明晰夢
これ以上聞くなと含ませてぶっきらぼうに答えたが母さんは構わず言いたい事を言うのだった。
「高校生の女の子がはくおパンツにしてはとても可愛らしい。最近は安くてももっと派手でセクシーな物がたくさんあるのにねぇ。それに古そうだけど、大事にしているのが分かるわ。その子の性格が出ているみたいね」
水野のパンツ揉み洗いしてる時に水野の事を思い出すような事言うなって……。
「はぁ、関係ないだろうパンツと性格なんて」
話しを切りたかったのだがどうもこれは逆効果の言葉だったらしい。
「あらあらまぁまぁお兄ちゃん分かってないのねぇ。女の子にとっておパンツはただお尻を隠す為だけの物じゃないのよ? どんなおパンツを選ぶかによって何となく分かるわ……。言ってみればそれは女の子にとって宝石みたいなもの、どんな宝石を身に付けるかによって気分が全然違うでしょう?」
「宝石なら人に見せるからな。どんな目で見られるかで気分が変わるってのも分かるけど、パンツは人に見せるもんじゃないじゃないか」
もっともな事を俺は言った筈だ。
しかし終始パンツに付き纏い、それを揉み洗いする俺の手元をずっと凝視していた沙月までも話しに加わった。
「うわぁ~! おにぃ本当に分かってないねぇ」
「はぁ? お前みたいな子供に何が分かるんだ、大人ぶって話し入ってくんな」
「沙月子供じゃないもん! 子供なのは何も分かってないおにぃの方! パンツはね! 人に見せる物じゃないけどいっつも明日はどのパンツにしようか悩むくらいなんだよ! はいて行こうと思ったのが洗濯中だったりするとすっごくガッカリするんだからっ!」
「何言ってんだお前、同じような子供パンツしか持ってないくせに」
「何よぅ! おにぃの変態! 何で沙月のパンツがどんなのか知ってるのよ!」
「知りたくもないけどお前がいつも雑に洗濯カゴの中に放り込んでるから嫌でも見ちゃうんだろ!」
「あらあらまぁまぁ喧嘩しちゃダメよ? さ、早く綺麗にしてあげて仲良くご飯食べましょうね」
柔軟剤も使うとか、洗濯バサミは三つだとか、水野が言っていた事を思い出しなるべくいつもと同じになる様に、母さんに確認しながら洗ってやる。
もちろん別にパンツの為じゃなくて、気に入らなくて飛び回られたら面倒だってだけなんだからね! である。
幸い、母さんの指導の賜物、俺のやり方で気が済んだのか、部屋に干してやってからは大人しくそこに干され続けていてくれた。
カーテンレールに小さなランドリーハンガーを引っ掛け、女物のパンツを一枚だけ干している男子高校生。はい、僕です。
「くっ……」
いたたまれなくなってベッドに潜り込り、作らなくても良かった筈のおでこのたんこぶをまた撫でた。そうして、なるべくパンツの存在を忘れる様に努力してその日はなんとか眠りについたのだったが……、妙な夢を見た。かなり濃い一日だったので夢にパンツが出て来てうなされてもおかしくはなかったが、パンツは出て来なかった。
俺は夢の中で、これは夢だと自覚していた。
懐かしい、中学の時の校庭。柔らかい日差し……ああ、春だ。
校庭には部活に勤しむ生徒達。野球、陸上、それにサッカー。そうだ、入学早々の、部活見学だ。ぞろぞろと新入生達が校庭の周りを埋め尽くす様に立って先輩達の部活動を眺めていたっけ。あの時の夢を見ているのだとしたら、確かこの後……。
やっぱりだ。どこかから「危ない!」と声がして、声がする方を見たら小柄な女生徒目掛けてサッカーボールが飛んでってた。
まだ十分避ける余裕はあった様に見えたけど、そいつはギュッと身体を縮め込ませて固まってしまった。あれじゃぶつかる。死にゃしないだろうけど少しは痛いかも。
小柄な女生徒はその来るべき瞬間に怯えている様に見えて、らしくもなく俺は守ってやろうと言う気になった。サッカーは得意だったしな。
ボンッ!
そいつの前に身を乗り出し、ヘディングで軌道を変えてやった。そうしてから、何だか急にキザな事をしてしまった様な気になって……、俺はその女生徒に声を掛けるどころか、振り向いて顔を見る事もしなかった。
別にお礼を言われたかったワケでもないし良いんだけど……そう言えばあの時の女生徒はどんな顔をしていたんだろうなぁ。
そう思ったら、その夢が急に俯瞰になった。少し高いところから自分を含めて全体を見ている感じ。こういうの、あー夢だなぁって思う。
所詮夢、そう思いつつ俺はその女生徒の顔を確認した。
その顔は、水野だった。
……あー、夢だなぁ。
夢に出て来たのはパンツではなかったものの、水野鈴音……パンツの持ち主だったワケだ。
まぁトラウマ級の俺の一日に深く関わった人物だ。出て来ても何の不思議もないが……妙なのは何で中学の時のこのシチュエーションでの登場だったのかだ。そしてもっと妙なのは、夢の中の水野がちゃんと中学の時の水野だったって事だ。
正直中一の時の水野がどんな顔でどんな髪型だったかなんて今の今まで忘れていたのに、夢の中の水野は間違いなく中一の時の水野だったと思う。
今より幼い顔で、その瞳をいっぱいに見開いて、恐怖から解放された安堵感と、突然の俺登場による驚きが入り混じった、そんな表情。
夢にしちゃ凄くリアルで、本当にあの時の女生徒は水野だったのかと思えてくる。
そしてカッコ付けて去って行く俺の後姿を見続けるその顔は、何故かどこかうっとりとしていて、どんどん紅潮して行くのだった。




