イチゴパンツ
水野はパンツを握っていた手をそっと開き、その手のひらを空へと掲げる。今はただ、水野の手のひらの上にぽそりとイチゴパンツが乗っているだけだ。しかし……。
「お願いよ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で水野がそう言うと、沈黙していたイチゴパンツがピクリと動いた。
「なっ! えっ……!」
蓮宮らしくない。驚いて次の言葉が出てこない程である。
そしてイチゴパンツは生まれたての小鹿の様に少しの間水野の手の上でぷるぷるしていたが、すぐにパタパタと自力でそこから飛び立った!
「私のパンツは、すべてにジンクスがある。それも、ずっと前からそうしているものがほとんど。あとは私の念だけで良いと言う条件なら、私は七枚のパンツを空へ浮かせることだって! 出来る!」
あの天然の水野が、どちらかと言うと大人しくて自己主張なんかしない水野が、力強く出来ると言い放っている。水野の覚悟がパンツが動き出すと言う奇跡を起こしたのかと思うと、俺は柄にもなく言い知れぬ感動に襲われた。それはいち観戦者としてのポジションでこの状況を楽しんでいる原田も同じだった。
「うおおおお! 水野が! 水野がもう一枚空飛ぶパンツを生み出した! すげぇ! すげぇよ!」
この展開に、少しだけ巻き返した先鋒の白いパンツが、また一巻き紐パンドリルに食い込まれてしまった。平岡の念が強まったと言う事だろう。
「はぁ?! 何?! パンツ動かせたら偉いの?! 良いわよもう! このおかしな状況を何とか出来るなら全部まとめてぶっ壊してやる!」
狂ったように叫ぶ平岡にも、水野はちっとも怯まなかった。
「させないもん!」
イチゴパンツが紐パンドリルと白いパンツの上をぐるぐる旋回し始めた。
「大丈夫だよ、英彦君、蓮宮さんを守ってあげて」
水野はそう言うと俺の腕の中からすり抜け、そうして平岡に向かい合う様に立ち上がる。
「おっ……おい水野、いくらもう一枚パンツを動かせたからって、そいつをコントロールする事は出来ないんだろう? 危険だ!」
「そう、危険過ぎる。ここはやはり、何とか隙を見て私がナイフで……」
一度は神聖なる戦いにたじろいでナイフを手放した蓮宮だが、水野の本気にあてられたのか戦う意思を見せてやはり俺の腕からすり抜けた。
「でもそれは、平岡さんだって一緒の筈でしょう? だとしたら、これは想いの勝負だよ。平岡さんが一体何に執着してこうなってしまったのかは分からないけど……私負けないよ! 負ける気がしないの!」
旋回していたイチゴパンツがグンッと大きくなった。
「うわすげぇっ! やべぇっ!」
もう原田の語彙力ではすげぇとやべぇ以外は無理なのだろう。
「腹が立つ……腹が立つわ……! あなたみたいに地味な子が、あたしに負ける気がしないですって?! 徳丸君があたしを断って、ちょっと自分とお昼一緒したくらいで、それで勝ったつもりなんだ? たかが男子一人を振り向かせたところでどうしてあたしに勝てるなんて思うワケ?!」
水野は平岡の挑発を穏やかな表情で聞いている。そしてゆっくりと首を左右に振りこう言った。
「全然……英彦君を振り向かせたなんて思ってないよ……、あの後すぐに、英彦君は付き合ってもいないし仲良しでもないって言ったでしょう? でもそんな事、関係ないの」
また大きくなる、上空のイチゴパンツ。原田はもはや、すげぇもやべぇも言わなかった。ただ口を開けてそれを見つめるだけだ。
「じゃあ何なのよ、何であたしに勝てるって……何を……根拠に……ひっ……! ちょっ! どれだけ大きくなるのよ!」
平岡が怯えるのも仕方がなかった。
そのイチゴパンツは留まるところを知らずにみるみる巨大な三角形を広げ続けているのだ。
「これが……水野さんの想いって事?」
「水野のパンツ……でけぇ……」
ああ、でかい。
イチゴパンツはとうに紐パンドリルも白いパンツも二枚ともすっぽり包み込めるくらいに大きくなっていたが、そこから更に広がって、俺達を太陽から遮ったのだ。俺達全員の影は消え、代わりに校庭には巨大な三角形の影が浮かび上がる。
このイチゴパンツは間違いなく味方だと信じている水野だけが穏やかなままだった。
「根拠なんてないよ、でも自分の事だから分かるんだよ、英彦君が私を見て居なくたって、私の気持ちはずーっと変わらない。変わらないよ」
水野が静かに熱くそう語ると、上空のイチゴパンツの成長が止まった。かと思うと、次の瞬間には音もなく俺達の真上に落ちて来て、優しい風と共に俺達全員を包み込んでしまった。
「ふわ……」
なん……なんだ……これは……。
心まで包み込まれる……。
暖かい、懐かしい、優しい。
毒がすべて抜けて行く様だ。
俺達は今、イチゴパンツに包まれている。
散々喚いていた平岡も急に大人しくなった。おそらく、全員が感じているのだ。この、浄化の力を。




