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病室ラブコメは、俺をいじめてた美少女を膝に座らせるところから始まった。  作者: 創綴世 優


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13/20

13 微睡みの中で


 カーテンの裾をなでる空調の音で目が覚めた。

 瞼を開けると、白石の額が俺の胸のあたりに触れていた。


 白石の細い息が胸に当たって、服の生地越しにときどき熱を感じさせる。

 枕代わりにされた二の腕は少し痺れていて、かなりの時間こうしていたのを物語っている。

 

 ……どうやら、二人揃って眠ってしまっていたらしい。

 そういえば、白石はあのあと、勇気を出し切ったという顔で何もせずにそのまま俺を見つめたまま静かに寝落ちしていた。

 そのあとは、俺もしばらく白石の顔を眺めていて。気がつけば、俺も寝落ちていたらしい。


 ――それにしても、俺が寝る前は離れていたのに……起きたときにはここまで距離を詰められているのは、いったいなぜだろうか。

 この白石の熟睡具合を見ると、一回起きたとも思えない。

 しかし、無意識にこうなったというなら――それはそれで、もう驚くほかにない。


(……どっちにしろ、この顔を見てたら起こす気にはならないな)


 起こさないよう、ゆっくりと髪を撫でる。

 白石は眠ったまま静かに息を漏らして……無意識に、頭を擦り付けてくる。

 それがなんだかむず痒くて一度手を離そうとするが、その瞬間に確かに聞こえた不満げな息遣いに苦笑して――再度、髪に手を置いた。


 病室の静寂はしばらく続いた。

 それから五分ほど経ったころ、ようやく白石の起きる気配がして、俺は静かに手を離した。

 その感覚に、白石は少し身じろぎをすると、


「……んん……くろせ、くん……」


 そんな眠気に濡れた声と共に、少しずつ瞼を開いた。

 ゆっくりと開いた瞳が焦点を合わせるまでの間、白石は子どもみたいな顔でぼーっと俺を眺めていた。

 焦点が合ってもそのまま俺の顔を見つめていた白石は、やがて状況を思い出したのか、少しだけ頬が赤くなる。


「あれ……わたし、ねてた……?」


 まだ眠たそうな瞼をこすりながら、片目で俺を見上げる白石。


「うん。なかなか見事な熟睡っぷりだったな」


「う、うそ、恥ずかしい……ごめんね、せっかく時間作ってくれてるのに……」


「別に、これも時間の使い方の一つだろ。それにほら」


 俺がそう言って白石の頭を乗せた腕を持ち上げるように少しだけ動かすと、白石はここで初めて気づいたのか、頬がじんわりと赤くなっていく。


「えっ、あ、あれ……!? もしかしてこれ、私が……?」


「まあ、そうだろうな」


 俺が即答すると、白石は腕の上で恥ずかしそうに俯く。


「ご、ごめんなさい……そういえば私、夢の中で黒瀬くんにだっこされてたような……」


 白石が照れを隠すように口に手を添えながら、ぼんやりと覚えていた夢の内容を口にする。


 現実でこんなことになっている中、夢の中でそんなことをしていたらしい。


(……なるほど、それで近づいて腕に収まったわけか)


 欲張りにも程がある……なんて、思いつつも。

 同時に、それがあまりに白石らしくて、自然に頬が緩む。


「幸せそうでなにより」


「う、うん……しあわせです」


 素直な返事に、またもむず痒さを感じる。

 しかし、今の言葉は俺にとっても素直に嬉しいもので、また頬が緩む。


「ねえ、もしかして黒瀬くん、私の寝顔とか見た……??」


 ふと、白石が思い当たったようにそんな疑問を口にした。


「うん、見たけど。何か問題でもあるのか?」


 いつも通り、少しだけ意地を悪くして返事する。


「うぅ……私が後に寝れば黒瀬くんの寝顔見れたのに……私のばかぁ……」


 ……。


(……えっ、そっちか??)


 いつものパターンからして、寝顔を見られたことを真っ赤になって恥ずかしがるのかと思っていたのに……。

 まさかの全く違う反応が返ってきて、久しぶりに面食らってしまった。

 たまに白石の感情の方向性が分からないときがあって……まあ、それがまた面白いんだが。


「まあ、それはまた今度の機会だな」


 何気ない言葉で返すと、白石がなぜか目を見開き、興奮した様子で口を開いた。


「えっ!? ……それってつまり、また私と添い寝してくれるってこと??」


 ……しまった。

 元々天然気味で、しかもまだ寝起きだというのに……そういえば、こういうところだけは細かい部分まで拾ってくるやつだった。

 別にその可能性を否定するつもりもないが、わざわざ口に出して答えるのは避けたい類の追求だ。


 しかし、心にもないことを口にして傷つけることもしたくないので、嘘を吐くことも選択肢にはない。

 ……こうなったら、最終手段。ずっと頭の中にあったアレを使うしかない。


「……そういえば、櫛で髪梳かしてほしいんじゃなかったっけ。もうやらなくていいならやらな――」「良くないですおねがいしますっ!!!!!」


 ……案の定成功した。

 寝る少し前にそんな会話をしていたので、これは何かに使えると思って口に出さずにいたが、ここまで最適な使い道と最高のタイミングがやってくるとは夢にも思わなかった。

 そして、元々後でやってあげるつもりではあったのだが、言ったからには今がそのタイミングになった。


「はいはい、じゃあこっち来て」


 そっと白石の頭を腕から下ろして、いつものようにベッドに腰かける。

 続けて、隣のスペースをぽん、と叩く。


「~~~っ! あぅ……」


 白石は俺の行動を見て肩をびくんと震わせ、真っ赤になった。

 髪を梳かしてほしいと頼んできた時点で、そうなることは分かっていただろうに。

 しかもさっきまでこいつは、俺の腕の上に頭を乗せていたはずだ。


(なのにこっちはやっぱ照れるのか……)


