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魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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10/11

焦がし醤油と焼き芋と、腹ぺこ魔物たち

 村から戻って、テントの布をくぐったときには、もう空が少し赤くなりかけていた。


「ふう……ただいま」


 誰もいないはずなのに、思わずそう言ってしまう。


 簡易テントと、ガタガタの調理台と、折りたたみコンロ。


 朝ここを出たときと何ひとつ変わらない景色なのに、さっきまで賑やかな村の広場にいたせいか、逆にほっとする。


「シロ、とりあえず荷物下ろすぞ」


「きゅ!」


 足もとで白い毛玉が跳ねる。尻尾をぶんぶん振りながら、俺の回りをくるくる回った。


 リュックを下ろし、まずは今日の戦利品を並べる。


 古いけどまだ使えそうな深鍋、塩の入った布袋、そして――


「今日の主役はこちら」


 小さな陶器の瓶を、そっと調理台の上に置いた。


 布と紐で口を縛られた、地味な見た目の瓶。


 それでも、俺には金塊よりも価値があるように見える。


「醤油……異世界にもあるとはなあ」


 誰にともなく呟きながら、そっと蓋をほどく。


 鼻先に近づけると、ふわりとあがってくるあの香り。


 大豆が発酵した、独特の匂い。


 前世でなら「ただの調味料」だったそれが、今はとんでもない宝物に思えた。


「よし。初仕事は、お前だな」


 調理台の端に、森から掘ってきた芋を転がす。


 さっき村で使ったのと同じ種類の芋だが、今日はもうちょっと贅沢に使うつもりだ。


「シロ。今日はすごくうまい芋を食わせてやる」


「きゅっ!」


 意味は分かってないだろうけど、やる気だけは満々だ。


 ◇


 まずは、焚き火を起こす。


 折りたたみコンロとは別に、地面を少し掘って、小さなかまどを作る。


 枝と落ち葉を組んで火をつけ、しばらくして炭火になったところで、その上に芋を放り込んだ。


 灰と炭で軽く埋めてしまう。


「焼き芋はですね、じっくり待つのがコツなんですよ、シロくん」


「きゅ?」


「いい匂いがしてくるまで、我慢。我慢ができたやつはおいしい思いができるんだよ」


 シロはよく分からないという顔で、埋められた芋の場所をじっと見ていた。


 コンロのほうでは、湯を沸かす。


 今日村でご馳走したときに分けてもらった根菜の残りを少し刻んで、軽くスープも作っておく。


 メインはあくまで芋だが、汁物もせっかくならほしい。


 しばらくすると、焚き火のあたりから、ほくほくと甘い匂いが立ちのぼり始めた。


「そろそろかな」


 枝で灰をよけ、芋を一本掘り出す。


 皮がところどころ黒くなり、指で押すとふにゃりと沈んだ。


 よし、いい感じ。


「まずは一本、試しだ」


 熱々の芋を布でくるみ、半分に割る。


 ぱくっと割れたところから、白い湯気と一緒に、ねっとりした黄色い中身が顔を出した。


「おー……」


 前世でも何度も見た光景なのに、この世界で見ると、なんだか違うものに見える。


 甘い匂いが、森の冷たい空気を押し返していく。


「ここに――」


 醤油の瓶を手に取り、割った芋の切り口に、少しだけたらした。


 芋の熱で、しょうゆがじゅわっと染み込み、表面が薄く色づいていく。


 ただかけるだけじゃつまらないので、さらに一手間。


 小さな鉄板――コンロを買ったときにおまけで付いてきた薄い鉄板を火にかける。


 そこに、今たらした醤油がしみた芋の切り口を、じかに押し当てた。


 じゅっ。


 短い音とともに、焦げた醤油の香りが立ちのぼる。


 さっきまでの優しい甘い匂いに、香ばしさが一気に混じった。


