第八章「花は戻りて」
大正三年水無月の大安に、私は伊集院家に嫁いでいきました。
総子さんは「ヨネも伴なわせてはどうか」とおっしゃいましたが、私はそれを拒みました。決して自分に厳しかった訳ではありません。ただ藤宮の家に、実母・百合江のいた証を残しておきたかったのです。総子さんは「そうですか」と、相変わらず感情を表に出さずに一言おっしゃいましたが、その後小さく「貴女ももう大人になったのですものね」と呟きました。
「おかあさま…」
「貴女のお義母様は伊集院家にいらっしゃいます。私は今日からはただの女です。…いいえ、慰めは不要です」
「…では、総子さん」
私がそう呼び留めますと、総子さんは驚いてもう一度私を見遣りました。私は今まで無理に「お継母様」と呼んでいたよりも、素直にお名前でお呼びした方がどこか落ち着く思いがしました。
総子さんはきっと最初から〝お継母さま〟ではなかったのです。私にとっては憧れにも似た年上の女性だったのでしょう。その方が私を〝大人になった〟と仰ったのです。私はとても嬉しかったのです。他の誰でもなく、総子さんの口から聞いたからこそ私の心に大きく響いたのです。
「ありがとう…ございました」
私が腰を折りますと、総子さんは少し切なげな目線で私を見つめてから、何も言わずにご自分のお部屋へと戻って行きました。
あとから聞いた話では、総子さんは自室で声を押し殺して泣いていたそうです。
天涯孤独…鈴なりになって咲く花には決して分からぬその心。総子さんにとっても、私は継子とはまた違ったものだったのでしょう。
婚礼の日、私は実母が召していた白無垢で身を飾りました。父やヨネはそれをどう御覧になったのでしょうか。かつては嫁いできたものをこうして見送ることに、ヨネは小さく「長生きはするものじゃありません」と呟きました。
私より少し背の低いヨネの姿は、綿帽子の影から常に覘きます。ヨネは私にとって、母とも祖母とも違う存在でした。彼女の目線が絶えず伏してあったのは、その目が涙に赤くなっていることを隠すためだったのでしょう。
私はそんなヨネの手を、別れ際にそっととりました。相変わらず暖かく、そして沢山のしわが刻まれた愛しい手。
それはこんなにも小さなものだったでしょうか。
「お嬢様、末永くお幸せに」
「ヨネ…」
とうとう手は離れ、私は輿入れの籠に乗り入れました。そして小さな窓からなおも振り返ります。ヨネはいつものように深々と腰を折りました。一度だに顔を上げず門前に立って小さくなっていくそんなヨネの姿に、私は籠の中でも何度も涙を拭ったのでした。
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伊集院家は最初こそ辛いものに感じましたが、それもほんの一時のことで、幼いころから男兄弟のなかにあったお義母様も、初めての女性の家族に次第に私を本当の娘のように思ってくださるようになりました。
椿は依然武家にとっては不吉な花。
けれど明治十年に西南戦争が終結して以来、内戦の鎮まった世相に、それも薄れつつある概念なのでしょう。未だその庭に椿の花はあらずも、私が輿入れしてからというもの、お義母様が頻繁に椿油をお使いになっていることが、大変に嬉しく感じられました。
祥助様はそんなお義母様を見て口元に微笑みを浮かべながら、「母もあれで繊細ですから、素直に気持ちを伝えることが出来ないのですよ」とおっしゃるのです。
よもやあの日の庭で聞いた会話を、互いに忘れた訳ではありませんでした。だからこそ一線を引くものも、分かち合えるものも共にあったのです。
真に穏やかな、安寧の日々。
かつて泣き出したあの帰り道で、良太郎さんが「大丈夫ですよ」と言って下さったことが、幸せの内に脳裏をよぎります。
七枝屋は私が嫁いだ後も、変わらずに藤宮の庭を整えておりましたが、旧家へ里帰り出来ぬうちは道すがらお姿を遠くから拝見するだけでした。しかしそれで良かったのです。自由に咲く花を愛でる良太郎さんがまた、自由にのびのびと過ごしていらっしゃることが、私にとっての幸せでもあったのです。
ずっとこの時が続けば良いのにと、心底願いました。
しかし…
「戦…ですか?」
ある日お勤めからお帰りになった祥助様が、私に声を潜ませておっしゃいました。この太平の世にあって随分久しく聞かなかった言葉。私は祥助様から受け取った上着を持ったまま、動きを止めて尋ね返しました。