 ……しかしまあ、願望があることと、実際にそれをする恥ずかしさはまた別の話だ。

 ましてや、白石は同じようなスキンシップを何回繰り返しても一向に慣れる気配がない。


「……うん、いく……」


 ――そして、どれだけ恥ずかしかろうが願望を優先するのも、また白石である。

 白石は覚悟を決めると、のそのそとベッドの上を移動して、そのまま俺のすぐ隣にちょこんと座った。

 真っ赤な耳が見える後ろ姿の白石が鞄の中を漁って、無言で櫛を手渡してくる。そしてすぐに、また背中を向ける。


「じっとしといて」


 白石が小さく頷く。

 俺はそれを確認して……ゆっくりと、櫛を当てた。


「んっ……くすぐったい……っ」


 白石から声が漏れる。

 髪を梳かすだけだというのに、こんな甘い声を出されても困る。


「静かにしてなさい」


 俺が言うと、白石は恥ずかしそうに顔を覆ったあと、


「む、無理かも……」


 ……とても正直に、そう答えた。

 しかし、言う通りにもしたいのか、白石は息を整えて背筋を伸ばす。


 ――。


 さらさらな後ろ髪の中に櫛を入れ、そのまま通していく。

 肩に落ちるさらさらの髪に、櫛の歯をそっと入れる。無理に根元から引かず、中間から毛先までを優しくほぐして、また上へ戻す。

 櫛が髪に通るたび、さらさらとかすかな音が聞こえて、肩の力が抜けていくのが分かる。


「…………♡」


 そのまま続けていると、なんだかとても強い衝動に駆られたので――梳かすのは続けながらも、その感情に従って頭を撫でる。


「……えへへ…………」


 幸せをそのまま声にしたような鈴の音と共に、小さく肩をすくめて、撫でる手にそっと頭を預けてくる。

 そのまま横髪に移り、同じように櫛を通して仕上げに入る。

 摩擦で崩れていた髪が綺麗に整って、満足した俺は――最後に一度、白石の頭にぽん、と手を置いた。


「終わったぞ」


「んっ…………ありがとう、とっても気持ちよかった…………♪

 ……んん、でも終わっちゃった……もっとしてほしかったな」


 名残惜しそうにそう言うと、甘えるように倒れ込んで体重を預けてくる白石。


「……これくらい、またしてやるから」


 俺の言葉を聞いた瞬間、白石が顔を上げ、表情がぱっと明るくなる。


「ほ、ほんと……!? やった……♪」


 ……なんどでも思うし、何度でも言う。


(ほんと、感情が忙しいやつだな……)


 そして、俺はそこが――。


 ……壁の時計が目に入った。

 短針と長針の位置が、あまり嬉しくない知らせを示していた。


「……もう帰る時間だな」


 白石が俺の言葉を聞いて、驚いた反応で時計を見る。


「えっもうそんな時間なの……!? ……ほんとだ……うぅ、寝ちゃったからだ……」


 少し落ち込む白石。

 しかし、それまでにたくさん嬉しいことがあったからか、それ以上ネガティブなことは言わず、思い出したように鞄を漁り始めた。

 そのまま四角い包みを取り出すと、俺に差し出してくる。


「こ、これ……渡すの遅くなっちゃったけど、今日の分のお弁当……。冷めても美味しい料理しか入れてないし、良かったら食べてほしいな…………あの、時間経ってて嫌だったら捨てちゃってもいいから」


 そう言った白石の声は、後半、明らかにトーンが落ちていた。

 時間が経ったものを食べさせるのは悪いと思ったから本心でこう言ったのだろうし、それと同時に、気持ちを込めて俺のために作った弁当を捨てられるなど考えたくないのだろう。

 だから、俺も本心をそのまま告げる。


「……馬鹿か、捨てるわけないだろ。このあとすぐに食べるよ、ありがとう」


 白石の表情が、霧が晴れたように明るくなっていく。

 それと一緒に、じっと熱のこもった視線を俺に向けて、


「大好き」


 そう、()()()()()()()()()呟いた。


 白石はそのまま、恥ずかしさを隠すように背を向けて病室の入口へと向かっていく。


「……あ、そうだ黒瀬くん」


 部屋から出る直前、白石が突然振り返った。


「ん?」


 ――。


「添い寝の話、忘れてないからね……?」


 湿度の高い、ジトッとした目線と声でそれだけを言い残すと、白石は今度こそ病室を後にした。

 ……。

 ――どうやら、誤魔化せていなかったらしい。


 なんだか、今日一日は。

 白石が色々と頑張った分、少しだけ負けたような気がした――

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