「お前のか? そのパンツ?」
まずい、見られた!
と言う気持ちに遅れて、水野の秘密なら俺も今日見たし! と言う下衆な気持ちがやって来て自分に幻滅する。
俺自身、渡り廊下を歩く水野を見た瞬間は、きっと交通事故現場を見た様な表情になっていただろう。
そんな俺達とは違って、パンツと蓮宮は無表情のまま追いかけっこを続けている。まぁ、パンツに表情も何もないのだが。
するとおもむろに、パンツが今までにないくらいの高さへ舞い上がった。その場に居た全員が顎を上げてその様子を見上げる。
蓮宮がすぐさま膝を沈みこませたかと思うとタンッとジャンプをして空のパンツへ迫る。オカルト同好会の会長で、体育の授業はいつもだるそうにしていた蓮宮葉子がこんなに動けるなんて思いも寄らなかった。
「なっ?!」
そしてまさか上空のパンツが、蓮宮に追い付かれる前にそのまま滑空して水野の懐へ飛び込んで行くだなんて、もっと思いも寄らなかった!
「きゃっ!」
パンツは結構な勢いで、まるでぶつかる様に水野の胸元へ。
水野は驚いて小さな悲鳴を上げたものの、胸元に留まるパンツをしっかりと目で確認した上で、それを大事そうに両腕で抱えた。持っていたプリントは、くしゃくしゃである。
「み……水野? 大丈夫か? あのな……その……そのパンツは別に俺のじゃなくてな、つまり……水野?」
慌てて渡り廊下まで駆け寄って即座に言い訳を始めるが水野はパンツを抱えたまま顔を上げようとはしなかった。
少し落ち着いた蓮宮と、カレーパンをもぐもぐしながら原田もやって来る。
「水野さん、そのパンツは普通のパンツじゃない。とても危険。今私が切り刻むからすぐ離した方が……、あれ? どうして水野さんは触れるの? ヒデ君しか触らせないんじゃなかったの?」
そう言えば……と、俺と原田も顔を見合わせる。
頑なに原田にも蓮宮にも触らせなかったこのパンツが、何故この危機的状況に水野の元へ?
「お前のか? そのパンツ?」
事も無げに問題発言をぶちかまして原田が残りのカレーパンを全部口の中へ放り込んだ。
「アホか! そんなワケないだろう!」
俺は俯いたままの水野を気にしながら原田の言葉を否定してやる。
そんなワケない。そんなワケがあって良いはずがない。
もしそうだとしたら、俺は今日半日中、クラスメイトの女子のパンツをずっと胸ポケットに入れていた事になる。水野鈴音のパンツを、ずっと……。
そんな変態的な事があって良いはずがないんだ。そうだろう? そうだよな?!
「どちらにしてもそのパンツは私が切り刻む。早く離しなさい」
どちらにしてもで済まさないで欲しい! ハッキリと否定して欲しい! 早く何とか言ってくれ水野! そう祈った。
そして、ようやく水野が発した言葉は、俺の望むものではなかったのだ。
「お願い……切り刻むなんて言わないで……私の大事な、大事なパンツなの!」
そう言って水野はタコみたいに真っ赤になった顔を上げた。
「……っっなっ……!」
衝撃の事実に言葉を失ったのは俺一人だけで、原田は、
「ふーん、やっぱり。だから水野も触れるんだぁ」
と、あっと言う間に受け入れ、蓮宮に至っては、
「そんな事は聞いていない。それはこの世にあってはならないもの」
と、パンツを切り刻む姿勢を崩さない。
どうして……、どうしてそう冷静なんだ?
俺だけがパンツの持ち主を知った事にひどく狼狽えている。
それは、今朝見た水野のスカートの中事情を知っているからなのか?
いや馬鹿な!
それとこれとは話が違う! 違うはずだ!
水野が大事にしているパンツが今水野にはかれていないからって、今日水野がノーパンなワケがないじゃないか!
どうかしている。どうかしているけど……何だかとても無関係とは思えない……!
「ないなって……思ったの……ないなって……困ったなって……。そしたらまさか、自分で飛んで行ってたなんて……英彦君が保護してくれてたんだね、ありがとう……」
おかしくないか?
さっきからおかしくないか?
ここに居る全員俺意外おかしくないか?
どうしてパンツが自分で飛んで行った事をすぐに受け入れられるんだ?
そして保護って何だ保護って。せめて回収とか拾得とか……なんで俺がパンツを保護しなくちゃならないんだ。
「別に保護してたわけじゃ……」
「ごめんね! 本当にありがとう!」
水野は顔を真っ赤にしながらくるりと背を向け走り出した。
すると……。
「あっ?!」
水野の手からパンツがするりと逃げ出し、またパタパタと俺のところへ舞い戻っては胸ポケットへ収まったではないか!




