承認欲求
クッソ!
何だこの状況は!
どこに逃げれば良い? 校舎の方へ戻ったらたくさんの生徒を巻き込んでしまうし……て、いや、そんな事は正直どうでも良い!
巻き込む巻き込まないよりもまず二枚のパンツに追い掛けられている俺を見られたくない! 死んでも見られたくない!
結果、旧体育館前の校庭を闇雲に走り回る。俺の足に付いて来られなくなった平岡を追い越して、二枚のパンツが俺を猛追する。
「はぁっ……はぁっ……はあうっ!」
足は速い方、それは間違いない。しかし、中学時代から帰宅部の俺には圧倒的にスタミナがなかった。慣れない全力疾走に足がもつれて前のめりに転ぶ。
シュドッ!!
紐パンが俺を目掛けてその身を上空から落とす。
「うわあぁっ!」
頭を抱えながら情けなく地面を転がり回ってかわすが、紐パンの方は疲れを知らない様で、何度も浮き上がってはシュドンと落ちてくる。たかがナイロンの女性用下着の重量ではない。平岡が秘密の特訓の為に重石入りのパンツを履いていなければの話だが。
このままじゃかわしきれなくなる、そう思った時だった。弱気ってのは一番の隙になるのだろうな。
もう立ち上がれない。走れない。地面に這いつくばったままの俺の頭上で紐パンが急降下、覚悟を決めた。きつく目を閉じて衝撃に備える。
「……っっっ!!」
「英彦君! 危ない!」
聞こえて来たのは、水野の声だった。
なんで水野が? てか、危ないなんて、そんなのとっくに分かってるっつーの。
しかし、予想していた衝撃は訪れなかった。そんなにも即死だったのか?
恐る恐る、片目ずつゆっくりと状況を確認する為に目を開くとそこには、紐パンの攻撃を一身に受ける、白い水野のパンツがあった……。
全身、と言って表現があっているかは微妙だが、その布の面積を思いっきり広げて、俺の頭上に落ちて来た紐パンに立ちはだり、弾丸の様なその攻撃を受け止めてくれたのだと思う。
その三角形の身体の中心を突き破らんとばかりに、水野のパンツの中で紐パンがなおもギチギチとこちらへ迫ろうとしているのが分かった。
「お……お前……やっぱり俺を庇って……? あの時も、お前が助けてくれたのか?」
パンツは答えない。だが身体が破れそうな程に紐パンの重圧を受けているのにそこをどこうとはしない。それが答えなんじゃないだろうか。
ああ、やめろ、破けちまう!
「英彦君! 大丈夫?!」
水野だ。砂埃を立てながら、必死にこちらへ走って来る。タイミングと言いセリフと言い、何だかあの白いパンツと連動している様だった。
それにしてもどうして……? どうしてこんな旧体育館前の校庭になんか現れるんだ? 午後の授業はとっくに始まっている筈だ。
「英彦君……これは一体どう言う……」
走り寄った水野は、俺を襲った紐パンを見ながら言った。恐らく少し離れたところからでもパンツだと言う事は分かっていたのだろう。
「良く分からないが平岡のパンツが飛んでいる。動くパンツと言う点ではお前のパンツと一緒だが……見た通り分かりやすく俺を襲って来る。それより何で水野はこんなところへ来たんだ?!」
「私は……授業始まっても英彦君が居ないから……。お昼も別々だったし、蓮宮さんも来なかったし、胸騒ぎがして……」
「だっ……だからってどうしてここが分かったんだ……まぁ良い! とにかくここは危険だぞ!」
口早にお互いの状況を確認していると、紐パンがこのまま強引に突進するのを諦めたのか、それとも水野のパンツがはじき返したのか、良く分からないが紐パンはまた上空へ勢い良く飛び上がった。
また来る……!
そう思って咄嗟に水野を俺の背中へと隠したが、紐パンは俺の後方を追い駆けて来ていた平岡の方へと飛び、その頭上で旋回し始めた。
「平岡! 気を付けろよ?!」
今や平岡もまた、空飛ぶパンツに振り回される同士だ。そう思って言った言葉だったがやはり持ち主に危害を加える気は無いみたいで……。
「……やっぱり付き合ってんじゃん……」
「えっ?」
思わず聞き返す。違和感。
誰の声? この低い、絞り出すような声は一体誰の声なんだ。
水野も同じ事を感じた様だ。顔を見合わせる。
平岡の声はもっと可愛い。ころころと朗らかで、キンキンうるさいってわけでもない、女の子らしい声だったはず。
「硬派なんだと思ってた……女に興味がないんだと……。実際はムッツリのくせに、どうしてあたしじゃないの? 許せないよ……。許せない……」
そこに居るのは俺の知っている、みんなのアイドルの平岡梨紗ではなかった。醜く顔を歪ませ、ドスの利いた低い声で、許せない許せないとまるで呪文の様に繰り返す。
「このあたしがポケットの中身を見たいと言ったらすぐに見せなさいよ。もちろん蔑んだ目で見るけど、そう言うのご褒美でしょ? あたしが転んだ時に、どうしてそのパンツをあてがわなかったの? 小さく悲鳴を上げて怯えてみせてあげても良かったのに。しかもわざわざ、軽く血が出る程度にコントロールして転んであげたって言うのに……。誰にでも優しく接するあたしがあからさまに目を逸らせたら、普通なら落ち込んでお昼も食べられないんじゃないかしら? それなのに何? 他の子と食べる? 水野さんと? あたしが誘ってあげたのに? 付き合ってるからじゃん! ねぇ気付いてたよね? 今日あたしの胸が腕に当たってた事。このムッツリの変態! それなのに……」
平岡の口から延々と紡がれるのは、俺に対する恨みつらみだった。
そうか、最近俺に執着していたのは、俺が思い通りにならなかったから気に入らなかったんだ。ただ、それだけ。
病的に強い承認欲求を満たす為にアイドルの仮面を被り続ける……俺から言わせればそんな奴こそ……変態だ。
「違うよ平岡さん! 私達……本当に付き合ってないんだよ……。ただ、英彦君が優しいから、それで、色々巻き込んじゃって……」
「もうそんな事どうだって良い! 許せない! あたしは……あなたをっ!!」
平岡は取り乱したようにそう叫んだ。その叫びと共に平岡の頭上を旋回していた紐パンがさっき以上の猛烈な勢いでこっちに突っ込んで来る。
すると、俺の背中にいた水野が前へ飛び出した。
「やめてーっ!」




