水野のパンツ
蓮宮の方はと言うとボーダーパンツを握ったままの手で一緒に頭を抱えていた。
「そう……やはりそう言う事なのね……強い念だけじゃパンツを動かす事は出来ない。そのパンツに、並々ならぬ思い入れがなければ……! 私にとってこのパンツは、たまたま今日一番手前にあっただけのパンツに過ぎない」
蓮宮が目に見えて落ち込んでしまった。おいおいどうかパンツが動かなかったからと言って落ち込まないでくれ。どうか。
それにしてもパンツを動かすにはやはりどこか変態的な思い入れがなければ、そしてそれを介するにふさわしいパンツがなければ不可能だと言う事か。
だったら……水野は一体?
白いパンツをジンクスパンツとして五年もの間大事に、しかも毎週はいていたと言うところまでは分かるが、それを動かした強い念は一体なんなんだろう。
「おーい!!」
ふいに男の声がして俺はビクリと振り返り、その姿を確認してすぐに脱力した。
「あははっ! おおーいお前ら何やってんだよ~? 平岡さんも居る~♪ はははっ! おおーいおおーい!」
もう授業は始まっているし、こんなところへ誰が来るのかと思えば原田じゃないか。
「何で原田が来るんだよ?」
「あっ……私が、蓮宮さんにこの場所を教えた時、ホワイトトライアングルの方へメッセージ送ったから……」
ああ……。そういや何故か原田も含めたグループチャットがあったっけな。そしてそんな名前だったな。それにしても胸に白いパンツを抱いてホワイトトライアングル、なんて意味ありげな言葉を使うんじゃないよ。
「水野ーっ! 連絡サンキューなー!」
水野がどんな文面でメッセージを送ったのか分からないが、原田は緊張感のない緩み切った顔で平岡の方へヘラヘラと手を振っている。そしてある程度まで近付くと、平岡の紐パンに気付いたのだろう。そのファーストコンタクトで原田は水野とは対照的な反応を見せる。
「あれれっ?! うっそ! また違う空飛ぶパンツに会えるなんてすげぇ! 俺今日別に早起きしてないのに!」
何の躊躇いもなく、平岡の肩辺りに浮かぶ紐パンに近付き観察する。そんな原田に、八方美人が染みついた平岡は引き攣りながらも笑顔を作っていた。なりふり構ってられない程にヒートアップしていた平岡だが、自分のファンを公言している原田が現れた事によって少し毒気が抜かれた感じだろうか。
「なぁなぁそれ今度は俺にも触れるかなぁ? 英彦ばっかりずりぃからよ! 俺に来い! パンツ!」
いくら事情を知らなくてもあの禍々しいパンツに両手を広げて懐かせようとするなんて。知っていたけどこいつやっぱりオカシイ。
「はっ……原田君、このパンツは……」
「おぶぅっ!」
平岡が言い終わる前に、原田は紐パンの紐部分に思いっきりビンタされた。
「おぶぶぅ!」
往復で。
良かったな、触らせないなら殴って欲しいって言う願いがかなったじゃないか。
相当な勢いで往復ビンタを喰らった原田を至近距離で見てしまった平岡は、目を見開きその威力にたじろいだ顔を見せた。
「なっ……何これ痛い! でもやっぱ興奮するかも! 思ってたより興奮するかもっ!」
「あっ……あたしじゃない! あたしのだけどあたしじゃないからね原田君!」
安定した変態っぷりを晒す原田に被る様に、平岡は断じて自分ではないと弁解する。しかし当然、原田に伝わった情報で重要なのはそっちではない。
「ふえぇぇ?! これ平岡さんのパンツなの?! やばいもっと興奮する!!」
喜びやがった。理解できない。
しかしこれが平岡の自尊心を多少は満足させたのか、そんな原田を見て平岡がクスリと笑うと、間違いなく紐パンの禍々しさが少し弱まった。
「おお……」
なるほど、コントロールは出来ないが念の増幅と、減衰の方も確かに出来るのだろう。以外にも原田が良い仕事をしてくれた。
「平岡さんが居なかったから寂しくて探しに来たら、平岡さんのパンツで殴ってもらえたとか幸せ~」
両頬を腫らせて調子良く喋る原田だが、また一段と紐パンの念が小さくなったと思う。そんな能力のない素人の俺が分かる程に。どうも平岡はこっちが思っている以上に単純だ。
平岡の紐パンが弱体化した今、水野の白パンツの念を増幅させる事が出来ればなんとかこの場を納める事が出来ないだろか。
「なぁ水野、もう一度聞くけど、お前パンツが動き出した原因に何か心当たりはないのか? やっぱりあの時お前が言ったように、原理はフンドシの神様と同じだろ? 大事にされていたパンツに持ち主の強い感情、念が入り込むことによってこんな現象が起きる……。なぁ、そう言う事で良いんだろう蓮宮?」
「……そう……私に足りなかったのはパンツだけ。想いの強さじゃない、決して……」
蓮宮がまた自分のパンツを握りしめながら肯定する。
「私の強い感情……それは……それは……っ! ふうぅ……」
言いながらパンツで顔を覆ってしまう水野。おいおい、それ汚れてるから。
「分かってるんでしょう水野さん。このパンツを成仏させるのも、念を増幅させるのも、どうすれば良いのかあなたには分かってる筈」
「そうなのか水野?」
どこか悔しさをにじませたまま、蓮宮が水野を見ずに言った言葉を俺も確認する。しかし、水野はパンツで覆った顔を少し上げただけで何も言わなかった。そしてその顔はひどく真っ赤だ。
と、水野の顔を覆っていた白いパンツがその顔と指の間からすり抜けてふわりと俺の胸へ飛び込んで来た。
やっぱり俺んとこが良いのか?
「あっ……」
水野が小さく声をあげる。
「すっかり汚れちまったな。俺をあの紐パンから何度も何度も守ってくれたからな」
焼石に水だが、少しでも汚れを払ってやろうと手で優しく叩いてやる。
「あっ……あっ……あぅ……英彦君が……私のパンツを……」
今更だろうにと思ったが、そこまで言われて急に改めて恥ずかしくなった。そう、これは、水野のパンツ……。
パンツに飛ばれた水野は今度は自分の手で顔を覆いつつも、指の隙間からしっかりこちらを見ていた。