「これこれ」


 自分でやっておいてなんだが、ちょっとテンションが上がる。


 軽く表面だけ焼き色をつけて、皿に戻した。


「はい、試作一号。焼き芋の焦がし醤油がけ」


 名前だけは大げさだが、やっていることはシンプルだ。


「シロ、熱いから気をつけろよ」


 芋の端っこをとって、小さな一かけをシロの椀に入れる。


 ふうふうと息を吹きかけて冷ましたのを確認してから、「よし」と声をかけた。


「きゅっ!」


 シロは勢いよく飛びつき、一口でぱくりといった。


 もぐもぐ、と何度か噛んだあと、目をまんまるにして俺を見る。


 尻尾が、これでもかという勢いで振れている。


「そんなに?」


 自分の分も一口、芋をほおばる。


 まず、ほくほくした芋の甘みが舌にひろがる。


 そのすぐあとに、焦がした醤油の香りが鼻に抜ける。


 ほろ苦さとしょっぱさと香ばしさが、芋の甘さを一段引き上げてくれている感じだ。


「……うま」


 つい本音が漏れた。


 別に特別なことはしていない。


 焼いて、醤油をかけて、ちょっと焦がしただけ。


 それだけなのに、前世で食べた焼き芋とはまた違う、ごちそうみたいな味になっている。


「醤油、強いなあ」


 思わず、瓶を撫でてしまう。


『さっきから、妙に腹の減る匂いがするなと思ったら……』


 低い声が、森のほうから転がってきた。


「うわっ」


 振り返ると、木々の間から巨大な影が姿を現した。


 金色の目、白い毛並み、大きな牙。


「グラードさん、タイミング良すぎません? 匂い、そんなに届きます?」


『長を誰だと思っている。森の端まで芋の匂いが流れてきたわ』


 グラードはテントの前まで来ると、じっと皿の上の芋を見下ろした。


『それが例の“しょうゆ”か』


「そうです。焦がすと香りがすごいんですよ」


『ふむ……』


 興味ありそうな顔だ。


「ちょっとだけ食べてみます?」


『少しだけだぞ』


 言いながら、前足をそっと出してくるあたり、完全にやる気だ。


 小さめに切った芋をひとかけ、前足に乗せる。


 グラードはそれを器用に口でつまみ、もぐ、と噛んだ。


 ごくん、と飲み込んだあと、眉にあたる部分が、ほんの少しだけ動く。


『……悪くないな』


「“悪くない”は、かなりの褒め言葉ですよね?」


『うるさい』


 そっぽを向きながら、もう一個だけ、とでも言いたげに皿をちらりと見る。


 なので、黙ってもう一かけ置いてやった。


 シロが羨ましそうに眺めている。


「ちゃんと食べたろ」


「きゅぅ……」


 とはいえ、俺もさすがに芋ばかりというわけにはいかない。


 村でもらった銅貨の残りを考えても、ここで栄養もたっぷり取っておきたい。


「そういえば、グラードさん」


『なんだ』


「肉って、手に入ったりします?」


『……腹を空かせた人間が一人――』


「いやそういう怖い冗談はいらないです」


 即座に止める。


 グラードは喉の奥でふん、と笑ったような音を立てた。


『肉が欲しいのか』


「はい。干し肉もそろそろ心もとないんで。がっつり焼いた肉に、醤油垂らして食べたら絶対うまいと思うんですよね」


『……がっつり、とはなんだ』


「でかい塊ってことです」


『ふむ』


 グラードは少し考えるように目を細め、それから森のほうを振り返った。


『ちょうど狩りに出るつもりでいた。ついてこい』


「えっ、今から?」


『肉は新鮮なうちが一番うまいのだろう?』


 もっともなことを言われてしまった。


「シロ、留守番――」


「きゅっ!」


 もう完全に連れてけと言っている。


 グラードを見ると、コクリと頷いた。


「……分かった、一緒に来い。ただし絶対俺から離れるなよ」


「きゅ!」

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