水野のスカートの中
「おっ……おはよう英彦君! 今日は、少しゆっくりだったんだね」
教室に着くと隣の席の水野鈴音がいつもの様にどこかおどおどしながら俺に声を掛けて来た。
いつも早めに来る俺より先に来ていて、たまに教室で二人きりになったりもするが、今日はすでに半分以上の生徒が教室に入っていた。
「ああ、ちょっと朝起きられなかっただけ」
「そっ……そっか!」
さらりと嘘を吐く俺を疑いもせず、水野は少しだけ笑った。
肩まである栗色の髪を右耳にだけ引っ掛け、控えめに笑う水野は正直悪くない。
平岡の様な派手さこそないものの、整った顔立ちにくるくると良く変わる表情。少々たれ目なのもご愛嬌で、人懐こそうなその笑顔にうっかり癒されてしまう。
でも何だか……俺の事ちょっと怖がっているのか、いつも妙にそわそわしているのが気になる。まぁ、良く話しかけて来るし嫌われては居ないんだろうけど……何だか今日は特に、いつも以上に落ち着きがないような気がした。
「あの……じゃぁ昨日……の……は……大丈夫、だったんだよね?」
「あー……」
水野がそう続けたので理由が分かった。つまりこいつ、まだ昨日の事を気にしてるワケか。
「全然大丈夫」
「良かった……!」
昨日……六時限目の前だったか、水野は俺の上に降って来た。逆にどうやったらそんな転び方が出来るんだと聞きたくなる様なアクロバットさで階段から転げ落ちたのだ。
幸い俺が下敷きになった事で水野は無傷。俺も……病院に行くような怪我はしなかったものの、手を付いた時に少々手首を痛めてしばらく動かせなかった。
足の小指とかちょっとぶつけたら超痛くて悶えるけど別に怪我にはなってないみたいな、その程度のやつ。
「大袈裟」
やたらホッとした顔を見せるので何でもないよとあえてぶっきら棒な言い方をした。
昨日の水野と来たら、ほとんど半泣きの半狂乱で……今度からは私が守る! なんて事も口走っていたっけな。何だそりゃと思って笑っちまうとこだったぞ。
「ごめっ……あっ……うっ……ううう……」
昨日の時点で水野には散々謝られたし、もうそれ以上謝るの禁止って言っておいたのを律儀に実践している様だ。
だいたいな、俺は水野が降って来る時にしっかりパンツを見てしまったんだぞ。水色に白のドットだった。望んだワケではないがまぁそれで良しとしようじゃないか。なんて言わないけど。
「もう良いって! 他の話しにしようぜ?」
「うっ……うん! えっと……他の話しね……? えっとね……あっ! 今日! 水曜日だから委員会あるよ?」
ないなら良いぞと言おうとしたところで水野が話題を絞り出した。俺も水野も同じ図書委員なのだ。
「そうだったな……。でも今日はあれだ、ちょっと一刻も早く帰らなきゃならない用事があってだな……」
「そっ……か……あははっ、別にサボっても何も言われないもんね! 別にね!」
その通り、毎週水曜日はどうでも良い会議があるが大半がサボる。
どの本が一番多く借りられているかとか、返却がない本がどれくらいあるだとか、一度だけ会議に出たが俺が居ても居なくてもなんて事ない内容なのだ。
水野は毎回真面目に出ているみたいだが、俺が会議をサボるのは今日に限っての事ではないのでこれは不自然でも何でもない。
「あっ、私今日一限目当てられそうだからちょっと予習しておこうかな!」
何とか絞り出した話題が早々に終わってしまい、居心地が悪くなったのか、水野は独り言みたいにそう言ってわたわたと机の中から教科書やらノートやらを取り出す。
すると、その上に乗っていたであろうキャラ物のポーチ型ペンケースが勢い余って床に落ちてしまった。
更に、ファスナーが全開のまま無造作に入れられていた様で、中のカラフルなペンや消しゴム、定規に修正テープ、小型のカッター等々……盛大に床にぶちまける結果となった。
「わっ! うわわぁ~!」
「あーあ、またやった」
そう言って俺も拾うのを手伝ってやる。
一見しっかりしていそうに見える水野だが、こう言う事が多々ある。昨日の件でも分かるが案外天然だ。慣れたもので、俺は椅子に座ったまま手の届く範囲を拾ってやり水野の机にまとめて置いてやった。
「ご……ごめん……」
「しゃーねぇなぁ、中身ちゃんと覚えてるか?」
「そっ……それはちゃんと覚えてるよ! えーっと……あと消しゴム! 消しゴムは……どこ行っちゃったかな……」
水野は立ち上がって自分の椅子をどかすとおもむろに両膝を床につけて四つん這いで探し出した。
「そんなにしなくても……あ、ほら、そっちに落ちてるぞ」
「えっ? どこどこ?」
水野は俺が指さした方に体ごと向き直った。
消しゴムは俺の机の方とは反対側の、窓際ギリギリのところに転がっていたので、無防備に俺の方にお尻を向ける格好になる。
おいおい……。
その体勢でその角度、更にうちの制服のスカート丈だと確実にパンツが見えるぞ……と、思った瞬間にはもう見えて……。
ガタッ!!
「あっ! あった~! ありがと、英彦君! ……どうかした?」
椅子がガタリと大きく鳴った。あまりの衝撃に俺が仰け反ったからだ。
それはもう……そのままぶっ倒れるかと思うくらいの衝撃で、何とか自分の机を引っ掴んで堪えた。
「え……どうかしたかって……聞いたのか……?」
「う……ん」
どうかしたのかは、こっちの台詞だって話しなんだよ……。
見えなかったんだよ……。
確実に見える体勢だったのに水野のパンツが見えなかったんだよ!
ギリギリで見えなかったとか! 見えそうで見えなかったとか! 謎の発光で遮られたとか! そう言うんじゃなくて見えなかったんだよ!
いや見えた! 本来パンツが見えるであろう範囲はバッチリ見えていた! でもパンツは見えなかった! つまり……!
「み……水野……お前今日ノーパ……」
「えっ?」
そこまで言って慌てて言葉を飲み込んだ。
不可抗力とは言えとんでもないものを見てしまったのだ。まさかその……付き合ってもいないクラスメイトのパンツの中身を見たなどとバカ正直に言えば、いかなる状況であったとしても悪者は俺だ。そう言うものだ。




