フンドシの神様
「そうよ、知らなかったの?」
何故か水野が興奮して蓮宮のお爺さんの名前に反応している。ハスミヤモリオ? 聞いた事ないんだが……誰だ?
「すごい! 珍しい苗字だからまさかとは思ったけど、あの世界的に有名な霊能力者の蓮宮守男?! 占い、口寄せ、除霊などなどあらゆる事に精通し、各界の権力者がこぞってその能力を求めたと言うあの! 一昨年惜しくも亡くなられた際には某国の大統領もお忍びで葬儀に参列したとされるあのぉ!」
ほう、水野の説明でだいたい分かった。各界の権力者だの大統領だのは眉唾だが知る人ぞ知る有名人てところか。
「お爺ちゃんが居ればもっと簡単だったと思うけど……まぁお爺ちゃんが残してくれた膨大な資料があれば何とかなるかも知れない」
「わわっ……わ……すごい……あの蓮宮守男の蔵だって英彦君! すごいね! 本当に私達行っても良いのかなぁ!」
興奮して同じ気持ちを求められているのは分かるが、全然ぴんと来ない。原田もそんな顔をしている。
そうして、俺達は放課後、そのまま皆で蓮宮のお爺ちゃんの蔵とやらに行く事になった。皆ってのは俺と水野と蓮宮と……おまけの原田だ。
「ふわぁぁ~……すごぉい……ここがあの蓮宮守男の……」
「うーわこれ全部字ばっかの本かよ! 頭おかしくならねぇ?」
全く異なるリアクションで水野も原田も蔵に入った。
蓮宮の言うお爺ちゃんの蔵は、俺のイメージ通りの建物で、たぶん土蔵ってタイプの蔵なんだろう。外壁が白く塗られた土壁で、内部に細かい間取りなどはなかった。もともと保管を目的に作られた建物って事なんだろうな。
そこにどでかい本棚がこれでもかと立ち並んでおり、そこにみっしりと古そうな本が詰まっていた。
しかし、古臭さのわりにカビ臭いとか埃っぽいとかはそれ程なく、誰かが常に綺麗にしているんだろうなと分かる。
それにしても何から手を付けて良いやら……正解の本を見つけてもそれと分かるかどうかも怪しいぞ。
「なーマジで漫画って一冊もないの?」
原田に至っては初めからやる気なしだ。何しに来たんだか……。
まぁ役に立たない点で言えば俺も原田と同じだろうけどな。そうも言ってられないので適当に一冊手に取ってみる。
「ヒデ君、そっちの棚からこっちの棚はすべて私が把握しているから大丈夫。見るならあっちからやって欲しい」
……すごいな蓮宮。
蓮宮が示した「そっちからこっち」はかなりの範囲であった。この蔵の三分の二くらいは占めている。
お爺ちゃんは有名な霊能力者、蓮宮本人はこの蔵の本を半分以上把握、意外とこの方法は現実味がある話しなのかも知れない。
少しやる気を出してみる。
「えーっと……じゃあこれから……」
ふぅん、この土地に現れた神様についてか。フンドシの神様? 昔話みたいなものか?
どれどれ……。
昔々、それはそれはとても仲の良い若い夫婦が住んでいました。
子供には恵まれなかったものの、二人の仲の良さは村中の評判で、誰もが羨む理想のリア充だったのです。
しかし、ある日男は山へ猟に出掛けたきり、帰っては来ませんでした。
酷い雨の降った翌日で、ぬかるんだ地面に足を滑らせて崖下に転落してしまったのでした。
それからと言うもの、夫を失った悲しみで女は毎日毎日泣いて暮らしました。
貧しい生活でしたから、男が女に残してあげたものは何一つありません。そう、はき古したフンドシが一枚、それくらいでした。
女はそのフンドシを大事に大事にしました。毎日綺麗に洗濯して干していたので、村の人からは新しい男でも出来たのかと冷やかされましたが決してやめませんでした。
それから何年の月日がたったでしょう。
女が少しずつ夫のいない日常に慣れ始めた頃、いつもの様に物干し竿に干していたフンドシがヒラヒラと空を飛んでいました。風に舞っているのではなく、自分の意思を持ったように自由に飛んでいるのです。
あの人が帰って来た。
いつも大事にしていたから、あの人がフンドシの姿を借りて戻って来てくれたんだ。女はそう確信しました。
しかし、喜んだのは女だけで、死んだ者の魂を宿すフンドシとして、村人たちはそれを恐れました。
お寺に持って行って成仏してもらおう、何度も村人たちにそう助言を受けましたが、女にそんな気はさらさらありません。
どんな姿であれ、愛する夫が帰って来てくれた事が嬉しくて幸せだったのです。
そしてある日、村を今までにないくらいの大雨が襲いました。
男も、雨の日の翌日に死んでしまったのです。女はそれを思い出して一人、部屋の隅で震えていました。
逃げろ! 堤防が壊れるぞ!
そう言って、大変慌てた様子の村長が女を迎えに来ました。
しかし、逃げたからと言え、万が一堤防が壊れてしまったら、村にどんな被害があるか分かりません。動けないお年寄りもたくさんいるのです。
女はフンドシを握りしめながら願いました。
どうかこの村を守って下さい。
するとフンドシは、その姿を何十倍にも膨らませ、その身を挺して一晩中堤防を支え続けました。
その姿はまるで、フンドシでありながら神様の様だったと言います。
お陰で村は、雨で流される事なく無事朝日を浴びる事が出来たのです。
しかし、そのフンドシが空へと浮かぶ事は二度とありませんでした。




