紅葉の幻
秋の風は、金属の匂いがした。
人工的な冷たさと、どこか遠くの山で燃える葉の記憶が、薄く混ざっていた。
街路樹はすべて電子制御され、紅葉はホログラムで再現される。
本物の葉を見たことがある人間は、もうこの街にはいない。
僕は大学で映像デザインを学びながら、
現実よりも美しい“季節”を作る仕事に憧れていた。
君と出会ったのは、そんな仮想秋を再現するサークルのミーティングだった。
君は金の髪をゆるく束ね、緑の瞳を光らせて言った。
「落ち葉が上に昇っていく紅葉、見たくない?」
僕は息をのんだ。
その声が、秋の最初の風みたいに、静かに胸を撫でた。
君と僕はすぐに意気投合した。
週末ごとに研究室にこもり、仮想の山々を描き、風を計算した。
コードと映像の狭間で、時間の感覚を失いながら、
君が指先で光を操るたび、僕は目を奪われた。
「紅葉は、時間みたいなものだと思う」
「どういう意味?」
「すべての色が、散るために美しくなるの」
君の言葉に、僕の中で何かが静かに鳴った。
君が笑うと、緑の瞳が光の粒をはじいた。
その光を見ていると、心があたたかくなる。
でも同時に、不思議な痛みも走る。
まるで“いつかの秋”を、僕はもう一度歩いている気がした。
⸻
紅葉投影の日、空は完璧に晴れていた。
街の中心の広場には、数百人の人が集まっていた。
君が設計したシステムが、街の壁全体に紅葉を映す。
信号の上、ビルの窓、ガラスの床。
無数の葉が風に乗って、上へ上へと昇っていく。
僕と君は、少し離れた丘の上からそれを眺めた。
「ねえ、君」
「うん?」
「この紅葉が終わる頃に、言いたいことがあるんだ」
君は首を傾げた。
「何?」
「終わったら、言うよ」
君は笑ってうなずいた。
その笑顔の奥に、どこか“待つ覚悟”のような静けさがあった。
紅葉が街を包み、人々が歓声を上げる。
風が吹くたび、光が渦を巻く。
君の髪が金色にきらめき、僕の視界の中で唯一の現実になった。
「きれいだね」と君が言う。
「うん、でも――君のほうが」
僕はそこまで言って、言葉を飲み込んだ。
その瞬間、空気が揺れた。
ビルのアラート音が鳴った。
煙が上がる。人の悲鳴が重なる。
「火事?」
君の声が震える。
「近くだ。避難しよう」
僕は君の手を掴み、走り出した。
⸻
非常ベルの音が、紅葉の音楽を押し潰した。
炎が近づき、ビルのガラスが砕け散る。
人の波が押し寄せる。僕は君を庇いながら、階段を駆け下りた。
空気が熱で歪み、肺が痛む。
君が咳をして、立ち止まる。
「大丈夫?」
「うん、でも……光が止まった」
君の声は小さくて、子どものようだった。
上階で何かが崩れた音がした。
煙が濃くなり、目の前が灰色に覆われる。
非常灯がちらちらと点滅し、君の顔が淡く照らされる。
「君、行って」
「嫌だ。置いていけるわけない」
「君はいつもそう言う」
君の手が震えた。
「でも、もう逃げられない」
階段の上で爆発音。
衝撃波で僕らは吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、耳の奥が鳴る。
視界が滲み、君の声が遠くなった。
「君、……手、貸して」
君が伸ばす指を掴み、引き寄せる。
僕は君の身体を抱き寄せ、自分の背を盾にした。
熱が背中を焼く。
痛みが消えるほどの痛み。
意識が薄れながら、君の髪の匂いを感じた。
焦げる匂いの中でも、それだけはきれいに残っていた。
「君、言いたいこと、あったでしょ」
「……言わせてくれる?」
「うん」
僕は息を吸い、声を振り絞る。
「好きだよ。君が、僕の季節だ」
君が微笑んだ。
涙が光の粒になって、頬を伝う。
「知ってたよ」
「うん……だよね」
火の粉が降る。
天井が崩れ、光が一瞬、紅葉のように舞った。
僕は君を強く抱きしめ、目を閉じた。
痛みが消え、音が遠ざかる。
最後に見えたのは、君の瞳の奥に映る炎。
それは怖いほど美しかった。
⸻
翌朝、ニュースはただ一行で僕らを片づけた。
「紅葉投影中のビル火災、死者二名」
でも、誰も知らない。
僕たちが見た最後の光景が、
どんなに静かで、どんなに優しい秋だったかを。
火の中で消えたホログラムの紅葉は、
風に乗って、空の上まで昇ったという。
まるで、誰かを探すように。
まるで、まだ終わらない恋の続きを描くように。
⸻
「また、会えるよね」
「もちろん。季節が巡る限り」
二人の声が煙に溶け、
次の季節への扉が、音もなく開いた。




