが、かまどの口から姿を現す。


 表面にところどころ焦げた斑点。芋入りのものは、甘い匂いがひときわ強い。


「シロ、あげるからちゃんと飛びつかずに待っとけよ」


「きゅるる」


 シロはかまどの前から少し下がって、地面を前足でかりかりしながら、舌を出す。


「まずはそのままで」


 ユウは芋入りのパンを一枚、食べやすい大きさに切り分け、トマスとミーナ、それからシロの皿に小さく一片ずつ載せた。


「まだ熱いので気をつけてください」


 ふうふうと息を吹きかけてから勧めると、三者三様の反応が返ってくる。


 トマスは恐る恐るかじり、すぐに目を丸くした。


「……中が、もっちりしてますね。外は香ばしいのに」


「粗い粉だから、歯ごたえもしっかりあるでしょう」


 ミーナは小さく齧り、噛んでいるうちにじわじわ表情を緩めた。


「芋の甘さが後から来ますね。味は素朴なのに、妙に贅沢な感じがします」


 シロはというと、一口でぱくりといき、もぐもぐ噛むたびに尻尾を地面にぱたぱたと打ちつけている。


「そんなにうまいか」


 ユウも、自分のぶんをちぎって口に運んだ。


 外の香ばしさと、中のもっちり感。粗挽きの歯応えのある食感の向こうから、芋の甘さがじんわり広がる。


 ちゃんとパンとして成立している。


「……うまい」


 小さくこぼれた声に、トマスが笑う。


「自分で驚いてませんか」


「材料が少なかったので、こんなに上手く行くと思ってなくて。これはこれでいいですね」


 パンが作れるなら、もっと料理の幅が広がる。


「これに、森猪の肉と野菜を挟んだらもっとうまいだろうなー」


 ユウが突き刺さる視線を感じ、隣を見ると2人と1匹がこちらを凝視していた。


「肉と野菜ですか?森猪の?」


「え、えぇ、照り焼き……甘辛いジューシーな肉とシャキッとした野菜をまったりとしたソースで絡めて、このもちっとしたパンに」


「今すぐそれ作ってください!!」


 大柄なトマスに今からキスでもするんじゃないかというほど、顔を近づけられ、ユウは思わず後退りする。


「い、今からは無理ですよ。材料がないですし」


「なら!作った時は私たちを真っ先に呼んでください!!色々と今後も作りたいものがあればサービスしますから!」


 トマスのこれ以上ないくらいの熱意に押され、助けを求めるようにミーナを見ると、首が取れるんじゃないかと思うほど頷いていた。


 どうやら、助けてくれる人はいないらしい。


「それはいいですけど……」


 トマスがガッツポーズをし、ミーナが微笑んだ。


「村で栄養塊をかじるより、こっちのほうがよほど仕事がはかどりそうです」


「ほんとですか?」


「その森猪を挟んだものを食べたら、もっとやる気が出そうですけどね」


 トマスも頷く。


「うちの工房の皆にも食べさせたいくらいです。粉と塩と水で、ここまでできるなら」


「具を挟むのは、また今度ゆっくりやりますよ。今日のところは、かまどの試運転ですから」


「それでも、これだけでも十分美味しいのに、更にとなるとよだれが出そうだ」


 トマスが手の中のパンを見下ろす。


「ここまで焼けるなら、村にも同じかまどを一つ増やしたくなりますね」


「粉が安定して手に入るようになったら、考えます」


 ユウは笑い、かまどの壁にそっと手を当てた。


 新しく積まれたレンガから指先に伝わる温かさが、どこか心強かった。


「本当に、いいかまどです。ありがとうございます」


「いえいえ、こちらもいいものを食べさせてもらいましたしね。今後の約束もしましたし!」


 トマスが豪快に笑う。


「このかまどからどんなものが出てくるのか、楽しみにしてます」


「今度村に行くときは、このパンも持っていきます」


 ミーナが最後の一口を大事そうに噛み締め、満足そうに息をついた。



 職人ふたりを見送ると、森の端には、レンガを積んだ小さなかまどと、焼きたての匂いだけが残った。


「シロ」


「くるる?」


「いいかまどができたな。これからもっと料理のレパートリーが増えるぞ」


「わふっ!」


 シロが全力で賛同の声を上げる。


 ユウは笑いながら、もう一枚ぶんの生地を手に取った。


「次は具を考えなきゃな。村で売るなら、見た目も大事だ」


 森の冷たい空気の中で、かまどの周りだけが、じんわりと温かい。


 ユウは次の一品の段取りを静かに組み立て始めた。

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