「そうは言っても外国での話だけどもね。そこに我が国も関与していきそうな風潮なのだよ。」
「祥助様も…戦場へ赴くのですか…?」
「いや、それは分からない。だが省が指揮をとることになるだろうから、帰れない日もあるかもしれない。すまないが、堪忍しておくれ」
そう言われて私は事情をよく知らぬまま、ただ「はい」と頷きました。
それは同年文月の、俗に言う第一次世界大戦。
それを聞いたのが、葉月の終わりのこの日のことでございました。
そしてそれから程なくして、道々で時折お見かけすることのあった良太郎さんの姿を、とんと見ぬようになったのでした。
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秋の草花が奥ゆかしく咲いて虫の声が満月に映える夜も、霜がおりる凍える夜も、この年ばかりは独りで過ごすことが多うございました。
祥助様はご自身がおっしゃったように、お勤めで省からお帰りにならないこともあり、お会いするたび心労の重なっていくご様子に心配が募る毎日でした。祥助様はそれでも毅然としていらして、私に疲れを見せぬように配慮してくださってはいるのです。けれどそのお心遣いも胸を痛めるものならば、いっそお疲れの具合を全て知ってしまって癒して差し上げたいと、よく思ったものでした。
私は庭に立って、小さな木を見つめました。輿入れの際に植樹した梅の若木は、この冬花を付けるでしょうか。もしこの梅の咲いたなら、その芳しい香りが祥助様のお心を和ませるでしょうに。
私はそれをひたすら願っておりました。
「椿さん、お体に障りますよ」
不意に縁側からお義母様にそうお声を掛けられて、私は振り向き腹部に手を充てました。
私には既に祥助様との子が宿っておりました。
十月十日、それに違わず生まれてくるなら、ちょうど桜の咲く頃になりましょうか。特有の体調不良は随分成りを潜めていましたから、私はよく庭に出ておりました。いずこであろうと、庭に寄せる思いは良太郎さんに繋がるものでしたから、私の最も落ち着く場所だったのです。
「お心遣いありがとうございます、お義母様。けれど体は随分楽なのです」
「あぁ…それでも師走の冷たい風は体に毒ですよ。お上がりなさいな」
私はそのお言葉に素直に「はい」と頷いて、縁側へ上がりました。するとその直後にお義母様は何かに気がついて、「あ」と私に振り返りました。
「そういえば椿さん、里帰りはいつなさるの?大晦日から年明けは大変に忙しいものですから、この師走の早い時期に一度お帰りになってはいかがかしら?」
そう言われて私が答えにあぐねていますと、お義母様は「これからますます身重になるのだし、今のうちにお父上にお会いするべきですよ」と付け加えました。確かにこれ以上日を重ねては、旧家へ帰るのも至難の業。父や総子さん、とりわけヨネに、この身に宿った幸せを見せたいものでもありました。
「祥助さんには私からお伝えしますよ。あの人も貴女の体を気遣ってやみませんから、一度旧家に帰って心落ち着けてくるのだと知れば、いくばくか安心するでしょうし」
「そうですね…。それではお言葉に甘えます」
私はお義母様のお心遣いを受け入れて、ほぼ二つ返事にうなずきました。お義母様の仰るお言葉に、私の脳裏には祥助様のお顔が浮かびました。あちらにもこちらにも気遣ってしまう祥助様のご心労は、きっと大変なものでしょう。
私はその夜、早速文をしたためました。旧家へは数日の内に帰省する旨を一通、そして不在の祥助様にも同様に一通。どうぞ私をそのご心配の荷車から、一度下してくださいな、と。
年も暮れかかる師走の寒さは、他のどの月にもましてひどく身に染みます。
私は両家の承諾を得て、かつては見慣れていた道を人力車に乗って見ておりました。この道は女学校から帰る道。結婚と同時に去った女学校は、今はどのようになったことでしょう。尤も当時既に複数の学友に見合いの話がありましたから、もう幾人かは私と同じように女学校を去ったのかもしれません。
懐かしい道、懐かしい胸の痛み、懐かしい笑顔。
あぁ…あの方は…良太郎さんは、今頃どうしているというのでしょうか。
毎日祥助様のお具合もさることながら、私は姿の見えない良太郎さんも気掛かりでなりませんでした。無論祥助様にそれを問うことは、大変に致しかねるもの。
