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巡り愛  作者: 北西みなみ
3/5

紅葉の幻

 秋の風は、金属の匂いがした。

 人工的な冷たさと、どこか遠くの山で燃える葉の記憶が、薄く混ざっていた。

 街路樹はすべて電子制御され、紅葉はホログラムで再現される。

 本物の葉を見たことがある人間は、もうこの街にはいない。


 僕は大学で映像デザインを学びながら、

 現実よりも美しい“季節”を作る仕事に憧れていた。

 君と出会ったのは、そんな仮想秋を再現するサークルのミーティングだった。


 君は金の髪をゆるく束ね、緑の瞳を光らせて言った。

 「落ち葉が上に昇っていく紅葉、見たくない?」

 僕は息をのんだ。

 その声が、秋の最初の風みたいに、静かに胸を撫でた。


 君と僕はすぐに意気投合した。

 週末ごとに研究室にこもり、仮想の山々を描き、風を計算した。

 コードと映像の狭間で、時間の感覚を失いながら、

 君が指先で光を操るたび、僕は目を奪われた。


 「紅葉は、時間みたいなものだと思う」

 「どういう意味?」

 「すべての色が、散るために美しくなるの」

 君の言葉に、僕の中で何かが静かに鳴った。


 君が笑うと、緑の瞳が光の粒をはじいた。

 その光を見ていると、心があたたかくなる。

 でも同時に、不思議な痛みも走る。

 まるで“いつかの秋”を、僕はもう一度歩いている気がした。



 紅葉投影の日、空は完璧に晴れていた。

 街の中心の広場には、数百人の人が集まっていた。

 君が設計したシステムが、街の壁全体に紅葉を映す。

 信号の上、ビルの窓、ガラスの床。

 無数の葉が風に乗って、上へ上へと昇っていく。


 僕と君は、少し離れた丘の上からそれを眺めた。

 「ねえ、君」

 「うん?」

 「この紅葉が終わる頃に、言いたいことがあるんだ」

 君は首を傾げた。

 「何?」

 「終わったら、言うよ」

 君は笑ってうなずいた。

 その笑顔の奥に、どこか“待つ覚悟”のような静けさがあった。


 紅葉が街を包み、人々が歓声を上げる。

 風が吹くたび、光が渦を巻く。

 君の髪が金色にきらめき、僕の視界の中で唯一の現実になった。

 「きれいだね」と君が言う。

 「うん、でも――君のほうが」

 僕はそこまで言って、言葉を飲み込んだ。

 その瞬間、空気が揺れた。


 ビルのアラート音が鳴った。

 煙が上がる。人の悲鳴が重なる。

 「火事?」

 君の声が震える。

 「近くだ。避難しよう」

 僕は君の手を掴み、走り出した。



 非常ベルの音が、紅葉の音楽を押し潰した。

 炎が近づき、ビルのガラスが砕け散る。

 人の波が押し寄せる。僕は君を庇いながら、階段を駆け下りた。

 空気が熱で歪み、肺が痛む。

 君が咳をして、立ち止まる。

 「大丈夫?」

 「うん、でも……光が止まった」

 君の声は小さくて、子どものようだった。


 上階で何かが崩れた音がした。

 煙が濃くなり、目の前が灰色に覆われる。

 非常灯がちらちらと点滅し、君の顔が淡く照らされる。

 「君、行って」

 「嫌だ。置いていけるわけない」

 「君はいつもそう言う」

 君の手が震えた。

 「でも、もう逃げられない」


 階段の上で爆発音。

 衝撃波で僕らは吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられ、耳の奥が鳴る。

 視界が滲み、君の声が遠くなった。

 「君、……手、貸して」

 君が伸ばす指を掴み、引き寄せる。

 僕は君の身体を抱き寄せ、自分の背を盾にした。


 熱が背中を焼く。

 痛みが消えるほどの痛み。

 意識が薄れながら、君の髪の匂いを感じた。

 焦げる匂いの中でも、それだけはきれいに残っていた。


 「君、言いたいこと、あったでしょ」

 「……言わせてくれる?」

 「うん」

 僕は息を吸い、声を振り絞る。

 「好きだよ。君が、僕の季節だ」


 君が微笑んだ。

 涙が光の粒になって、頬を伝う。

 「知ってたよ」

 「うん……だよね」


 火の粉が降る。

 天井が崩れ、光が一瞬、紅葉のように舞った。

 僕は君を強く抱きしめ、目を閉じた。

 痛みが消え、音が遠ざかる。

 最後に見えたのは、君の瞳の奥に映る炎。

 それは怖いほど美しかった。



 翌朝、ニュースはただ一行で僕らを片づけた。

 「紅葉投影中のビル火災、死者二名」

 でも、誰も知らない。

 僕たちが見た最後の光景が、

 どんなに静かで、どんなに優しい秋だったかを。


 火の中で消えたホログラムの紅葉は、

 風に乗って、空の上まで昇ったという。

 まるで、誰かを探すように。

 まるで、まだ終わらない恋の続きを描くように。



「また、会えるよね」

「もちろん。季節が巡る限り」


 二人の声が煙に溶け、

 次の季節への扉が、音もなく開いた。

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