立ち向かうパンツ
校舎の方から昼休みの終了を知らせる鐘の音が聞こえて来た。
たったそれだけの事が、この非日常に更に拍車を掛けた様な気がする。そう普通なら、教室で黙って大人しく、退屈な授業を受けるべき時間なのだから。
と、そんな事はお構いなしに、蓮宮が軽やかに走り出してピンクの紐パンに斬りかかる。紐パンの方も蓮宮を迎え撃つ覚悟は出来ていたかの様だ。
「ふんっ!」
蓮宮が付き出したナイフは鋭く紐パンに迫り、その攻撃が当たったかに見えた。しかし実際は柳の様に風に舞う紐パンにかわされていたのだった。まさに暖簾に腕押し状態。蓮宮がいくらナイフを突き出そうとも結果は同じ事の繰り返しだ。
「気を付けろ蓮宮! そいつはかなり凶暴だぞ!」
「そんな事分かってる」
たまらず声を掛けるが何の手立てもない。蓮宮のナイフが効かない……と言うか触れる事も出来ないのではジリ貧じゃないか。
「おい紐パン! お前の狙いは俺だろう! 来い!」
俺が引き付けるから隙を見て蓮宮が切り裂け。そう目で合図した。
「ヒデ君ダメ! この紐パン動きが速過ぎて手加減出来そうにない。そんな危ない事をしたら本当にヒデ君まで斬ってしま……うっっ!!」
「蓮宮さんっ!!」
俺に気を取られたのは、あろう事か蓮宮の方だった。
一瞬の隙を突いて紐パンの紐の部分がナイフを持つ方の蓮宮の手首に巻き付いたのだ。
「なっ……! こいつ!」
払い除けようと腕を振り回すが紐はガッチリ蓮宮にしがみ付いて離れない。
このままでは当然ナイフは使えない。蓮宮がナイフを握り変えようと、反対の手に投げた時だった。ナイフを持つ右手から、反対の左手までの距離はほんの三十センチと言ったところだろう。それもちんたら放り投げたのではない。素早く手首のスナップで投げ、そのナイフはパシンと左手に収まる筈だった。だが……、結果、ナイフは空中で紐パンの紐に弾かれ、大きく弧を描きながら地面に落とされた。
「で……出来る!」
蓮宮が思わずと言った感じで紐パンを認めた。
この紐パン、強い!
「ごめんね……ヒデ君」
「なっ……何言ってるんだ蓮宮」
急に何かを悟った様な顔をして、蓮宮が俺に言った。そしてさっきナイフを弾き返した方の紐パンの紐が、蓮宮の顎を下から上へ大きく跳ね上げる。
「はっ……蓮宮ーっ!!」
「いやああああああ!」
視界の端で水野が顔を覆ったのが分かった。
俺もそうしたいくらいだった。
跳ね上がったのは顎だけじゃない。その衝撃で蓮宮の身体が地面から浮き上がったんだ。こんな見事なアッパーカット、ボクシングの世界戦でも年末の格闘技でも、見た事がない。
右手首に巻き付いていた紐パンは、蓮宮を仕留めたと見るとスルリとそこから離脱した様だった。
ドサッ。
跳ね上がった蓮宮の身体が、お尻から落下して地面に倒れた。すぐさま走り寄り頭を打たない様に支えてやる。
「無茶……しやがって……」
「ヒデ君……ああ、良い匂い……少しだけ……このまま……」
蓮宮が力なく俺の首に手を回す。
その様子を見て平岡は同情するどころかこう言い放ちやがった。
「ほぅら、痛い目にあったでしょ」
「おっ……お前なぁ!」
いくら平岡がコントロールしているワケじゃないとしてもそんな言い方があるか!
蓮宮を支えたまま平岡に振り返るや、俺目掛けて飛んでくるピンクの紐パン。
ああ、あくまでこいつの狙いは、俺なんだ。
「ダメっ!」
そしてまた、水野と一緒に躍り出る白いパンツ。
それを見て傷付いている蓮宮にこれだけは問たださねばならないと思った。
「なぁ蓮宮、見ろよ……」
今、図らずも抱き合う様な形で地面に這い蹲っている俺達の周りで、ピンクの紐パンと白いパンツが激しく戦っている……。
執拗に俺を狙って突進してくる紐パンに対して、白いパンツはその身を挺して何度も何度も庇ってくれているのだ。
その衝撃は蓮宮を一発KOした実績がある。
痛いだろう。痛いよな?
それでも白いパンツは何度も何度もその攻撃を喰らうのだ。何度も何度も……。
「……」
「あのパンツが一緒のはずねぇ。あの純白のパンツが、男に媚びた様なピンクの紐パンと同じわけがねぇ!」
白いパンツが砂埃に塗れて汚れれば汚れる程、俺はそれに神々しさを感じる。
「なぁ、蓮宮も分かってるんだろ? あれの動力……念か? それは違うものだよなぁ? 呪いとか、そんなものじゃないよなぁ?」
「……」
「蓮宮!」
俺の首にしがみ付いたままの蓮宮の両肩を掴んで引っぺがし、強く迫った。
「ヒデ君の言う通り……水野さんのパンツは、ヒデ君を呪い殺すために動いているんじゃない」
「じゃあどうしてだ! 分かってるなら教えろよ!」
分かったからと言って状況が変わるとは限らないが、とにかく一心不乱に俺を守ろうとする白いパンツが一体何なのか知りたかった。
「それを私の口から言わせるのは、残酷」
蓮宮が何だか悲しそうに俺から視線を逸らす。そしてその視線の先に、白いパンツが叩き付けられたのが見えた。
「ああっ!」
背後から悲しそうな水野の声……と、物凄いプレッシャーを感じる。それでも尚白いパンツは、プルプルと小刻みに震えながら立ち向かおうとしていた。




