08 「お仕置き」
「うぅ~~……こ、このたびはお騒がせしました……」
深々と頭を下げ、先刻の暴走を謝ってくる少女。
両手で顔を覆ったままの白石は、まだ恥ずかしさでいっぱいのようだった。
俺が発した「妻」というワードに反応した結果、あのあとも三十分ほど興奮しっぱなしで暴走し続けたのだ。
そして、先程ようやく落ち着いたわけだが――まだ熱が冷めないのか、白石は顔をぱたぱたと扇いでいる。
「俺は別にいいけど、それでどうやって生きてるのかって心配になるよ」
「っ! ち、違うもん……黒瀬くんの前じゃないと、あんなふうにならないもん……」
――それは、俺が一番よく知っている。
白石は学校にいるときはあまり表情を崩さない(俺と話すときを除いて)。
女子とはそつなく会話しているし、男子とはそもそも話しているのを見たことがない。
「……だって、黒瀬くんの前だと冷静でいられなくて、すぐにどうしたらいいか分からなくなっちゃって……気づかないうちに、変になっちゃうの」
本心なのだろうが――よくもこんな恥ずかしいことを言えるな、と思う。
(……いやまあ、恥ずかしがってはいるのか)
まあしかし、こう言われて悪い気はしない。
「――ま、その結果学校ではあれだったもんな」
「~~っ、そ、それは言わないでぇ……私がバカでした……」
黒歴史を掘り返された白石が、恥ずかしそうに俯く。
(……あ、これ。このまま放置したらまた落ち込むやつかもしれん)
――しかし、まだ俺の計画のことをバラすわけにはいかない。
ここは別の……そうだな、白石が〝喜びそうなこと〟でも言っておくか。
「……なに、お仕置きでもされたい?」
「……!? !?」
俺がそれを言った途端、白石の体がびくっと跳ねた。
そのまま、顔がみるみる紅潮していって――少しすると、今度はもじもじし始めた。
「え、お、お仕置きって……そ、その……どんな?」
……予想通り、まんざらでもなさそうな反応である。
白石は明らかにそういう気質があるので、多分こんな反応をするだろうと思っていた。
――なんだか楽しくなってきたので、今回もまた、白石の反応を見ながら続ける。
「……さあ? けど、多分白石が思ってるようなことだよ」
特に内容を決めていたわけではなかったが、あえてこんな意地悪な言い方をしてみる。
「えぇ!? 私が思ってること……!? そ、それって……うぅ……えっと、そのぉ……」
白石の顔がさらに赤くなる。……いや、赤くなりすぎだ。
こいつは一体、何を想像していたのだろうか。
「……どうするの? 白石がしてほしいならしてあげるけど」
「~っ、そ、そんな……あうぅ……でも……そ、そんなの、恥ずかしい……っ」
……よし、チャンスだ。
俺は間髪入れずに口を挟んで、
「まあ、嫌ならやめとこうか」
――ここぞとばかりに、意地の悪い発言をする。
予想通り、白石は焦った表情でこちらを見た。
「い、嫌なんて言ってない! 言ってないもん……っ! ……うぅ…………してほしい、です…………」
「やめる」と言われただけですぐに素直になる白石。
彼女は結局、恥ずかしさよりも欲望を選んだ。
俺はその答えに満足して――ふっ、と笑う。
「まあ、知ってたけどね」
白石の顔が真っ赤になり、「うぅ」という情けない声と同時に俯く。
「黒瀬くん、いじわるだよぉ……」
「悪いか?」
「……ううん。もちろんすき、です……」
……悪いかどうかを聞いたのに、返ってきたのはまたも告白だ。
やはり薄々感じてはいたが、どうやら白石にはMの気があるらしい。
……ともあれ、了承も得られたので「お仕置き」を実行するとしよう。
「じゃあ、俺の横に座って」
自分の横(ベッドの上)を指差して、白石に指示する。
白石は一瞬驚いた顔をしたあと、「はい……」という緊張交じりの返事と共に椅子から腰を上げて、俺の隣に座った。
「じゃ、こっちに背中向けて」
俺の言う通りに動く白石は、恥ずかしさのあまりずっとぷるぷると震えている。
そこには明らかに「期待」も混じっているが、白石の脳内では一体何をされると思っているのか。それは俺にも分からないのだから、それ以上の心情は分からない。
白石がゆっくりと上体をひねると、さらさらな後ろ髪から真っ赤に染まった耳だけがのぞく。
「いくよ?」
「っ、は、はい……おねがいします……?」
震えた声で返事が返ってくる。
どうやら白石も覚悟を決めたようだ。
「――えい」
俺は両手の指を白石の顔の横に持っていくと……真っ赤になった耳たぶを、指できゅっとつまんだ。
「ひゃあぁあっ!!??」
白石の口から、日常生活ではなかなか聞かないような〝甲高い声〟が上がる。
自分の出した声を自覚した白石が、慌てて口を押さえた。
「~~~~っ!!!」
おそらく、自分でも聞いたことがないような声だったのだろう。
白石は肩がぷるぷると震えるほどに恥ずかしがっている。
……かわいい。
「はは、想像以上の反応で嬉しいな」
「え、あ、あの、黒瀬くん……っ!? これはいったいなにを……っ!?」
相変わらず抵抗はないが、目をぎゅっと瞑って顔を問いかけてくる。
俯いた白石の顔の赤さは、これまでとはまた違った種類に見えた。
「さあ……なんだろうね?」
俺は喋りながらも、指を耳の表面に移動させる。
「ひゃぅ……っ」
そのまま耳のふちをなぞるように指を移動させると、中央のくぼみ(渦)へ滑らせる。
「………~~~っ! く、黒瀬くん、それだめぇ……っ」
……これはお仕置きなのだ。
お仕置きの相手に「だめ」と言われて素直にやめる馬鹿はいない。
そのまま渦のような耳の表面を、いたずらっぽくなぞっていく。
再度、白石の声が病室のなかに響いて――
はじめてのご褒美に引き続き、はじめてのお仕置きも、しばらくは終わりそうになかった。




