かまどパン
粗挽きの粉をボウルに入れ、塩をひとつまみ。
水を少しずつ加えて手でこねていくと、べたついていた生地が、次第に手から離れてまとまり始めた。
少量の油を加えてさらにこねると、表面がつやを帯びる。
「今日は膨らませない平たいパンにします。時間もかけられませんし」
生地を何等分かにちぎって丸め、手のひらで押し広げる。
麺棒で楕円形に伸ばしていく。
何枚かは粉だけ、何枚かは刻んだ芋を練り込んだ。
「芋入りは、ちょっと甘くなるはずです」
手元を見ていたトマスが、感心したように目を瞬かせる。
「粉と水だけで、そんなふうにまとまるものなんですね」
「案外なんとかなるものですよ」
下段の火の部屋では、魔法石と薪がちょうどいい具合になっていた。レンガ越しの熱で、焼き部屋の空洞は十分に温まっている。
「よし、いい感じだな」
長い板の先に生地を乗せ、かまどに入れる。
しばらくすると、生地の表面がしっとりと汗をかいたようになり、ぷくりとふくれてきた。
小麦の香りが、熱と一緒にテントの周りに広がる。
「……いい匂いだ」
トマスが喉を鳴らす。ミーナも鼻をひくひくさせて、かまどの口を覗き込んだ。
「近づきすぎると焦げますよ」
ユウが笑いながら注意すると、ミーナは少しだけ後ろに下がる。
「もうこんな匂いがするんですね。粉と水だけで」
「芋入りのほうから焼けてますね」
縁がこんがりしてきたところで、ユウは板を差し入れ、生地をぺりっと剥がした。
楕円形の焼きたてパンが、かまどの口から姿を現す。
表面にところどころ焦げた斑点。芋入りのものは、甘い匂いがひときわ強い。
「シロ、あげるからちゃんと飛びつかずに待っとけよ」
「きゅるる」
シロはかまどの前から少し下がって、地面を前足でかりかりしながら、舌を出す。
「まずはそのままで」
ユウは芋入りのパンを一枚、食べやすい大きさに切り分け、トマスとミーナ、それからシロの皿に小さく一片ずつ載せた。
「まだ熱いので気をつけてください」
ふうふうと息を吹きかけてから勧めると、三者三様の反応が返ってくる。
トマスは恐る恐るかじり、すぐに目を丸くした。
「……中が、もっちりしてますね。外は香ばしいのに」
「粗い粉だから、歯ごたえもしっかりあるでしょう」
ミーナは小さく齧り、噛んでいるうちにじわじわ表情を緩めた。
「芋の甘さが後から来ますね。味は素朴なのに、妙に贅沢な感じがします」
シロはというと、一口でぱくりといき、もぐもぐ噛むたびに尻尾を地面にぱたぱたと打ちつけている。
「そんなにうまいか」
ユウも、自分のぶんをちぎって口に運んだ。
外の香ばしさと、中のもっちり感。粗挽きの歯応えのある食感の向こうから、芋の甘さがじんわり広がる。
ちゃんとパンとして成立している。
「……うまい」
小さくこぼれた声に、トマスが笑う。
「自分で驚いてませんか」
「材料が少なかったので、こんなに上手く行くと思ってなくて。これはこれでいいですね」
パンが作れるなら、もっと料理の幅が広がる。
「これに、森猪の肉と野菜を挟んだらもっとうまいだろうなー」
ユウが突き刺さる視線を感じ、隣を見ると2人と1匹がこちらを凝視していた。
「肉と野菜ですか?森猪の?」
「え、えぇ、照り焼き……甘辛いジューシーな肉とシャキッとした野菜をまったりとしたソースで絡めて、このもちっとしたパンに」
「今すぐそれ作ってください!!」
大柄なトマスに今からキスでもするんじゃないかというほど、顔を近づけられ、ユウは思わず後退りする。
「い、今からは無理ですよ。材料がないですし」
「なら!作った時は私たちを真っ先に呼んでください!!色々と今後も作りたいものがあればサービスしますから!」
トマスのこれ以上ないくらいの熱意に押され、助けを求めるようにミーナを見ると、首が取れるんじゃないかと思うほど頷いていた。
どうやら、助けてくれる人はいないらしい。
「それはいいですけど……」
トマスがガッツポーズをし、ミーナが微笑んだ。
「村で栄養塊をかじるより、こっちのほうがよほど仕事がはかどりそうです」
「ほんとですか?」
「その森猪を挟んだものを食べたら、もっとやる気が出そうですけどね」
トマスも頷く。
「うちの工房の皆にも食べさせたいくらいです。粉と塩と水で、ここまでできるなら」
「具を挟むのは、また今度ゆっくりやりますよ。今日のところは、かまどの試運転ですから」
「それでも、これだけでも十分美味しいのに、更にとなるとよだれが出そうだ」
トマスが手の中のパンを見下ろす。
「ここまで焼けるなら、村にも同じかまどを一つ増やしたくなりますね」
「粉が安定して手に入るようになったら、考えます」
ユウは笑い、かまどの壁にそっと手を当てた。
新しく積まれたレンガから指先に伝わる温かさが、どこか心強かった。
「本当に、いいかまどです。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらもいいものを食べさせてもらいましたしね。今後の約束もしましたし!」
トマスが豪快に笑う。
「このかまどからどんなものが出てくるのか、楽しみにしてます」
「今度村に行くときは、このパンも持っていきます」
ミーナが最後の一口を大事そうに噛み締め、満足そうに息をついた。
◇
職人ふたりを見送ると、森の端には、レンガを積んだ小さなかまどと、焼きたての匂いだけが残った。
「シロ」
「くるる?」
「いいかまどができたな。これからもっと料理のレパートリーが増えるぞ」
「わふっ!」
シロが全力で賛同の声を上げる。
ユウは笑いながら、もう一枚ぶんの生地を手に取った。
「次は具を考えなきゃな。村で売るなら、見た目も大事だ」
森の冷たい空気の中で、かまどの周りだけが、じんわりと温かい。
ユウは次の一品の段取りを静かに組み立て始めた。