それでも祥助様には私の思うところがお分かりになったのでしょう。庭の木を見上げていた私にそっと、「巷の若者が戦場に赴きました。今は南洋の島々か、中華民国の一端か。けれどいずれ戻りましょう。」と、一般には知られぬところを教えてくださいました。
未だ戻れぬのでしょうか。尚も外国での戦は続くのでしょうか。
年が明ければすぐに春になって、花は再び咲き誇ります。私にもちゃんと春の訪れの予感がありますのに、花が一輪足りないだけで満開になどなれぬのです。
「奥様、着きましてございます」
ややあって車は藤宮の門前で止まりました。私は腹部を庇いながら、前傾になった車から踏み台を使って降りました。家を離れてまだ半年というのに、その門前のなんと懐かしいことでしょう。時間を見計らって迎えてくれたヨネの変わらぬ姿に、私は彼女の手を強く握りました。
「お嬢様、その後お幸せのこととお喜び申し上げます」
「ありがとう、ヨネ」
私はその言葉に再び腹部に手を宛てがいました。今や幸せは目に見えるものとなって、近いうちに生まれいでるのです。愛しい方との間にこうして結晶ができたことに、私は女の幸せを噛み締めておりました。
「では奥様、明後日にお迎えに上がります」
「えぇ、お願いします」
そうしてぺこりと頭を下げた車屋を見送って、私はヨネとともに懐かしい旧家の門をくぐりました。
庭は金木犀の残り香も消えて、既に冬の様相でした。常緑樹だけが寂しげにくすんだ緑色を見せています。間もなく椿と、それから梅と。あれから一年が経つのだと思うと、胸中は大変に感慨深いものでした。
「お嬢様、本日はちょうど庭の冬支度の日でございます」
不意にヨネはほつりと口にしました。私は瞬時にそれと察して、大きく脈打ったのを感じました。
「で…では、あの方が…?」
そう尋ね返しますと、ヨネは目線を落としてから庭の一角を指し示しました。見慣れて懐かしい「七」の文字、少し前掲姿勢の後ろ姿は、未だ健在の七枝屋の老頭領でした。私はそれでも引かれるように小走りで向かいました。
七枝屋の頭領ならば何かご存知でいるのではと、心が急かしていたのです。
「頭領」
私の呼び掛けに、頭領は筵を巻いていた手を止めて振り返ります。
「や、これは椿お嬢さん。随分ご無沙汰で」
そして深々と頭を下げてから、私の体の様子に「恙無くお幸せのようで、何よりでさ」と付け加えました。
「変わらず藤宮の庭を手入れして頂いてありがとうございます。…その後はいかがですか?」
「なに、大分アタシも年が辛くなりましてな。アタシにゃここが最後の仕事場になりやしょう」
「……良太郎さんは、どうしておいでですか…?」
私は控え目に問いかけました。
本当はその答えを知ってはいたのです。未だ戻らぬ優しい人、今頃どこになど誰も知る由もないのに。
頭領はふっと小さく溜息を交えますと、そのまま私に背を向けてもう一度木に直りました。
「あいつぁまだ出掛けたまま戻らねぇんで。師走は正月飾りの準備で忙しいから、それまでには必ず戻れと念は押したんですがね」
そして微かにその肩を震わせて、「まったくあいつぁ間の抜けてるのがいけねぇ」とおっしゃいました。私はそれ以上何も言うことができませんでした。
あぁ…どうかあの方の無事に戻らんことを。
そうしてぎゅっと固く瞼を閉じました。その中を柔らかく微笑んで振り返る良太郎さんの姿がよぎります。
「大丈夫ですよ」…今最も聞きたいその言葉を、私は胸が痛くなるほどに強く願うしかなかったのでした。
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年が明けて睦月、正月休みもそこそこに、祥助様はひどく忙しくお勤めに出掛けておりました。幸いだったのは、そのお仕事がこたびの戦を終結させるためのもので、中華民国へ出す箇条を取り纏めているものだということでした。明治の内戦を知らぬ私には、この戦は大変に長く辛いものでございました。祥助様のおっしゃる箇条で戦が終わったなら、駆り出された若者たちも帰ってくることでしょう。
私はその中に良太郎さんの姿があることを、幾度も瞼の裏に描きました。そして想像してみるのです。「どうも帰り道に手間取ったんでさ、お嬢さん」と、あっけらかんとした憎めぬ笑顔を浮かべることや、新春の日差しに茶色いざんぎり頭が揺れることを。
子を宿した体は日毎重くなり、腹帯でさえ窮屈に感じます。私は自室で椅子に腰掛け、繕い物をしておりました。その一目一目が我が子のためであり、人形に着せられそうなほど小さなべべに我が子を思い浮かべるのでした。
