俺は今日も水野のパンツを手洗いする
「……?」
水野の様子が明らかにおかしいので一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、どうやらさっきの会話が続いているらしい。
根本的に俺が知りたいのはどうやったら俺からパンツが離れてくれるのか……なのだが、まさかパンツが飛ぶ程の想いに心当たりがあるのか?
もしそうなら俺が本当に知りたい答えに繋がるヒントがあるかも知れない。
「知りたいよ」
その言葉を待っていたのか、水野は意を決した様にくいと顔を上げた。俺は思わずその表情にドキリとする。
何でだろう……。水野の纏っている空気が変わったんだ。
それはピリリと張り詰めているけど、優しい。自他共にマイペース人間のこの俺が、水野の空気に巻き込まれるのを良しとした。
水野はなかなかその先を言わなかったが、続きを促す気にはなれない。ただ自然と、身体は水野に向き合う形になっていた。
「あっ……あの……ね……フゥー、フゥー……」
心拍数が異常な程上がっているのが見てとれる。あと鼻息荒い。続きを促す気にはなれないが少し落ち着けとは言ってあげたいかも。いや違うな、頑張れ……って言いたいのかも。
「わたっ……私ね……!」
「おう……」
俺は一体何を言われるんだ。水野に付き合って俺まで心拍数上げる事ないのに、こっちまで鼻息が荒くなっちまいそうだ。
「私はね!」
「おう!」
「グッドスメル」
水野の瞳がひと際輝いて、ああいよいよだと期待に膨らんだ胸は、鋭利な何かで刺されたみたいにプシュと音を立てた。
「はわぁっ! 蓮宮さん! いつの間に英彦君の後ろへ?!」
「おっ……お前! 占いの範疇超えた力持ってるだろ!!」
「間に合った」
そう言って蓮宮が水野に投げる視線は突き刺さるように鋭くて冷ややかだった。何故そんな目で見られるのか、水野はまるで心当たりがあるかの様に、居心地の悪そうな表情を見せる。
「何がだよ……、何か緊急か?」
早く帰れと追い出しておいて、蓮宮はわざわざ俺達を追い掛けて来たわけだ。よほど緊急の事か……まぁそれでもスマホのメッセージで済む気もするが。
「緊急……そうね、とても悪い予感がしたので駆け付けたのだけど……、ああ、これを言い忘れていたわ」
まるで取って付けたように聞こえるのは、いつも感情が読みにくい蓮宮だからなのだろうか。
「その、呪いのパンツ……」
俺の胸ポケットを指し、呪いを強調する様な言い方に、ついさっきまで目を輝かせていた水野は悲しそうに、少しだけ下唇を噛んだ。
「白昼堂々こうも超自然的な力を放てるのはよっぽどの事。あんまり分かっていないみたいだから言っておくけど、呪いと言うのは災厄や不幸を呼ぶもの。それをどうにかしようとして逆に命を落とすケースなんかも山ほどある」
「怖い事言うなよ……」
「脅しではなく真実。それぞれにあった対処法を試さなければならない。なので私はヒデ君の為に、精一杯持てる力を発揮するから」
「ああ……」
で……、結局何? と俺は思ったが、水野は突然の蓮宮の自分アピールに深々と頭を下げて言った。
「ありがとう……蓮宮さん……」
「あなたのパンツの為じゃない。ヒデ君の為だってついさっき言った。とにかく、帰り道も気を付けて……。じゃ」
そう言って去って行く蓮宮の後姿を見送りながら、俺は独り言のように呟いた。
「あいつ……結局本当に何しに来たんだよ……」
何となくだけど、もう水野はさっきの続きを話すつもりはないと分かっていた。あの空気はそうそう生まれるものではない気がする。そして俺はそれが残念だと感じていた。
「やっぱり英彦君も、あのパンツは呪いのパンツだと思う?」
ほら、この話しになった。
あのパンツが呪いのパンツか否か……か。
正直それは分からない。
ただ、あのパンツに俺の平和な日常が壊されたって言うのも間違いなく事実。ついでに言うと頭にたんこぶも出来たし。それは半分自分と沙月のせいではあるが。
「分からないけど、俺がいつまでも水野のパンツ持ってて良い筈もないだろ?」
「うん……そうだよね」
それからすっかり水野は口数が減り、別れ道でまるで逃げる様に去って行ってしまった。
「じゃ、私こっちだから! ごめんね英彦君……あの……今日は別に洗ってくれなくても良いから! さよなら!」
俺だって洗いたくて洗ったワケじゃない。
お前のパンツが暴れ回ってとんでもなく大変だったんだと言ってやりたかったが何だかそれもそれで悲しくなるのでやめた。そうだ、俺は今日も水野のパンツを手洗いするのだ。
まぁ沙月と母さんがパンツに好意的なので昨日程の騒ぎにはならないだろうが、あと何回水野のパンツを手洗いすれば俺は解放されるのだろう。




