11 私服の朝
カーテンの隙間から白い光が差し込んでいた。
聞き覚えのある足音がこちらに近づいてきて、俺は閉じていた瞼を開いた。
間髪を入れずに、ノックの音がひとつ鳴る。
そのまま勢いよく扉が開くと、そこには見慣れない格好をした白石がいた。
「はぁ、はぁ……おはよ、黒瀬くん……っ! 急いで準備してきたけど、色々やってたら思ったより遅くなっちゃった……」
いつも通り息を切らしながら入室する白石。
白石は遅くなったと言ったが、現在の時刻は午前九時半だ。
これ以上早く来るつもりだったとなると、いったい元は何時の予定だったのだろうか。
「おはよう。ところでノックの意味って知ってるか?」
「あっ、ごめんなさい!! あの、今日はいつも以上に会うのが楽しみだったからつい……」
白石が恥ずかしそうに言う。
……まあ、それは本当のことだろう。
今日の白石は制服ではない。白いニットセーターにアイボリー色の長袖カーディガンを羽織って、膝丈の黒いフレアスカートを履いている。萌え袖になっているのも相まって、まさに「可愛い」ど真ん中のスタイルになっている。
白石は元が清楚系の整った顔立ちで女の子らしい容姿をしているので、実際、今日の服装はよく似合っていると思う。
それに、髪はいつもより丁寧に梳かれていて、なにより左耳の前だけ少し出しているのが……。昨日のことを考えると、いじらしく思えてたまらない。
予想はしていたが、相当気合を入れて準備してきたのが一目見ただけでわかる。
「あ、あの……あんまり見ないで、恥ずかしいから……」
俺の視線に気づき、顔を赤くしてもじもじする白石。
「無理」
即答する。
朝早く起きてまで今日のためにおしゃれしてきたのに、俺が見ないのでは意味がない。
俺はむしろ視線を強め、全身を上から下へ流れるようにじっと眺めていく。
「あぅぅ…………じゃあ、もっと見て……?」
顔をさらに赤らめるも、嬉しいのか、開き直ってむしろ近づいてくる白石。
「私服似合ってるな。それ、いつも着てる服?」
白石の顔が、今日一番に赤くなる。
「に、にあっ……!? えっ、あの……う、うぅ……ありがとう……♡
あっ、あのね、これは初めて着る服で……こんな時のために頑張って選んで、ずっとクローゼットに仕舞ってあったやつなの……昨日の夜寝るまでずっと何着ていくか考えてたら眠れなくて……あぁ、でもこれにして良かった……♡」
顔の熱を隠すように手のひらで両頬を覆って礼を言う白石。……かと思えば、興奮気味に昨日のことを話してくれた。
(まあ、嬉しそうなのはいいんだけど……)
こんな時間に来たから、薄々寝不足なんじゃないかとは思っていた。
しかし、まさか無睡で来たとは……。
「お前徹夜で来たのか……さすがに眠いだろ、大丈夫か?」
「えっ? あ、うん、たしかに寝てないけど……私、今死ぬほど元気だからぜんぜん大丈夫だよ……♡」
熱で浮かされたような表情のまま、体をふりふりと揺らして答える白石。
……様子を見るに、これは誇張でもなんでもない。
よく見たところで肌ツヤもいいし、クマも一切ない。
感情が大きくて、それを軸に生きてる人間っていうのは凄いんだな……と、素直に感心するほかない。
「……ま、ならいいけど。寝不足なら少し寝ていくかって提案しようと思っただけだ」
……言った瞬間、白石の表情が変わる。
「えっ⁉ ちょ、ちょっと待って……私やっぱり寝不足かも、急に眠くなってきた…………」
そう言うと、ふらふらしたような小芝居と共にベッドに近づいてくる白石。
(……え、これ本当にバレないと思ってやってる?)
そうだとしたら、どんな面白生物なんだこいつは。
ただ、本当は眠くないからといって、ベッドに寝かせるのがダメというわけでないが、そうなるといくつか問題がある。
「横になったらせっかく頑張って選んだ服がシワになるし、その固めてきたであろう前髪とかも崩れるぞ」
白石がはっとした顔をして、徐々に残念そうな顔へと変わっていく。
「あ、そっか……うぅ、確かに……服も髪も頑張ったからあんまり崩したくないかも……」
しゅんとしてしまった白石は、そのままベッドの前の椅子に腰を掛けた。
しかし、白石の顔を見るとそこまで本格的に落ち込んだ様子には見えない。
そのことを少し意外に思っていると、白石は小声で、
「……前髪のことまで気づいてくれたんだ……。これって、私のことよく見てくれてるってことだよね……、えへっ」
なんてことを呟いた。
……なるほど、それでちょっと機嫌が良かったわけか。
内容はほんとのことなので、特に否定するようなことではない。が、普通に気恥ずかしいので、ここは聞こえなかったことにする。
俺が黙っていると、白石が椅子から立ち上がってそのままベッドに座ってくる。
そのまま、慣れた距離感で頭を肩に寄せてきて、
「いつか、黒瀬くんの私服姿も見たいな……」
そんな白石の呟きが耳に届く。
静かな病室の中を温かい空気だけが覆っていくなか、時刻はようやく十時を回るところだった。