追い掛ける三角
「はははっ! 何ビビってるんだよ英彦ぉ~。相手はただのパンツだぞ?」
「それが飛んでるのがこえぇんだよ!」
「何で飛んじゃってるんだろう~、はははっ!」
「くっ……!」
もうこんな奴知るか!
俺は原田に構わず走り出した。こんな怪奇現象に巻き込まれてたまるか!
「わぁっ! 英彦! 英彦見ろよ! 後ろ!」
走ろうとしない原田が後ろから大声で俺を呼ぶ。
やめてくれ。
ただでさえ人に見られたくない状況だと言うのにそんな大声で名前を……。
「?!」
原田の忠告に従って後ろを見たわけではない。大声で俺を呼ぶなと言おうと振り返ったんだ。
そしたら……パンツが原田をスルーして俺のみをパタパタ追い掛けてくる……!
「そのパンツ、よっぽどお前が大好きなんだな~」
原田が暢気かつ大声でそう言う。聞き間違いで俺がパンツ大好きみたいに誤解されたらどうするんだ。
「ちくしょうっ! 何なんだホントに……あっち行けよ!」
俺は苛立って羽虫を払い除けるように腕を振った。
しかしパンツはヒラリヒラリと優雅に俺の腕をかわしながらどんどん距離を詰めて来るではないか!
そしてとうとう……。
「んなっ?!」
パンツは、俺の制服のブレザーの胸ポケットに自らの身体をねじり込ませた。そして気のせいでなければ一度小さく膨らんでまた元に戻った。
まるでやれやれと溜息を吐く様に……あるいは、ようやく安心して眠れる巣に帰って来た安堵の溜息の様に。
「……な……何ここで落ち着いてんだよ!」
俺は自分の胸ポケットに手を突っ込んで引きずり出そうとしたが……クソッ! 何って力だこりゃあ!
「おいやめろって。せっかく捕まえたのにまた飛んでったらどうすんだよ?」
「捕まえてねぇよ! 勝手に入って来たんだろう気色悪い!」
「そんな事言ったら可哀想じゃないか」
「はぁ?! お前も大概気色悪いな!」
そろそろこいつと今まで通り付き合っていけるか心配になって来た。
「俺にはお前が何でそんな冷めてるかの方が分からない。女のパンツだぞ? パンツってのは神秘だろうが。世界その物だろうが。つまりパンツがメシアなんだ! 俺たち男にとっては手に入れる事が難しい貴重な物だろうが! 俺お前と今まで通りに付き合っていけるか心配になって来たぞ!」
こっちのセリフだっ!
「にゅっ……入手が困難なのはそうかも知れないけどだからって欲しくはないだろう。しかも誰の物か分からないんだぞ?」
「関係ないね! 何故ならパンツそのものが生きる希望だからだ! 明日への活力であり過去の栄光だからだ!」
明日の希望と過去の栄光がなんで一緒になるんだ。こいつもう興奮し過ぎてワケ分かんなくなってるだろう。
「そりゃあここに『平岡さんの』って言う付加価値が付いたら無敵だけど、そんな贅沢な事は言ってられないからな」
「もう俺は誰のでも関係なく嫌なんだよ! これは女にはかれてなんぼなもんだろうが! 自分のポケットに入れとくもんじゃ……!」
自分の胸ポケットと格闘しながら原田と口論をする俺。俺自身かなり気色悪い事になってるのは分かってる。
「おはよう! 徳丸君っ! 原田君っ! 朝から賑やかね?」
「……っ! おは……よう」
「あー! 平岡さーん! おはよーっ! 早起きしたら平岡さんにも会えた~! やっぱ三文得したかも知れねぇ~!」
後ろから突然そう声を掛けて来たのは平岡梨紗。
いやまぁ、こっちがパンツに夢中になっていて気付かなかっただけで全然突然ではないのだろうが、あ、いや待てパンツに夢中ってのは少し語弊があるな。と言うかそんな事はどうでも良い!
モタモタしてたから早くもクラスの女子に見つかっちまったじゃないか!
女物のパンツを胸ポケットに忍ばせた状態で女子に遭遇する。万が一を考えれば当然喜べる状況ではない。
しかし原田は平岡梨紗に会えた事を得だと言いやがる!
さっきパンツの価値を上げる女として出て来た平岡さんってのがこいつだ。
原田はかなりこの平岡梨紗の事が好きらしく、それを隠そうともしない。
女の好みと言うものは美醜だけで決まるものではないが、まぁ平岡はかなり美人の部類に入るだろうとは思う。
学校内でもそれは周知の事実で、上級生からも下級生からも人気があり、各学年にファンクラブまであるとか……。かつ、明るく元気で誰に対してもわけ隔てない。
男女ともに彼女の事を悪く思う奴はそう居まいと思われ、原田が浮かれるのも分からなくはないが……俺にとってこの状況は得でも何でもない。
「あははっ、何それ? 他にも何か得な事あったの?」
「いや結局得したのは英彦なんだけどさ~、今英彦のポケットに中に……モガッ!」
「えっ? なぁに? 徳丸君のポケットがどうかしたの?」
あっぶねぇ! こいつ一体何言いだす気だよ!
空飛ぶパンツが今俺の胸ポケットに収まっているのだと平気で喋ろうとしたに違いない! そう悟った俺は原田の口元を力任せに塞いだ。そしてそのまま強引に顔を寄せ耳打ちする。
「今日購買でカレーパン奢ってやるから余計な事は言うな」
原田は少し不思議そうな顔をしたものの、あっさりカレーパンで釣れた。しかし平岡は俺の肩にもたれ掛かるようにすり寄り、
「え? 何? 何か素敵な物でも入ってるの?」
と、上目遣いでしつこく俺に聞いて来る。
「あははっ、あーいや、その、何でもない何でもない遅刻するし早く行こうぜ!」
「あっ! ちょっと徳丸くーん?」
俺は平岡を振り切り、胸ポケットを抑えたまま歩くスピードを不自然に早めた。
「全然間に合うよ平岡さん♪ 俺達はゆっくり行こ?」
「う……うん」
よし! 原田が役に立ったな!
俺はこのまま、誰も話し掛けるんじゃねぇオーラを纏いながら教室まで急ぐことに決めた。教室に付いたところで安全と言うわけでもないだろうし、当然教室にも女子は居るわけだが、平岡に上目遣い&猫なで声で迫られる事はない。




