12 勇気をだして
白石が隣に座ってきてから数分が経った頃。
白石の様子がなんだか変だということに気づいた。
なんというか、やけにそわそわしている。
「……、……」
無言のまま、時々こっちをちらちらと見てくるだけ。
朝から二人で会えただとか、初めて私服で会うだとか、理由はたくさんあるだろう。
……しかし、今俺の隣でそわそわしているのは、もっと別の理由があるように見える。
そう、例えるなら……俺に何かされるのを待っている、みたいな。
(んー……)
隣に座る白石を観察してみる。
すると、その可能性はすぐに思い当たった。
……そういえば、今日の白石は、おしゃれな服装の中でさりげなく左の耳を髪から出していた。
そして今、白石は俺の右隣に座っている。つまり左耳をこっちに向けている状況だ。
(……さっき見た時も思ったけど、やっぱりそういうことか?)
よく見ると、耳が赤くなっている気もする。
これはあくまで予想でしかないが……この前のアレが忘れられなくて、もう一回してほしいというアピールなのかもしれない。
(……よし)
やるか少し迷ったが、よく考えたら俺が白石に遠慮する理由が一つもない。どうせ何しても喜ぶし。
それに、白石の心情を読み取れなかった記憶もない(体育着事件を除く)。
俺はそんなことを考えながら、白石の左耳を勢いよくつまんだ。
「ひゃあっ!?」
触った瞬間、白石の口から軽快な叫び声が上がる。
よほど驚いたのか、ベッドの上で一度、白石の肩がびくんと跳ねた。
案の定、その反応が面白くて、俺はそのまま指をずらして耳の内側を撫でていく。
「~~っ、うぅ~、ひゃあぁ……あ、あのっ……黒瀬くん……っ?」
「ん? なに」
反応を見て確信した俺は、そのまま触り続ける。
耳の後ろを撫でたり、縁をなぞったり、また表面に戻したり。
「な、なんでいきなり耳を……っ! ~っ、ひゃああぁっ!!」
「え、触って欲しそうだったし。違うの?」
「~~~~っ、ち、違わないけどぉ……っ、なっ、なんでわかるのぉ…………あっ、ひゃうぅ……っ!」
……やっぱりされたかったらしい。
「いや……うん。耳出してきた上にそっち側向けて座ってきたし、この前いじった時反応良かったし」
喋りながらも休まずに触り続ける。
白石が耳の感触に身をよじりながらも、耳をいじられている快感や羞恥とは別の意味で、さらに顔と耳が赤くなっていく。
「ううぅ~~~~っ」
既に限界、という様子の白石。
(…………)
それを見た俺はなんだか、さらにこいつをいじめたい気持ちになってしまった。
恥ずかしがりながらも抵抗は一切せず、耳をもてあそばれ続けて、余裕のない声を上げている白石の耳に――
息を、吹きかける。
「っひゃああああぁぁぁぁっっ!?!?」
病室の中に、白石の声が響き渡った。
☆★
「うぅ~…………またやられたよぉ…………」
ベッドに倒れ込み、真っ赤な顔で悶える白石。
「うん、ごめんさすがにやりすぎた」
……俺もさすがにここまで効くとは思っていなかったので、素直に謝る。
この病室は事情(計画に関係する)があり、個室である上にある程度は遮音性がある。
……とはいえ、さっきの声量ではさすがに漏れただろう。意図せず辱めてしまったことを含めた「ごめん」である。
しかし、俺の謝罪に、白石はぶんぶんと首を横に振って応えた。
「ち、違うもん……私がされたかったの……! ……うぅ、でも息はずるい……っ」
また思い出して悶える白石。
ふと俺は、あることに気づいて口を開く。
「……結局、髪崩れちゃったな」
先ほどは髪が崩れるからとベッドに寝転ばなかったのに、倒れたことで結局崩れてしまった。
頑張って準備してきたのを知っているので、そのことを考えると胸が痛んで、少し後悔する気持ちになりかけた。
……しかし、白石はこれにも首を横に振った。
「ううん、それはもういいの……ちゃんと見て褒めてくれたし、それ以上のものを得られたから」
本心を言っているだけなのだろうが、少しだけ重くなりかけた気持ちが、白石の言葉で軽くなる。
(……俺は俺で、こいつには敵わないな)
俺がそんなことを考えるなか、まだ心ここにあらずといった様子で、ぼーっとベッドに倒れている白石。
数秒が経って、白石が何かいいことを閃いたという表情で、こちらを上目遣いに見上げる。
「……あ。でも、私櫛持ってきてるから……黒瀬くんにあとで髪を梳いてほしいかも……なんて」
「……準備いいな。まあ今回は俺のせいだし仕方ないよな、いいよ」
「……ふふ、嘘つき。黒瀬くんは、そんなのなくたってやってくれるもん」
嬉しそうに微笑みながら、余計な一言を付け足してくる。
「……うるさいな」
なんだか、久しぶりに白石のペースにされてしまっている気がする。
「ねえ黒瀬くん……こっち来て……?」
さらに、白石は寝転がったまま俺の方に手を伸ばして、そんなことを言ってくる。
靴を脱ぎ、しっかり隣にスペースを開けて。
つまりこれは……一緒に横になってほしい、ということだろうか。
「……」
少しだけ考えて、すぐに答えは出た。
白石は今日、一睡もせずに朝から俺のために色々と頑張ってきた。
だから余計に甘えたい気分になってるだろうし、それくらいのご褒美はあってもいいだろう。
……というか、そもそも嫌じゃない。
「はいはい、わかったよ」
少し遅い返事をして、ごろん、と白石の前に寝転ぶ。
白石は嬉しそうに「ふふ」と声を漏らして、そのまま俺の顔をじっと見つめた。
(……あ)
ここまで顔が近づいて、初めて気づく。
顔から耳まで真っ赤になった白石は、小さくふるふると震えていた。
俺をまっすぐに見つめる瞳は潤んでいて、隠すつもりのない気持ちが伝わってくる。
……どうやら、さっきからのアプローチは、相当勇気を出していたのに無理してそれを隠していただけだったらしい。
ああ、まったく――本当に、こいつは。
「お前って本当に可愛いよな」
ただ、思ったことをそのまま伝える。
白石の顔がさらに紅潮し、全身の熱が上がる。
さらに潤んでいく瞳から、白石のキャパはとっくに限界だということがよくわかる。
けれど、白石はそのまま目をそらさず。
まっすぐに俺の瞳を捉えて、
「大好き」
――ただ、震える声でそう呟いた。