「この水野のパンツは、不思議な事に空を飛ぶ!」
「うおあっ!」
間一髪で蓮宮のナイフをかわす。やばい、正気じゃない。
「おい待ってくれ落ち着け学校でそんな物を振り回すんじゃ……うわああっ!」
ヒュッヒュッ!
一体いつどこで習得したのか、蓮宮のナイフ捌きはなかなか堂に入っている。このまま狭い所に居たら本気で俺の手ごと切り刻まれるだろう。かと言って屋上へ戻っても結局逃げ場はない。
俺は胸ポケットを抑えていた手を離し、その手で蓮宮の突きをいなして身体を入れ替えた。そしてそのままダッシュで階段を駆け下りる。
「待ってヒデ君、逃がさない!」
すぐに蓮宮が追い掛けてくるが足は遅くない方だ。両手を振って全力で走る。あっ! と胸ポケットを見ると、ぱっくり真横に開いたその切れ目に、しがみ付く様にしてパンツがひらめいていた。
「良し、間違えても自分で飛ぶんじゃないぞ! 蓮宮に狙い撃ちされるからな!」
こんな言葉をパンツに掛けるとは……やはり心が侵食されている説の方が正しいのかと萎えそうになるが、こいつが悪だと言うのならその証拠を見るまではやっぱり切らせてやれない。そう決心してまた胸ポケットを抑えてやる。
なるべく視界から消える様、曲がり角を曲がったり階段を登ったり下りたり、複雑になる様に校内を駆けずり回る。時々後ろを振り返るが無言のまま追い掛け続ける蓮宮も疲れて来ているのが分かった。
そして、途中生活指導の先生も振り切ったのだが、その後蓮宮は追い掛けて来なくなった。もしかしたら捕まったのかも知れない。なんせナイフを持っているんだ、先生も必死だろう。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……いっててて」
食った直後に全力で走ったりしたもんで脇腹がいてぇ。
俺は校舎から離れた、旧体育館の後ろへ身を隠す事にした。校舎が新しく建て替えられた時に旧校舎は取り壊されたが、旧体育館だけは補強工事をし、放課後の部活動に使われている。そこに面する校庭も同様だ。体育の授業などは今の校舎近くに建てられた体育館と校庭でやるので、放課後までここに誰かが来る様な事はない。
「徳丸……君?」
はずだった……。
「ひ……平岡」
何でこんなところに居るんだ。俺より先に屋上から飛び出して行って、そして何で……。
後からどっかのグループに入れてもらうのがそんなに嫌だったのか?
一人で居るところを誰かに憐れまれるのが嫌だったのか?
どっちにしろ、これはたぶん俺のせいなんだろうな。だからまた罵られるか、プイッてされるかどっちかだろう、そう思った。しかし平岡はパッと顔を輝かせてこう言った。
「あたしの事探しに来てくれたんだね! あたしが怒って走って行っちゃったから、気にして追い掛けて来てくれたんでしょう? ふふっ! ありが……」
何だか盛大に勘違いして喜んでいる様だがこれ幸い。ここはその通りだと言う事にしておこう。
「ああ、ずいぶん探したよ、はは」
「それ……、何?」
「え?」
平岡の笑顔が凍り付いて、その視線は俺の胸ポケットへ注がれていた。俺が不自然に胸ポケットを抑えているから気になるのか。それにしてもそんな怪訝な……軽蔑した様な顔をしなくても……と、自分で自分の胸ポケットを見て唖然とした。
胸ポケットを抑えている筈だった俺の手は、キリキリと痛んだ脇腹を無意識に抑えていて、その胸ポケットの切れ目にしがみ付いていたパンツは、その姿をすっかり晒しているではないか。
サーッと血の気が引く音が、ハッキリ聞こえる様だった。
「こ……れは……その……」
「大事なハンカチじゃなかったの?」
不自然な笑顔で戸惑い気味にそう言う平岡に対して何にも言い訳が思い付かない。言葉が出てこない。もう、おしまいだ。
こうなったら平岡にも事情を説明して分かってもらうしか……。
「聞いてくれ平岡! これは俺のパンツじゃない! 水野のパンツなんだ!」
「……」
完全に順番間違えた。そもそもこの情報必要? また変な誤解されるかも。
「ああいやでも! 別に水野と付き合ってるワケじゃないってのは本当だ!」
「……」
待ってくれ順番がめちゃくちゃだ。いやどの順番で言うのが正解か分からないが絶対にこうではない!
「この水野のパンツは、不思議な事に空を飛ぶ!」
「…………」
平岡には、今は飛んでない……つまりただのパンツを指してとんでもない事を力説している変態に見える事だろう。でも気付いてくれ、ここにこうして不自然にくっ付いている事自体おかしい筈だ。
「それで勝手に俺のところへ飛んで来たんだ!」
「……パンツが……勝手に……飛んで来た……」
どうにか理解してくれようとしているのか、俺の言葉を繰り返す平岡。自分で言っておきながらだが……何それ。信じる?
「そうだ……。信じてくれ……」
「そんな事……あるワケ……」
傷付いた顔で、小さく首を振ってはそう呟く。
自分の誘いを無下にして、胸ポケットの中身を偽って、更にそれに対してとんでもない嘘でごまかそうとしている、完全にそう解釈した平岡はとうとう声を荒げた。
「あるワケないでしょ! いくらなんでも人をバカにしてるわよ! 徳丸君っ……あなたって人は……!」
ああ、すべて誤解だ。それなのに今から俺は人格否定されまくるんだろう。だがパンツがこのまま動かなければそれも仕方がない。そう腹を括った。
と、瞬間、平岡のスカートが不自然にめくれ上がる。風もないのに。
「?!」
平岡はだいぶヒートアップして来ていたが、これに反応出来ないほど冷静さをなくしては居なかった様だ。その不自然さに気付き慌ててスカートを抑え付ける。
しかしスカートは平岡の手をすり抜ける様にして四方にひらめくではないか。
「とっ……突然……何よこれ……!」
「なっ……何って……!」
「やっ……やめて!」
スカートを抑えながら俺に訴える平岡。
「いやいやいや……! 俺じゃないだろ!」
「あっ……えっ……なんっ……あああっ!」
スカートの中か? 一体スカートの中で何が起こっていると言うんだ。
平岡はスカートを抑えたまま、下半身をモゾモゾともどかしそうに動かし戸惑いの声をあげ続ける。スカートを抑えてると言うよりは、もう自分の股間を抑えているような形だ。
「ダメ……ダメぇ!」




