「可愛いおパンツね、これ同級生のおパンツなの?」
俺の部屋と沙月の部屋は隣り同士だ。
沙月が漫画を読んで笑う声などもこっちの部屋まで良く聞こえて来る。と、言う事はだ。俺がさっきから「死ね」とか「切る」とか「倒す」とか一人で喚いていた声も当然沙月の部屋に聞こえていたと言う事になる。
「何なのよおにぃ今日はさっきからおかし過ぎる! 本当に壊れちゃったの?! 思春期の男子高校生のモヤモヤってそんなにやばいワケ?! エネルギーが余ってるなら部活でもパンツが飛んでるーーーーーーーーっ!!!」
一体どの段階で空飛ぶパンツに気付いたのか分からないくらい急速に、俺への文句がパンツへの驚きに変わった。
そのままパンツに釘付けになっている沙月をそおっと部屋へ誘導し、ゆっくりパタンと自室のドアを閉めた。
「……」
「……な?」
まだ沙月は呆然とパンツを眺めている。
ああ、たぶんこれが普通の反応だ。原田や蓮宮の反応がおかしいのであって、誰だってこんな非現実的な物を目の当りにしたら言葉を失うだろう。
「うわぁ~~~! すっごぉ~い! 本当に動くパンツだったんだぁ! おにぃこれどうやって動いてるのぉ?! 凄いよ! 感動して何も言えなくなっちゃったよぉ!」
え? 感動? そっち? パンツが飛んでいる事についてはもう受け入れたの? え? そうなの?
「見せて見せて~!」
さっきまで俺にビビって泣いてたんじゃないのかこいつ。
あっと言う間に俺にうるさいと文句を言いに来た時点で気付いたけどウソ泣きだろ。小さい時からいつもそうだ。母さんを味方に付けるためにわざとらしく泣いてみせたり、全然成長していない。
「俺以外には触らせねぇよ。だからさっき触ってみようとしてみろって言ったんだ」
「え~~? そうなのぉ~?」
沙月は不満そうに唇を尖らせてベッドの上でパタパタしているパンツに近付いて手を伸ばした。やはりパンツはついっと後ろへスウェーバック。
「あんっ」
「言っただろ?」
沙月はう~んと面白くなさそうな顔をして、次の瞬間にぱぁっと笑顔を見せてパンツにこう言った。
「パンツちゃん! 沙月はおにぃの妹なんだよ? パンツちゃんの大好きなおにぃの妹って事はパンツちゃんの妹でもあるって事だよね?」
パンツちゃんて何だよ、てか何でそうなるんだよ。それじゃ俺がパンツと結婚したみたいじゃないかよ。
「見てごらんパンツちゃん、顔も良く似てるでしょう? クリクリのおめめに通った鼻筋、ちっちゃめのお口! サラサラの黒髪も遺伝ってやつなんだよ?」
俺の目はクリクリじゃねぇよ。親父譲りの奥二重だ。まぁ他は似てると言われる事もあるがパンツにそれが理解出来るのか?
沙月はもう一度手を伸ばしパンツに触れようとするも、やっぱりパンツは沙月に触らせるのを良しとしなかった。だが、気のせいでなければ、さっきよりも少し迷うような素振りが見えた……様な気がする。ああ、俺は何を言っているんだ。
「うーん、慣れるまで少し時間が掛かるかも知れないけどなんか手応えあったなぁ」
沙月も俺と同じものを感じた様である。
そうして沙月はしばらくパンツと追いかけっこをする様にじゃれ合った。
「うふふっ! 可愛いね!」
その姿はまるで、子犬と戯れるかの如く……。
こんな姿を見せられたら俺は……クソ。切れなくなった。
まぁ、水野にも切らないでくれって頼まれたしな。切ったらあいつまた水曜日ノーパンだもんな。チッ。
「あ~あ」
何だかすっかり沙月に毒気を抜かれてしまった様だ。俺は諦めてただ沙月とパンツを眺めていた。さっきドアにぶつけた時に出来たたんこぶをさすりながら。
「ねぇねぇお母さんにも見せようよ! さっきお母さんは何でもないみたいな態度してたけどきっとおにぃが変態になったんだって思って心配してるよ? それにはきっと見ない事には信じないし」
沙月が遊びながら俺にそう提案した。
「別に良いよ……。俺がただの思春期病だと思ってるみたいだしそう思わせておけば……。見たら信じるだろうけどそうしたら親父にも知られるだろ? なるべく大袈裟な事にしたくない。」
「大丈夫だよ、お父さんには黙ってって言えばお母さんは絶対に喋らないよ! 沙月のお母さんだもん!」
俺の母さんでもあるのでそれはそうかも知れないと思うが。
「それに沙月お母さんには隠し事したくない!」
ああ、始まった。沙月のワガママが。
こうなってしまったからには自分の言い分を変えるなんて事をしないのがワガママ放題に育てられた末娘沙月のぶれない生き方だ。
「……好きにしろ……」
沙月はやったぁ~とベットの上で転げ回り、パンツもその頭上をくるくる回る。まるで本当に遊んでやっるみたいに。
ちょうどそこに下の階から俺達を呼ぶ声がする。
「お兄ちゃ~ん、沙月ちゃ~ん、ご飯出来たわよ~」
「あっ! ほらご飯だ! いこいこ! パンツちゃんも一緒に!」
体も気も重いが沙月に半ば引きずられる様にして一階へ降りる。
「あらあらまぁまぁ……」
智子、四十一歳、専業主婦再登場。
今時珍しくお見合い結婚だったが夫である昌己、四十三歳とは実の息子が引くくらいの仲の良さ。だいたいのリアクションを「あらあらまぁまぁ」で済ます。
「ねっ! すっごいでしょうお母さん! さっきおにぃが言ってた事本当だったんだよ!」
「本当にお空を飛べるおパンツだったのねぇ、お母さん初めて見たわ」
「沙月も!」
「俺も」
当たり前だろっつの。
「持ち主も分かってるって言ってたけど、お兄ちゃんそれ洗剤が残ってないかしら? 預かったのならキチンと責任持ってやらなきゃダメよ? ご飯は温め直してあげるからこっちへいらっしゃい。ちゃんと洗い方教えてあげるから」
母さんはいつも、何が起きてもこんなリアクションだけど、さすがに大人のくせにこの順応性は如何なものかと思う。助かるけどな。
とりあえず、思わぬカタチで家族の中に理解者が出来た事で、俺は少しホッとしていた。
そしてパンツ相手にカッカしていた事がバカバカしくなり、改めて母さんに習ってパンツを手洗いしてやる。
「可愛いおパンツね、これ同級生のおパンツなの?」
もっと優しくとか、そこも擦れとか、隣で指示しながら母さんが余計な事を聞いて来る。
「そうだよ……」




