心が宿ったパンツ
「そんなに聞きたきゃ説明してやるよ! これはな! 心が宿ったパンツなんだ! 自ら飛んで来て俺の胸ポケットに収まっちまったもんなんだよ! 持ち主も分かってるがそいつから預かっててくれって言われたもんなんだ! 何もやましいもんじゃねぇし思春期を爆発させた結果でもないんだよ!! おらパンツ! 動け! 動いて見せろよ! 散々飛び回ってたくせに何で今動かねぇんだ! 動け! そうだおい沙月! このパンツ触ってみろ! 触ろうとしてみろよ!」
今日一日の鬱憤を、大声を出す事で発散させるかの様に、俺は怒鳴り散らした。
怒鳴り散らしながら沙月の腕を強引に引っ掴んで、触ってみろと洗面台まで誘導した。
「ひっ……! いやぁっ!」
沙月は俺の剣幕に怯える様に、慌てて掴まれた腕を引っ込めて母さんにしがみ付いた。
「あらあらまぁまぁお兄ちゃん……落ち着いて? おパンツは自分で飛んだりはしないのよ?」
「分かってるよそんな事! でもこのパンツは違うんだって! おら沙月触ろうとしてみろって! それですぐ分かる!」
「ぴええええぇ~~~ん! おにぃが壊れちゃったあぁぁ~~~!」
とうとう沙月は泣き出し、母さんの腕の中からも飛び出してそのまま二階へドタドタと上がって行ってしまった様だ。
そして母さんはそんな沙月を見送った後、俺に向き直ってこう言った。
「今日はお兄ちゃんの大好きなパットホーラパーよ? それを食べたら早く寝なさいね? 出来たら呼んであげますからね~」
そう言って微笑みを浮かべながら母さんは洗面所を出て行った。
しかしその微笑みはどこか不自然で……張り付いたような物である。
完全に……腫物扱いだ……。
熱くなってしまってついまくし立てたが、女物のパンツに向かって動け動けと喚く俺は、さぞ、気持ち悪かっただろう。
妹を泣かせ、母親に憐みの目で見られ……。パンツ一枚で、家庭崩壊もあり得る。
「クソッ! やってられっか!」
ジンクスパンツだか何だか知らないがこいつのお陰で俺が踏んだり蹴ったりじゃないか!
一日中そわそわと胸ポケットを気にして、学校の女子に軽蔑され、家族からは腫物扱い。
何で俺がここまでしてこんなもんを大事にしてやらなきゃならないんだ?
そんな義理はない!
俺は洗面台の中のパンツを乱暴に掴み、片手で適当に絞って握りしめたまま二階の自室へ上がった。
その途中手のひらの中でパンツがモゾモゾ動いていたが離してやらない。
すすぎをして欲しかったのか? 知らねぇよ!
聞こえよがしに自室のドアをバタンと乱暴に閉めた。
握りしめていたパンツを叩き付ける様に床に放り投げると、ぺちっと間抜けな音がして絨毯にシミを付ける。
パンツはまるで怯えるようにずるずると絨毯の上を這う。
イモムシみたいに。水分を含み過ぎてうまく飛べないのか、そのまま絨毯のシミを増やしていく。
「ふん、飛べないとはちょうど良い。切り刻んでやる!」
俺は机の引き出しからハサミを取り出してパンツに向き直った。
小学生の時から使っている工作用のハサミだ。蓮宮の持っていた様な裁ちバサミがあれば良かったのだが、パンツ一枚これで十分だろう。
「大人しく……してろよ……?」
俺は無様に床を這うパンツを難なく掴んで、もう一方の手にハサミを持ち、それをじりじりとパンツに近付けた。
これで終わりだ。
悪いな水野。お前の大事なジンクスパンツだって事は分かっているがこれ以上俺の平和な日常を犠牲にすることは出来ない。
「許せ!」
そう言って俺は一思いにハサミを握った。
しかしハサミはショキッと虚しく空を切る。パンツが俺の手のひらの中に完全に潜ったからだ。
すすいでもらえなかった事でぬめりを帯びたその身体は簡単に俺の手のひらの中に滑り込めたのだった。これじゃあ自分の手ごと切らなきゃならない。
「クソッ! 考えたな!」
俺は何とかパンツを持ち直しもう一度ハサミを握る。また素早くパンツが潜り込む。
ならばと潜り込めない様に端を抓んでハサミを握る。今度はグイと下方向に力を加えて自ら床に落ちる。
床に落ちたパンツを足で踏みつけ、そこをハサミで狙う。そう来たかと足と床の間に潜り込むパンツ。
「この野郎大人しく切られろ!」
あの手この手で切ろうとする俺に対して、パンツも必死でその身を守る。
そのうち身体が乾いてきたパンツはとうとうパタパタと飛び始めてしまった。こうなると厄介だ。
だがこちらも負けていられない!
「お前も死にたくないんだろうが、こっちだって社会的に死ぬ寸前なんだ! 何としてもお前を倒して平和を取り戻す!!」
パンツ、そう言われてお前は今、来るなら来いと思っているのか?
それとも必死で命乞いをしているのか? ふん、ああ、どっちでも良いな。
「死ねえええええええええええええええええ!」
「うるさああああああああああああああああい!」
ガッ!
「ふぐおっ!」
突然、内開きの部屋のドアが勢い良く開いて、俺は思いっきり頭を打ってしまった。
ついさっき、泣いて自分の部屋に籠っていた筈の沙月が現れたのだ。




