森のかまど計画と一つの牙
このあたりに行商人が回ってくるのは、早くて十日おき。村長はそう言っていた。
だから、荷車のきしむ音を聞いたとき、最初は別の商人だと思っていた。
テントの前で鍋をかき回していると、森の小道の向こうから、見覚えのある荷馬車が現れた。
「これは、森の料理人殿」
がらりと布が揺れ、見慣れた外套姿が降りてくる。ライナーだ。
「……早いですね。ここを出たの、三日前ですよね」
「三日もあれば、ひと仕事には足りるものでして」
軽い言い回しとは裏腹に、荷台の土埃を見る限り、この三日間ずっと走り回っていたのは間違いなさそうだった。
「城下まで行ってこられたんですか」
「いえ、途中までで失礼いたしました」
ライナーは手綱を結びながら、短く答える。
「街道で顔なじみの連中と会いましてね。森猪の牙を一本、試しにお見せしたんです」
そこで言葉を切り、ちらりとこちらを見る。
「少し話をしてみましたら、いったん戻ってきたほうが得だなと分かりまして」
何がどう得なのか、それは言わずにライナーは人好きのする柔らかい笑みを浮かべた。
多分、森猪の骨と牙の値が、思っていたより動いているのだろう。前に村長と話していた「安く買い叩かれていた頃」とは、もう状況が違うのだと、なんとなく察しがついた。
「村長さんたちとは、うまくやってるんですか?」
「ええ、話は通しました。骨と牙の扱いとかその他諸々について。これで少しは暮らしやすくなるんじゃないでしょうか」
ライナーはご機嫌な笑みを浮かべる。
「森の料理人殿にも、少しはお役に立てそうなものを持ってきたつもりなんですよ」
そう言って、ライナーは荷台の後ろをぽん、と叩いた。
布をめくると、中には赤茶けた塊がいくつも積まれている。四角く整えられた焼き固めた土。
「レンガ……ですか」
「そうですね」
素っ気ない言い方のわりに、どこか得意げだ。
「倉に余っていたものを、森猪の牙と、少々の品物とで替えてきました。重いのが難点ですけど、火のそばで使えそうでしょう?」
「使えそうどころか、ありがたすぎますよ。ちゃんとしたかまど、作れそうだ」
喉の奥がひとりでに鳴った。パンや、ピザを焼いたり、考えただけで胸が踊る。頭の中で、やれることが一気に増えた。
「こちらの粉も、どうぞ」
ライナーは別の樽の蓋を軽く叩いた。ふわりと、小麦の匂いが漂う。
「近くの街で売れ残っていた粗挽きでしてね。骨と牙のお話をしたついでに、少し分けてもらいました」
「わざわざ、ここまで運んできてくれたんですか」
「早いうちがよろしいかと思いまして。これについては私の好意なのでお代はいりません。前言った通り、ユウさんとは仲良くしていたいので」
どこまで本音なのかは分からない。ただ、荷物の選び方に無駄がなく、ユウのことを考えていることは確かだった。森で価値の出るもの、ここでしか作れないもの、そのあたりをもう計算に入れて動いているのだろう。
「レンガと粉、好きにお使いください」
ライナーはそう言って、荷台からレンガを一つ抱えてみせる。
「美味いものができれば、森の連中も、村の方々も、少しは楽になりますしね。そのついでに、私も少々儲けさせていただければ」
口調は軽いが、目は笑っていない。やり手の商人という感じがする。親切に見せかけて、実利をちゃんと考えているのだろう。
「じゃあ、ありがたく。ちゃんと形にしてみせます」
「お願いします」
ライナーは頷き、シロの頭を一度だけ撫でると、用事があるのでと言い残し、すぐに去っていった。