まことに人を思う心とは、尽きることを知りません。こうしてまだ会わざる我が子さえ愛しく思うなら、一目お会いした方へのそれは比べものにならぬもの。そして会えずにいる時間が長ければ長いほど、募っていくものなのです。
私の心に募ったものは、不動の山にすら等しく感じられます。しかしそれは一種の恋愛感情とはまったく異なるものでした。会えば思わぬものを、会えねば考えてしまうもの。もしこれが良太郎さんと祥助様とが逆であっても、きっと同じことだったのでしょう。
ただ偏に無事を祈って、再び相まみえることを願う日々。
誰もが等しく感じるであろう虚無感を、私はこの時抱えていたのです。
「奥様」
不意に年若い女中に呼ばれ、私はぼんやりと手を止めていたことに気がつきました。
結婚して尚、深く物思いに耽ってしまうところは変えられませんでした。それでも祥助様が「そんなところも良いと思います」と受け入れて下さったことが、また一つ私を支えてくださっていたのです。私はこうしてぼんやりとしてしまう度に祥助様のお言葉を思い起こして、ほんの少しの自己嫌悪と、胸いっぱいに広がる幸福を思うのでした。
「はい、どうしました?」
私が振り返って尋ね返しますと、女中は怖ず怖ずと縁側から顔を覗かせました。
「あの…門前にお客様がお見えになっていらっしゃいます」
「まぁ…それは困ったわ。祥助様はまだお帰りにならないようですし…」
ちょうど昨日省から遣いが遣されて、祥助様のお言付けを聞いたばかりだったのです。祥助様がお勤めに出た睦月の十日から、今日で三日が経ちます。「自分が帰らぬうちは、世を太平へ向かわせているということですから、身重の体に心労を重ねぬよう」、それが祥助様との約束でした。
しかし女中は僅かに首を横に振って言うのです。
「いえ、それが奥様宛てのお客様なのです」
「私に…?」
よもやすぐにそれと思い当たる節はなく、私は小首を傾げました。藤宮からの遣いでしょうか。けれど、このように何の前触れもなく訪れてくるとは思えません。
「一体どなたなのですか?」
私は一瞬の思考すら歯痒く、すぐに尋ねました。
「はい、それが単身痩躯の職人らしき男性でして、奥様にお返ししなければならないものをお持ちしたとか。…これをお預かりしました」
そう差し出されたものを見て、私の鼓動は大きく高鳴りました。それは小さな苗木、頼りない枝に一輪咲かせた椿の花。
この椿もきっと咲きます。
そんな懐かしい言葉が頭をよぎります。
「そ、その方はまだいらっしゃる?!」
私があまりに高ぶってそう聞いたので、女中はひどく驚きながら「は…はい」と頷きました。私は女中から椿の苗木を受け取って胸に抱きますと、重い腹部を気遣いつつ門前へ小走りで向かいました。
分かっています…分かっているのです。
この時をどれほど待ったことでしょう。
もはや目に浮かぶあの方の笑顔が、真の記憶のものなのか、何度も想像したものなのか区別が付かぬほど、沢山浮かんできます。涙がじわじわと滲んで目の前を霞めていくことが、ひどく煩わしくも感じられるほどなのです。私は玄関まで至りますと、置いてあった草履をつっかけて、そのまま庭を走り抜けました。
空は明るく清々しい新鮮な空気…けれど、私はそれを一度も感じることもありませんでした。はたしてこの時に呼吸をしていたのかどうかすら疑わしく思えてきます。私の心にはただ一つ、あの頃を思わせる甘い痛みがあったのです。
「良太郎さん…!」
私は今にも泣き出しそうな顔で、門から出てすぐに名を呼びました。そこには見慣れた植木職人の羽織を着て、塀越しに庭の木々を見上げている一人の男性の姿がありました。
そうして振り返る柔和な笑顔、少し痩せて、落ちない汚れのついた頬。それでどうして見間違えることがありましょう。その色素の薄い猫っ毛が、想像通りに新春の光に輝いているのです。
「どうもお久しぶりです。帰り道に手間取ったんでさ、お嬢さん」
何度も頭に描いたのと同じ言葉のあとに、良太郎さんは「遅くなりましたけどお約束通り、椿の枝をお返しに来やした」と、すっかり開花してしまった苗木に苦笑しながらおっしゃいました。私はそのお言葉にポロポロと零れだした涙を何度も拭うと、顔をあげて良太郎さんをまっすぐに見つめます。
「いいえ、花が咲くのがずっと楽しみでした」
そうして互いに微笑みかける、大正四年の睦月のこの日、胸元の椿の花が風に揺れておりました。