「じゃあ、そのポケットの中、何が入ってるの?」
それから放課後まで、こちらが引っ張り出したり切ろうと襲ったりしなければ、パンツは極めて大人しく俺の胸ポケットへ収まり続けていた。どうやらここに居れば気が済むらしい。
俺はずっと……不自然なまでに水野を見なかった。
午後の授業中、何度も水野の視線を感じたし、休み時間も何か話し掛けたそうなオーラを感じたので、もしかしたら勘違いされたかもしれないが別に怒ってるわけではない。ただ……。
ただ何だ、ああ、つまりは恥ずかしんだよ!
この女物のパンツに、水野鈴音の、と言う情報が入っただけで一気に生々しくなる。
これであの白いお尻をいつも包んでいたのかとか、余計な想像をする様になっちゃったんだよ!
これで変わらない態度で居られる程俺は大人じゃない。
「よっしゃ原田、帰るぞ~」
だけど自然を装って、いつもと同じ様に原田に声を掛ける。
ところが返って来た原田の返事はいつもとは違っていた。
「わりぃ英彦、俺今日美化委員会の会議! いつもサボってたんだけどさっきトイレで委員長に捕まっちまってよ~」
あー。そういや俺も図書委員の会議、今朝水野に言われたけど……と、思わず水野を見ると、目が合った。それ今だ! と言わんばかりの勢いで水野が話し掛けて来る。
「図書委員の方は良いよ! 私何か適当に言っておくから! きっ……聞かれないと思うし大丈夫! だから……」
「おう、んじゃまぁ……先に帰るわ」
「うん! また! またね英彦君! あのっ……また……」
「またな」
水野が何か続けたそうなのは分かったが、俺はそのまま教室を出てしまった。後ろから原田が「サボりーサボりー」と俺に罵声を浴びせて来るがそこは完全スルー。
それにしても水野の奴、ノーパンでどうでも良い会議までちゃんと出席するつもりか。真面目過ぎるだろ。
まぁとりあえず、問題は何も解決していないが俺の方は長い一日が終わったと、そう言う事で良いよな。
そう思って家路に着く。あとは誰にも会わずに家までたどり着ければ……。
「徳丸君っ!」
「……」
校門を出て三百メートルも歩いたところだったろうか、そう後ろから声を掛けて来たのは平岡梨紗だった。
「えっ……ごめんなさい……声掛けたの、なんか迷惑……だったかしら?」
思いっきり顔に出たらしい。
「いや、平岡ってこっちの方角だったっけーって思って、ちょっと驚いただけ」
適当にごまかしたが正直迷惑だった。迷惑……、と言うか、俺の胸ポケットに何かが入っている事を知っているのが少々やっかいだ。
「え~、そうよ~? 一年生の時から同じクラスなのに今更ぁ~? 今朝だって途中で一緒になったじゃない!」
「ああ~、ははっ! それもそうだよなー」
とりあえず何か間が持ちそうな話題を……と、考えを巡らせる前に平岡は次の言葉を仕掛けて来た。
「何だか徳丸君、今日はずっと様子が変ね? 何か悩み事?」
大きな悩み事を抱えたのは事実だが今一人きりになれない事も悩みだ。
「今朝見せてくれなかった……その胸ポケットをずっと気にしてるみたいだったし……」
げっ!
何でそんな事観察してるんだこいつ!
あまりにも不自然だったから目が行っただけなのか? そうでなくとも平岡は人から良く気が付くだの気遣いが凄いだの言われている人種だ。気を付けよう……。
「全然? 気にし過ぎだよ。いつも通りだし」
「そう……なの?」
「うん」
「じゃあ、そのポケットの中、何が入ってるの?」
「何でもないって言ってるだろ」
平岡が悲しそうな顔になる。
しまった、あまりにも言い方が邪険だったか……。平岡は一応俺の様子がおかしいと悟ってわざわざ声を掛けてくれたんだろうし。
「……ハンカチだよ、ただの」
「……」
まぁ信じないわな。ただのハンカチなら隠す必要ないもんな。
「間違えて妹のハンカチ持って来ちゃって、変なアニメのキャラが描いてあるから恥ずかしいんだ」
「なんだ、そうだったのね! アニメって何の? あたしこう見えてアニメとか詳しいのよ?」
うううう何だよもうこの話は良いだろう。
「知らない。見た事ないやつ。て言うか平岡ってアニメ好きなんだ? 意外だな! 何見るんだ?」
「あー、あははっ、アニメ見ない人にアニメの話ししてもつまらないから……」
「いやぁ~、平岡が何見るのか、興味あるなぁ~」
本当は全然興味ないけど。何とか話題を逸らさないと……と?!
「きゃぁっ」
隣を歩いていた平岡が突然消えた。と、思ったら、道路に思いっきり片膝を付いている。
一体何がどうなってこんな体勢になったんだ? 何か落ちているワケでもないのに、何もないところで転んだのか?
「突然どうした? 大丈夫か?」
平岡がイタタタと言いながら膝を抱えるので俺もしゃがみ込んで様子を見てやる。
「こ……転んじゃった……いったぁ~……」
やっぱり転んだのか。何もないところで転べるとは、こいつも水野並みに天然なのかも知れない。
平岡が抱える膝を見てみると、確かに少ぉし擦りむいて血が滲んでいる。でも大した事はなさそうなので腕を持って立ち上がらせてやろうとした。
「痛いっ!」
「おっ……悪い、そんなに痛かったか?」
「ええ……だって血が……」
俺からすればかなりどうって事ない、出血と呼べるかどうかも怪しい傷だが、痛みに極端に弱い奴は居るからな。例えば原田なんかもすごく大袈裟だ。
原田なら放っておくところだが相手は女子だ。本人は大袈裟なつもりもないのだろうし、ここは優しく……。
「ごめん、あたし今日ハンカチ忘れちゃって……」
「ええっ?!」
おいおいおい、まさか……。
「どんなハンカチでも絶対に笑ったりしないし、洗って返すから……」
「待てっ!!」
俺は最後まで聞かずに、思わず胸ポケットを抑えて立ち上がった。




