19 独白・下
「それで、添い寝だっけ?」
――黒瀬くんは、まるで当たり前のことのように言いました。
「……?」
あまりにサラッと言うので、一瞬、頭が追いつきませんでした。
「!! い、いいの……!? さっきあんなに抱きしめてくれたのに……」
「そこを口に出して強調するなよ……。別にいいよ、この前のご褒美だって結局一つじゃなかったんだし」
「あっ……うぅ……」
勝手に顔が赤くなる。
嬉しさと恥ずかしさで頭がどうにかなりそうです。
「ほら、さっさと片付けろ。するんだろ?」
「っ、うっ、うん……!」
……恥ずかしい、けど。
本音では添い寝をしたくて仕方ないので、私は彼の言葉に従って素直に片づけます。
ペンをケースに戻し、ノートを鞄にしまって、ついでに制服のリボンをさりげなく整えてから、彼に向き直ります。
「かっ、片づけたよ……! どうすればいい……?」
「どうするもないだろ。添い寝って言ったら添い寝だ」
黒瀬くんは淡々とそう言うと、靴を脱いで先にベッドに寝転がりました。
「ちゃんと靴は脱げよ」
「わ、分かってるもん!」
私は彼の言葉に少しむくれながらも靴を脱ぎます。
……これまでだってちゃんと脱いだのに。
彼は私が焦っているのを見透かして、私のことをからかっているんです。
「ううぅ……失礼、します……」
そっとベッドにあがって、彼の横に横向きで寝ころびました。
枕がひとつだから、自然と顔の高さが揃います。
「~~~っ!!」
(ああぁちかいちかい、近いよ……っ!)
視線を上げると、すぐそこには黒瀬くんの瞳があります。
「緊張してるのか?」
「しっ、してるに決まってるよぉ……!!」
「はは」
彼はいつものように軽い調子で笑います。
……ぜんぜん嫌じゃないけど。
「……黒瀬くんは、ほんとに緊張してないの……?」
「うん別に。お前の反応が楽しくてそれどころじゃない」
「あぅ……。も、もうっ……!」
……本当に、いじわるな人です。
しかも彼は、瞬きをあまりせずに私の瞳を見てきます。
(ああうぅぅ……ずるいよぉ……っ。…………でも、かっこいい……)
制服の袖口がシーツにさらっと擦れて、小さな音が耳に残る。
胸がきゅうっと締まって……視界の端が、熱くなる。
言葉が出ない。息も浅い。
ただ、黒瀬くんの目の奥に、自分が映っているのだけがわかる。
逃げたいのに、逃げたくない。
「……」
――ふと、彼の左手に目が移りました。
彼の手は、シーツの上……私たちの中心あたりに置かれてます。
(……だめ……そんなの、大胆すぎるよっ……)
……でも、目が離せませんでした。
手の大きさも、指の長さも、動かない静けさも、ぜんぶが黒瀬くんらしくて――見ているだけで、胸が痛くなる。
我慢しようって思うのに、欲望はどんどん大きくなっていく。
(……触れたら、どうなっちゃうんだろう……)
そう考えた瞬間――もう体が勝手に動いていました。
「っ……」
制服の袖が小さく揺れて、シーツを指先が渡っていく。
迷う時間なんてなくて……ほんの数センチの距離を、心臓の音だけを頼りに埋めた。
……〝ぴとっ〟。
(――あ、触れちゃった)
――。
手が触れた瞬間、頭の中が真っ白になります。
体の熱が一気に顔まで駆け上がって、喉の奥がぎゅっと詰まる感覚がする。
……彼の手は逃げませんでした。
そのまま、静かにそこにあって……私の指先を受け止めてくれた。
呼吸もわずかに重なった気がして、二人のあいだの空気がふっと……
(あったかい……)
自然に涙が出そうになります。
繋いだわけじゃなくて……ただ、重ねただけ。
それでも、全部つながったみたいに、心が安らいでいく。
――。
少しだけ、時間が止まっていたような気がしました。
何も言わないまま、互いの呼吸の音だけが続く。
その静けさが、私にはもったいないくらいの幸せで……もう少しだけ、このままでいたくなります。
……けれど、黒瀬くんが小さく息を吐きました。
「……そろそろ時間だな」
「……うん」
彼が、重ねていた指をそっと外します。
触れていた場所が少しだけ冷たくなって……幸せなのに、やっぱり少し寂しい気持ちになりました。
ベッドから静かに起き上がり、制服の裾を整えます。
視線を落とすと、シーツの皺が残っていて……それが、さっきの添い寝の証みたいに見えます。
いつも通り寂しいのに……なんでだろう、心が軽い。
胸の奥がじんわり温かくて、歩き出す足取りも自然と軽くなります。
病室の扉を開けながら、「また明日」と――いつもと同じ〝約束〟を交わす。
顔を背けたまま、小さく手を振って廊下へ出ました。
冷たい空気が肌に触れて、現実に引き戻される。
でも、その冷たさすら、今日は少し心地よく感じました。
――いま、私はあることを考えています。
(やっぱり、もう少し慣れるまでは控えめにしよう……)
彼のまっすぐな目は、とても心臓に悪い……そして、そこが一番好きです。
(~~っ、でも……でも……っ!!)
体の奥から熱が戻ってくる。上手に歩けなくて、私は俯いたまま顔を覆いました。
頬が熱くて、胸がくすぐったくて、息をするたびに黒瀬くんの顔が浮かびます。
(あんな距離で見つめ合うなんて、私にはまだ早かったよぉ……っ!!)
気づけば、足が勝手に速くなっていました。
病室を出て、病院の廊下を走り抜けながら……
彼との添い寝の刺激が強すぎて、ある意味トラウマになったのでした。




