洗って欲しい
「と……徳丸君?」
「えーっとあのっ……だからあの……ちょっとここで待ってろ! すぐにコンビニでハンカチ買って戻って来るから! な!」
たかがアニメキャラのハンカチを見られたくないくらいで、転んで痛がる女子をその場に残し、コンビニへ走る男。
そうか、俺は今、そんな最低な男なんだなぁ。
あまりにも最悪な展開で、俺はこの現状を他人事の様に分析する。
幸い、コンビニまでは行って戻っても五分と掛からない。
何とか、一秒でも早く平岡のところまで戻ってやる事だ。俺はわたわたとコンビニへ入り、ハンカチを掴んだところで、マキロンと絆創膏の方が良いじゃないかと気付き、レジが新人でテンポが遅い事に苛立ちつつ会計を済ませ、また平岡のところまでダッシュで戻った。
戻った先には……三人の女子に囲まれる平岡が居た……。
膝を抱えながらうずくまる平岡。
その平岡の膝にハンカチを当ててやっている女子に、カバンから絆創膏を取り出している女子、そしてもう一人の女子は、「ひどいね」とか「信じられないんだけど」とか「許せない」とか……。恐らく俺を非難する言葉を並べ立てながら平岡の背中を撫でてやってる。
「あ……絆創膏買って来たんだけど……大丈夫か?」
そう声を掛けて近付く。
すると、平岡を囲んでいた女子三人がギロリと俺を睨み付けた。
「徳丸君、梨紗を一人こんなとこに置いて行くなんてひどいじゃない!」
確かに……。俺はハンカチを見られたくない一心でその場を逃げ出した事になってて、確かにそれは酷いと思う。でも本当はハンカチじゃなくてパンツなんだ!
あっ、もっと酷い。
「置いて行ったワケじゃなくて、コンビニに……」
「それは梨紗に聞いたー。そう言う事じゃなくてさ、だったらとりあえず座れるところに連れて行くとかさ、あるじゃん!」
分かります。ものすごく言ってる事分かります。でもそんな事してたらまた平岡がハンカチ貸してくれって言い出すかも知れないじゃないですか。
「もう良いわ! 絆創膏もあたしが持ってたので大丈夫ですから! さぁ行こ梨紗! 送って行くから」
「う……うん」
そうして、平岡は三人の女子に付き添われてゆっくり歩き出した。俺はもう、何も言えなくて、ただその後姿を見送ったのだった。
何だよ……。普通に歩けるじゃねぇか……。
寄ってたかって大袈裟な事にしやがって……。だいたい何もないところで転んだのは自分の不注意じゃないか……。
コンビニまでダッシュして、マキロンも買ったのに、何で俺がこんな一方的に悪者扱いされなきゃなんねぇんだよ……。
「あーっ! クソッ!」
俺は自宅の玄関を開けるなりそこそこの声を出してしまった。相当に苛立って居たのだ。
すると、ちょうど妹が夕飯作りの手伝いをしていたのだろう。キッチンから何やら小皿を持って顔を出した。カウンターキッチンなんて洒落たものがある家ではないので、玄関を開けてすぐの廊下を挟む形でキッチンと居間がある。
「あー、お母さ~ん、おにぃが思春期爆発させてる~」
ほとんど一日中イライラして、ようやく自分の家に帰ってきたと思ったら更に妹に馬鹿にされた態度を取られ、これストレスで死んでもおかしくないんじゃないか?
「うるせぇ沙月。もうクールピンキーの新刊出ても読まさねぇぞ」
「嘘だよお兄ちゃ~~ん! おかえりだよぉ~~!」
何の躊躇いもなく手の平を返す我が妹、沙月。俺が単行本を揃えている漫画に俺以上にハマっていて、だいたいこいつを引き合いに出せば大人しくなる。
「いやあぁ~~~今日も良い男だねぇ~! シュッとしてるよね何かこう、シュッと! ちょっと疲れてるみたいだけどそこがまた色気出ちゃってるよねぇ~……イタッ!」
調子良く並べ立てる沙月に呆れて怒りは収まったが、これはこれで鬱陶しいのですれ違い様に軽く頭を小突いて黙らせてやった。
「んもう! 褒めても怒るなんて酷いじゃん!」
ポニーテールの頭を抑えて俺に抗議する。
その表情はまだまだ子供の顔に見える。
どうも……自分が中一の頃と比べてだいぶ子供っぽいと感じるのだが気のせいだろうか。その当時の自分のクラスメイトと比べても、もうちょっとこう……体の方の発育も良かった様な……。
「……? 何?」
「何でもねぇ」
何よ何よとしつこい沙月を無視して二階の自室へ行く前に洗面所へ向かう。先にここでうがい手洗いをするのが習慣。
本当に全くなんて日なんだ今日は……。そう思いながら手を洗っていると、こんな一日にした諸悪の根源がおもむろに胸ポケットから飛び出した。
「!」
触ろうとしなければ大丈夫と高を括って居たのに、まさか自分の意思で飛び出してくるとは!
まずい。まずいぞ何だ?
何か理由が有る様な気がする。こいつが動く時は、俺のポケットに入りたいと言う時と、他の連中に触られたくないって時だけだった。今は普通にポケットに入っていたし他に誰も居ない。なら何かここでどうしてもやりたい事でもあるんじゃないだろうか。
そしてパンツは、少しだけ洗面所をパタパタ飛び回り、洗面台の並びに置いてある開けっ放しの洗濯機の中へ飛び込んだ。
「……お前まさか……洗って欲しいってか……?」




