02 本当のきもち
――知ってる。
そう答えた俺の言葉に、白石は驚いた様子で振り向き、目を大きく見開いていた。
「えっ……!? し、知ってるって…………私の気持ち、黒瀬くんにバレてたの……!?」
慌てた様子でそう口にした彼女の顔は、先程までとは違う意味で赤くなっている気がする。
「うん、知ってるけど。じゃなきゃ自分をいじめてた奴を病室に入れないし、こんなに喋らないだろ」
……返事を聞いた瞬間は照れたような表情を見せた白石だったが――次第に顔が曇る。
「……そう……だよ、ね。私、黒瀬くんに最低なことして……本当だったら、あなたとこうやって話すなんて許されない、のに……」
喋りながらも、徐々に涙目になっていく白石。
(……いや、今のはそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……)
さっきの発言はあくまで「白石の気持ちを本当に知っていた」という意味であって、過去の行為を糾弾する意図はなかった。
それでも、白石にはそう聞こえるほど、自分の行動を悔いているらしい。
握った指がほどけ、膝の上でそっと絡み直される。
「……ごめんなさい……私、黒瀬くんに許されないことをしてきたって分かってる。
……でも私、本当にずっと、黒瀬くんのことが好きだったの……。だから、いじめてたのも好きだからで……ぅ、ぐすっ、意味、分かんないよね……っ、ごめんなさい……」
泣いた顔を隠すように俯き、震える声で過去のことを告白する白石(膝の上だけど)。
それは白石にとって、とても勇気のいる告白だっただろう。
「……」
――けれど、彼女はきっと、ここに来る時点でそれを伝えるつもりだったはずだ。
震える声には、怯えだけでなく。「自分のしたことと自分の気持ちから逃げない」という、固い意志も感じ取れるから。
「――いや、だから知ってるってば。お前、とにかくやたら俺にだけ絡んでくるし。
それに、直接的なことは絶対に一人でやってくるし、周りによく分からん悪口は言いふらすけど、俺自身を貶すようなことだけは言わないし。あと嫌がらせのフリしてやたらと触ってくるし……他にも挙げたらキリがないぞ。逆に、あれでよく隠せてると思ってたな」
俺は白石のいじめについて指摘する。
今言ったとおり、白石のやっていたことの真意は、全てにおいて分かりやすかったのだ。
少なくとも、ただの悪意でしかやらないような『嫌がらせ』は一度もされていない。
――俺の言葉を聞いた白石の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
後半は、もはや顔から湯気が出てきそうなほどだった。
「っ、あ、うぅ……だってそれは……他の人なんて絡ませたくないし、嘘でも黒瀬くんがかっこよくないなんて言えないし……それと、あの……さ、触りたかったから……」
言い切ったあと、白石は病衣の袖口を親指でつまんでくる。
わざわざ必要のない解説までご丁寧につけて、全てを認めてしまうあたりに、白石の人の良さが出ている。墓穴を掘ってさらに自分を辱めている――というのは、この際言わないでおこう。
まあ、さっきので「気にしてないからお前も気にするな」という俺の意思は十分に伝わっただろうし、元気が出たなら何よりだ。
「それと、これが一番分かりやすかったんだけどさ。
お前、やけに俺のこと孤立させようとしてくるだろ。……そういえば、俺が他の女子と話したときなんかは特に――」
言葉の途中で、白石が「わーっ!!」と声を上げて泣きそうな顔で振り向く。
「ああああ!! もうやめてえ!!! ごめんなさい私が悪かったです!! ……だって、黒瀬くんが他の子と話してると胸が締め付けられるみたいに痛くて耐えられなかったんだもん……そんな経験は初めてで……もういっそ、何をしてでも孤立させて、どんな形でも私のことしか見えなくしたいとか思って……うう~~、ほんとに最低な女でごめんなさいぃ……」
恥ずかしさと申し訳なさが混ざり、顔をぐちゃぐちゃにして謝る白石。
「……それは好きなら普通の感情だろ。別に最低とも思ってないし。
……まあ、仮に最低だったとしても、それを俺が不快になってなけりゃいいんじゃないの」
俺の言葉に、白石が大きく目を見開く。
恥ずかしさと色んな感情が混じって泣きそうだった顔はみるみるうちに紅潮し、また新しい表情が見える。
(ほんと、こういうところが面白いんだよな……)
なんて、考えていると。
「……すき」
その表情のまま、白石からまた直接的な感情表現が飛んでくる。
今の会話のどこからそんな気持ちになったんだ……とは思いつつも、悪い気は一切しない。
――ぼーっと惚けた顔で俺を見上げる白石の頭を、なんとなく撫でてみる。
「……っ!? く、黒瀬くん……? ……っ、あぅ……」
ぴくっ、と少し反応したあと。小さい声を可愛く漏らして、また白石は俯いてしまった。
まったく……これのどこが「いじめっ子」なのだろうか。
「……というかさ。そもそも、俺の方が気も強いし力も強いのに、ただのいじめだと思ってるなら黙ってやられるわけないだろ」
白石が顔を上げる。
ぼーっとしていた彼女は、少し遅れて言葉の意味を飲み込むと、
「えっ……言われてみればたしかに……? 黒瀬くんをどうやって独り占めするかに必死すぎて、ぜんぜん気づかなかった……」
納得したような顔で、そう答えた。
真相の一部が判明した白石は、相変わらず恥ずかしがりつつも、少し納得したような表情を浮かべる。
そしてついでに、俺が撫でるのをやめようとした手をがっちり掴んで、さりげなく頭の上に戻してくる。
(ほんとに面白いな、こいつ)
そんなことを思っていると、白石が突然はっとした様子で顔を上げる。
もう一つの疑問……というか、一番理解できてないであろう疑問を思い出した白石が、再び口を開いた。
「……えっ、でもこれは!? 今の話を聞いても、やっぱりこの状況だけぜんぜん分からないんだけど……っ! 黒瀬くんが私のこと嫌わないでくれてたとしても、なんでこんなに甘やかしてくれるの……!?
