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魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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新たな調理場ゲット!

 ライナーは手綱を取って森の道を戻っていった。荷車のきしむ音が、木々の間に吸い込まれていく。


 その背中を見送りながら、ユウは胸のあたりで小さく息をついた。


「すごい手の上で転がされている気がする。まあ、食材をもらえるのは、こっちとしても助かるけど」


「くぅん?」


 足もとで、シロが首をかしげる。


「このレンガとな、粉。これがあればパン用のかまどが作れるんだよ」


「わふっ!」


 言葉の意味までは分からなくても、声の弾みだけは伝わったらしい。シロの尻尾がぶんぶんと揺れる。


「ただ、素人積みで崩れたら笑えないしな。どうせなら、ちゃんとした職人に見てもらうか」


 そう決めて、ユウは背負い袋を引っ張り出した。



 レンガを見本に1個だけ背負い袋に詰め、粉の樽は布をかぶせてテントの隅に寄せる。


 森を抜け、柵の見える道を歩くあいだ、ユウは何度も頭の中で図を描いた。前世でテレビや雑誌で見た石窯の断片的な記憶が、少しずつ形になっていく。


 村の柵を抜けると、広場の端で道具屋のじいさんがいつものように店を広げていた。


「おお、森の料理人さんじゃないか」


「こんにちは。今日は相談に来ました」


「相談?」


 ユウは、背負ってきたレンガを一つ取り出し、じいさんの前に置いた。


「このレンガで、かまどを作りたいんです。できれば、森の端のテントの近くに」


「森にかまどをか」


 じいさんが目をぱちりと瞬かせる。


「村の中じゃなくていいのかい?」


「いずれ村にも一つあったら嬉しいですけど、今のところはテントのそばが動きやすいので。パンを焼いたり、肉をじっくり火にかけたりしたくて」


「パン、ねえ」


 じいさんが顎をさすっていると、背後から声が飛んだ。


「そのかまど、誰が作るんです?」


 振り向くと、腕まくりをした恰幅のいい男がひょいと近づいてきた。腰には槌とノミ、それから小さな石板のようなものが下がっている。


「この前も話したろう。村で一番、こう言ったものを作るのが得意なのがトマスだ」


 じいさんが笑いながら紹介する。


「鍛冶屋のトマスです。かまどをいじったことは何度かありますよ。森に置くんですか」


 トマスはレンガを手に取り、重さと硬さを確かめた。


「火の魔法石はお持ちなんですよね」


「はい。半円型のドームのような形にしたいと思ってて」


 ユウは地面にしゃがみ込み、枝で簡単な図を描いた。


 トマスはしばらく図を眺め、うん、と頷いた。


「形は分かりました。村の土と石も少し持ち込みます。これなら半日もあれば。……ひとり、手伝いを呼んでいいですか」


「手伝い?」


「土魔法を使えるやつがいまして。地盤を固めたり、石の形状を変えたりするのに便利なんです」


 王都の土魔法使いたちが石畳を均していた光景が、ユウの頭をよぎる。


「来てもらえるなら、ぜひお願いしたいです。お値段はどれくらいですか」


 トマスは指を4本目の前に出した。


「2人いるので、銀貨これくらいでお願いしたいです」


 最近、収入源も確保したし、それくらいなら全然悪くない。


「分かりました。森の入り口で待ち合わせましょう」



 次の日。


 テントの前には、複数の小さな石と粘土のような土を抱えたトマスと、若い女が一人立っていた。


 女性にしては、短く刈りそろえた髪に土色の作業着。肩口には、なにかの紋章を模した簡素な刺繍が見える。


「土魔法持ちのミーナです」


「森の料理人のユウです。こんなところまで来ていただいて、助かります」


 ユウが頭を下げると、ミーナも軽く会釈した。


「森の端までなら、まあ……。中までは行きたくないですけど」


「さすがに、そこまで連れ込んだりはしませんよ」


 軽口を交わしていると、シロが「くぅん」と鳴きながら二人の周りをくるくる回る。


「これが噂の白い魔物ですか」


 ミーナが慎重に手を伸ばすと、シロは鼻先をくんくんさせてから、ぺろりと指先を舐めた。


「人懐っこいですね」


「かわいいでしょう」


「魔物と一緒に暮らすなんて変わってますね」


 そう言いながらも、ミーナの手はシロの頭をそっと撫でる。


 トマスは周囲の地面をぐるりと見回すと、地面を指差した。


「このあたりが一番平らですね。ここならテントにも近いですし、雨の日でも使いやすいでしょう」


「お願いします」


「ミーナ、まずは地盤から頼めますか」


「わかった」


 ミーナが靴先で地面をとん、と軽く鳴らした。


 次の瞬間、足もとの大地がわずかに沈み、低い音が土の中を走る。


 表面のやわらかい土が押しのけられ、固い層が顔を出した。


「これで崩れにくくなりました」


「すごい……」


 ユウが感心しているあいだに、トマスはその上にあっという間にレンガを並べ始める。


「下段が魔法石を入れる部屋です。入口はこのくらいでよろしいですか」


「はい。あまり大きいと熱が逃げそうなので」


 レンガを二段積みして、奥に小さな隙間を残す。そこから熱と煙が上へ抜けるようになっている。


「隙間は私が詰める」


 ミーナが片手をかざし、短く詠唱する。


 トマスが持ってきた粘土状の土がざらりと動き、レンガとレンガの間へ流れ込んでいった。


「これで、しばらくしたら固まると思う」


「本当に便利だな、土魔法」


 ユウが感嘆すると、ミーナは少し照れくさそうに肩をすくめた。


 今度は上段だ。


 トマスはレンガを弧を描くように積み上げ、焼く部屋の形を作っていく。丸く積むのが難しいところは、ミーナの魔法で支えを作った。


 ユウの目には、見えない手がかまどの形を整えているように映った。


 最後上に簡単な煙抜きの穴をあけると、トマスが腕で額の汗を拭う。


「こんなところでしょうか」


 トマスが一歩下がる。


 そこには、朝にはなかった石窯ができていた。


 ユウは思わず喉の奥で声を漏らす。


「……すごい。本当にかまどになってる」


「下の火の部屋に魔法石を入れれば、すぐ試せますよ」


「その前に、軽く慣らし焼きしたほうがいいですね」


 ミーナがレンガに掌を当てて言う。


「少し熱を入れて固めておきます」


 短い詠唱とともに、土と石の隙間にじわりと熱が走った。


 細かなひびが消え、レンガの表面の色がわずかに深くなる。


「これで簡単には割れません」


「本当に、何から何までありがとうございます」


 ユウは深く頭を下げた。


「どうせなら、このまま試してみませんか?」


 トマスが面白そうに目を細める。


「せっかく作ったので、かまどの初仕事を見届けたいですし」


「私も、森の端でパンが焼けるところなんて、ちょっと興味ありますね」


 ミーナも少しだけ口元を緩めた。


「それなら、簡単なのを一つ。お昼代わりに食べていってください」


 急に客ができたせいで胸が高鳴ったが、火のそばに立てば自然と手が動く。


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