新たな調理場ゲット!
ライナーは手綱を取って森の道を戻っていった。荷車のきしむ音が、木々の間に吸い込まれていく。
その背中を見送りながら、ユウは胸のあたりで小さく息をついた。
「すごい手の上で転がされている気がする。まあ、食材をもらえるのは、こっちとしても助かるけど」
「くぅん?」
足もとで、シロが首をかしげる。
「このレンガとな、粉。これがあればパン用のかまどが作れるんだよ」
「わふっ!」
言葉の意味までは分からなくても、声の弾みだけは伝わったらしい。シロの尻尾がぶんぶんと揺れる。
「ただ、素人積みで崩れたら笑えないしな。どうせなら、ちゃんとした職人に見てもらうか」
そう決めて、ユウは背負い袋を引っ張り出した。
◇
レンガを見本に1個だけ背負い袋に詰め、粉の樽は布をかぶせてテントの隅に寄せる。
森を抜け、柵の見える道を歩くあいだ、ユウは何度も頭の中で図を描いた。前世でテレビや雑誌で見た石窯の断片的な記憶が、少しずつ形になっていく。
村の柵を抜けると、広場の端で道具屋のじいさんがいつものように店を広げていた。
「おお、森の料理人さんじゃないか」
「こんにちは。今日は相談に来ました」
「相談?」
ユウは、背負ってきたレンガを一つ取り出し、じいさんの前に置いた。
「このレンガで、かまどを作りたいんです。できれば、森の端のテントの近くに」
「森にかまどをか」
じいさんが目をぱちりと瞬かせる。
「村の中じゃなくていいのかい?」
「いずれ村にも一つあったら嬉しいですけど、今のところはテントのそばが動きやすいので。パンを焼いたり、肉をじっくり火にかけたりしたくて」
「パン、ねえ」
じいさんが顎をさすっていると、背後から声が飛んだ。
「そのかまど、誰が作るんです?」
振り向くと、腕まくりをした恰幅のいい男がひょいと近づいてきた。腰には槌とノミ、それから小さな石板のようなものが下がっている。
「この前も話したろう。村で一番、こう言ったものを作るのが得意なのがトマスだ」
じいさんが笑いながら紹介する。
「鍛冶屋のトマスです。かまどをいじったことは何度かありますよ。森に置くんですか」
トマスはレンガを手に取り、重さと硬さを確かめた。
「火の魔法石はお持ちなんですよね」
「はい。半円型のドームのような形にしたいと思ってて」
ユウは地面にしゃがみ込み、枝で簡単な図を描いた。
トマスはしばらく図を眺め、うん、と頷いた。
「形は分かりました。村の土と石も少し持ち込みます。これなら半日もあれば。……ひとり、手伝いを呼んでいいですか」
「手伝い?」
「土魔法を使えるやつがいまして。地盤を固めたり、石の形状を変えたりするのに便利なんです」
王都の土魔法使いたちが石畳を均していた光景が、ユウの頭をよぎる。
「来てもらえるなら、ぜひお願いしたいです。お値段はどれくらいですか」
トマスは指を4本目の前に出した。
「2人いるので、銀貨これくらいでお願いしたいです」
最近、収入源も確保したし、それくらいなら全然悪くない。
「分かりました。森の入り口で待ち合わせましょう」
◇
次の日。
テントの前には、複数の小さな石と粘土のような土を抱えたトマスと、若い女が一人立っていた。
女性にしては、短く刈りそろえた髪に土色の作業着。肩口には、なにかの紋章を模した簡素な刺繍が見える。
「土魔法持ちのミーナです」
「森の料理人のユウです。こんなところまで来ていただいて、助かります」
ユウが頭を下げると、ミーナも軽く会釈した。
「森の端までなら、まあ……。中までは行きたくないですけど」
「さすがに、そこまで連れ込んだりはしませんよ」
軽口を交わしていると、シロが「くぅん」と鳴きながら二人の周りをくるくる回る。
「これが噂の白い魔物ですか」
ミーナが慎重に手を伸ばすと、シロは鼻先をくんくんさせてから、ぺろりと指先を舐めた。
「人懐っこいですね」
「かわいいでしょう」
「魔物と一緒に暮らすなんて変わってますね」
そう言いながらも、ミーナの手はシロの頭をそっと撫でる。
トマスは周囲の地面をぐるりと見回すと、地面を指差した。
「このあたりが一番平らですね。ここならテントにも近いですし、雨の日でも使いやすいでしょう」
「お願いします」
「ミーナ、まずは地盤から頼めますか」
「わかった」
ミーナが靴先で地面をとん、と軽く鳴らした。
次の瞬間、足もとの大地がわずかに沈み、低い音が土の中を走る。
表面のやわらかい土が押しのけられ、固い層が顔を出した。
「これで崩れにくくなりました」
「すごい……」
ユウが感心しているあいだに、トマスはその上にあっという間にレンガを並べ始める。
「下段が魔法石を入れる部屋です。入口はこのくらいでよろしいですか」
「はい。あまり大きいと熱が逃げそうなので」
レンガを二段積みして、奥に小さな隙間を残す。そこから熱と煙が上へ抜けるようになっている。
「隙間は私が詰める」
ミーナが片手をかざし、短く詠唱する。
トマスが持ってきた粘土状の土がざらりと動き、レンガとレンガの間へ流れ込んでいった。
「これで、しばらくしたら固まると思う」
「本当に便利だな、土魔法」
ユウが感嘆すると、ミーナは少し照れくさそうに肩をすくめた。
今度は上段だ。
トマスはレンガを弧を描くように積み上げ、焼く部屋の形を作っていく。丸く積むのが難しいところは、ミーナの魔法で支えを作った。
ユウの目には、見えない手がかまどの形を整えているように映った。
最後上に簡単な煙抜きの穴をあけると、トマスが腕で額の汗を拭う。
「こんなところでしょうか」
トマスが一歩下がる。
そこには、朝にはなかった石窯ができていた。
ユウは思わず喉の奥で声を漏らす。
「……すごい。本当にかまどになってる」
「下の火の部屋に魔法石を入れれば、すぐ試せますよ」
「その前に、軽く慣らし焼きしたほうがいいですね」
ミーナがレンガに掌を当てて言う。
「少し熱を入れて固めておきます」
短い詠唱とともに、土と石の隙間にじわりと熱が走った。
細かなひびが消え、レンガの表面の色がわずかに深くなる。
「これで簡単には割れません」
「本当に、何から何までありがとうございます」
ユウは深く頭を下げた。
「どうせなら、このまま試してみませんか?」
トマスが面白そうに目を細める。
「せっかく作ったので、かまどの初仕事を見届けたいですし」
「私も、森の端でパンが焼けるところなんて、ちょっと興味ありますね」
ミーナも少しだけ口元を緩めた。
「それなら、簡単なのを一つ。お昼代わりに食べていってください」
急に客ができたせいで胸が高鳴ったが、火のそばに立てば自然と手が動く。