――あ、もしかしてあれかな!? 一旦私を幸せにしてからその後地獄に突き落とす的な――そういうこと!?」
現状に対するパニック(安心とか幸せ的な意味が大半だろうが)もあって、早口でぶつぶつと疑問をこぼす白石。
「それでも全然いいけど……! いま既に幸せすぎて死にそうだし……っ!!
あ、でも甘やかしてくれたのがその計画のためでほんとは私のこと嫌いで嫌々やってるのかもって考えたら普通に死にたくなってきた……」
言いながら、白石がまた泣きそうな顔になる。
(ほんと、感情が忙しい奴だなぁ……)
と、思いながらも。
白石の今の言葉と表情は、俺には決して放置できないものだった。
俺は呼吸を整えてから視線を合わせ、白石の勘違いを正すために口を開く。
「……さあな、その理由はまだ教えないけど。
でも、後半の妄想だけは断じて違うし、かすってすらない――ってことだけは言っとく」
……否定する以外に選択肢がないとはいえ、言ってから少し照れくさくなる。
だって今の俺の言葉は、白石を〝嫌ってる〟とか〝興味ない〟のような、悪いほうの可能性を完全に否定したようなものだった。
白石目線の過去からすれば嫌われてる可能性もあると考えるのが普通だろうし、それを一気に否定するのは彼女にとってだいぶ大きなご褒美(?)だろう。
けど、あのまま放置していたら白石は想像だとしても深く傷ついていただろうから――まあ、仕方がない。
そんな俺の思考をよそに。
「……すきです」
白石はまたも好意を直球に伝えてくる。
今回は理由がわかる分、俺もなんだか気恥ずかしくなったので――無言で頭を撫でて、一旦誤魔化しておく。
「っ……あ、うぅ…………」
また撫でられた白石は、照れつつも、今度はそのまま頭を俺の胸に埋めてくる。
ついでに両手を猫みたいに丸め、俺の胸に置いて……
(……ん???)
――何か違和感があると思ったら。いつの間にか、白石が完全にこちら側を向いて座っていることに気づいたのだ。
(あれ……いつだ……?)
どうやら、気づかぬうちに体を少しずつ回して、そのままバレないようにこの姿勢になったらしい。
「積極的なのか消極的なのか分からないな」と思って、そのあとすぐに考え直した。
そういえばこいつは、他の人に取られたくないからっていじめるしかないと考えるような女なんだった、と。
なるほど、〝そういう気持ち〟に対する行動力だけはとにかく凄いわけだ。
まあ、要するに――。
「白石は甘えんぼなんだな」
俺はそのまま、思ったことを口にした。
「……うぅ……はい、そうです。ごめんなさい……」
両手で顔を覆い隠して恥ずかしそうに謝りながらも、白石は俺の肩へ額を寄せ、さらに体重を預けてくる。
「……だって、こんなの黒瀬くんにだけだもん……」
――白石も、そのまま思ったことを口に出してくる。
今のは、中々にくるものがあった。――が、驚きはない。
「知ってるよ」
「あぅ…………」
白石のまつげが小さく震え、視線が俺の胸元へ落ちた。
恥ずかしそうに縮こまる白石を眺めながら、俺は満足する。
――白石は、〝全てのリアクションがそのまま感情に直結しているところ〟が本当に面白いのだ。
そんな白石を見ていたせいで――
「ほんと可愛いな、お前」
つい、口が滑る。
それは呟く程度の小声だったはずだが、白石の耳にはなぜか届いてしまったようだった。
「……え!? か、かわ……っ!?」
言葉に遅れて、彼女の喉がひとつ上下する。
「ねえ黒瀬くん、今なんて……!??」
顔を上げ、今までで一番と言っていいほど顔を紅潮させているのに、俺の目をしっかり見ながら聞き直してきた。
恥ずかしさや他のいろいろな感情を差し置いてでも確認したいくらい、今のは白石にとって気になる言葉だったらしい。
「……さあ? なんか言ったかな、俺」
「えっ、ええ!? 黒瀬くん、だってさっき……!! えっ、あれ、聞き間違い……!?」
真っ赤な顔で困惑している白石。
そんなときでも白石の手は俺の胸に置いたままで、もちろん体も膝の上にも乗ったままである。
――白石の混乱は面白いからこのまま放置しておこう。
俺はさっきつい漏れた言葉と同じことを思いながら、彼女が膝から落ちないように、右手で背中を少しだけ引き寄せる。
近づいた息が、胸元で温かく揺れた。




