頭痛にサヨナラ
平凡なサラリーマン、日高明彦の毎日は、まるで繰り返しのようだった。朝、起きて出勤し、仕事をし、家に帰って息子の翔太と一緒に過ごす。しかし、その裏にはいつも頭の奥に響く鈍い痛みがあった。特に、妻の美砂子を突然失った後、その痛みは増していった。彼女の笑顔が消えたことが、明彦の心に深い穴を開けたからだ。
翔太が成長し、一人前の料理人として独立する日が来た。彼が婚約を発表した時、正直、明彦はホッとした気持ちが混ざった。長い間、中心にいた翔太が自立することが、彼にとっては肩の荷を下ろす瞬間だった。そうして日々が少しずつ明るくなり、いつの間にか頭痛も和らいでいったのだ。
ある日、テレビで偶然見た俳句番組が、明彦の心に新たな扉を開いた。俳句? そんな格式高いものは自分には無縁だと思っていたが、画面に映る俳人たちの表情や言葉から、不思議な魅力を感じた。次の日、思い切って地元の俳句の会に参加してみることにした。
その会場で、同世代の独身女性、茅野亮子と出会った。長く図書館司書の仕事をしているらしい。彼女は明るい笑顔で、「お題は何かしら? 気楽に詠みましょうよ」と初対面なのにまるで旧友のように声をかけてくれた。彼女との会話は、新鮮で楽しく、頭痛がどこかへ吹き飛んでしまうようだった。俳句を通じて、彼女が自分の思いを自由に表現している姿は、明彦にとって新たなインスピレーションとなった。
二人はすぐに意気投合し、気が付けば週末には俳句を詠むことを楽しみにするようになった。心が安らぐ瞬間が増えるにつれて、あの孤独な頭痛も次第に影を潜めていった。笑い合う時間、共に感じる季節の変化、言葉遊び……。それまでの生活が一変していくのを、明彦は実感した。
そして、ある日の午後、明彦は亮子に思いを打ち明けた。「……亮子さん、君と過ごす時間は楽しくて心が安らぐ。僕の頭痛もどこかへ吹き飛んでしまうようだ。……君のおかげで、もうあの痛みにはサヨナラできるかもしれない」そう言った瞬間、亮子が微笑み、少し照れ臭そうに瞳を輝かせた。「……私もよ、明彦さん。あなたといると、心がホッとするの」
その言葉が明彦の胸に響いた。彼は過去の傷を癒し、新しい未来を見つけることができたのだ。何よりも、俳句を詠むことを通じて、二人の関係は次第に深まっていった。
頭痛は完全に消え去ったわけではない。しかし、明彦は今、心にぽっかり空いた穴を俳句と亮子が埋めてくれることに気付いた。平凡な日常の中にも、愛と楽しみが溢れる可能性がある。心が満たされていくことで、体までも軽くなった気がしたのだ。
そして、明彦は最初の一歩を踏み出した。「頭痛にサヨナラ、そして亮子さん、ようこそ」新たな生活が待っていることを実感しながら、静かな一歩を進めていった。




