09
「なんか不公平じゃね? 隣同士になれたり仲良くできていてさ」
「だけどこはくはおかしくなっちゃったから」
「あんなところから見ているのはそのせいって言いたいのか? わたしからすれば贅沢者としか思えないけど」
「こはくならちゃんと相手をしてくれるよ」
「や、そういう心配をしているんじゃないんだよ」
こはくが自覚? してからは沙織ばかりと楽しそうにしているのだからなにが不公平なのかがわからない。
これならまだなんにもないときの方がよかった、すぐに慌ててしまって逃げられていては会話どころではないからだ。
だから正直贅沢なのは彼女の方だった。
「とりあえずこはくを連れてこよう、この差には走らないとやっていられないから」
「うん」
この前からそうだけど内の複雑なそれをなんとかするために走るようになっていた。
自分だけではないと知ることができていいものの、これでいいのかと考える自分もいる、だって発散させるなら他にも方法は沢山あるだろうからだ。
怒っている状態ならわかりやすく冷静ではないし、慎重でもなくなるからトラブルが起きて~なんてことになる可能性が高い。
「赤信号だな、止ま――うわあ!?」
「ご、ごめんなさいっ」
「い、いや、わたしも大袈裟に驚きすぎた」
特にこはくが駄目だ、けど、これは僕が離れればすぐに解決することだからそう難しくはなかった。
完全に離れても気にすることはわかっているから十メートルぐらい離れて付いていく、走る時間はそう長くないから終わりの時間はすぐにやってくる。
「な、なんか今日はいつも以上に疲れたぜ」
「私のせいですよね……」
「別にそんなことを言うつもりはないぞ。でも、わたしはもう帰るよ」
またこれだ、自ら進んで距離を作っていたら差ができて当然だ。
走ってもなにもすっきりしないならもうやめてしまった方がいい、少なくともこちらが参加する理由はなくなってきた。
「もうこれでやめにするよ」
「え」
「あ、こはくと沙織が走りたいなら続ければいいんだよ? だけどいつの間にか内のそれをなんとかするために走るようになっていて気持ちよくないんだよ」
「ああ……」
「帰ろ」
こはくをお家まで送って帰ろうとしたら「ま、待ってください」と呼び止められた。
「なんとかしたいんです、このままだと楽しむどころか苦しいことばかりですから」
「でも、僕はなにも変わっていないからね」
「そうです、悪いのは私です、だからこの曖昧な状態からなんとかしたいんです」
真面目な顔なのはいいけど……。
「そもそもこはくはなんで慌てちゃうの? 仮に僕がのことが気になっているんだとしてもライバル的存在がいるわけじゃないのに」
沙織だって仲良くしたがっているのはこはくだ、僕には二人しかいないのだからフリーということになる。
「好きだからです、そして好きな子がすぐ近くにいるんですよ? 落ち着かないですよ」
「でも、進んで距離を作って正直に言ってアホとしか言いようがないよ」
「好きな子ができたら積極的にアピールをするだけですよ、好きなのに嘘を重ねていたら馬鹿じゃないですか」と言っていた彼女はどこにいってしまったのか。
しかも相手は僕だ、昔から知っていてよくくっついたりしていたのになにを恥ずかしがっているのかという話だ。
「あ、アホは酷いですよ……」
「好きならくっついておけばいいでしょ、逆に好きでもないときにあれだけくっついていたことがすごいよ」
ほぼ初対面の頃からそうだった、特に手はお気に入りのようで手を繋いで歩くことが多かった。
別にそれが嫌だったわけではないけどよく知らないときにできて知っているいまできないのはおかしいとしか言いようがない。
「べ、べたべた触れてきたような言い方をしないでください」
「だってすぐに頭を撫でたり抱いたりしてきたんだよ?」
「そ、それはほら、あなたを安心させてあげたかったからですよ」
「ならいまそれをしてよ、前のこはくの方がよかった」
もやもやというか微妙な状態だからいますぐにそうやってなんとかしてほしい。
それでもできないならこっちからくっつくだけだ、このことで彼女が慌てることはなかった。
「うっ……そ、そうですよね、だけどこの気持ちは捨てたくありません。なので!」
「で、でかあ……」
ただ、違うことで耳に大ダメージを与えてくれたけど……。
「あ、ごめんなさい。とにかくこのままあなたを連れ帰りますね、汗もかいていますからとりあえずシャワーを浴びましょう」
「うん」
そうだ、走ることよりも美味しい食べ物を食べたりお風呂に入った方がよっぽどすっきりできる。
あと、学校でなければ少し落ち着いてくれるからそこはよかった、こちらからくっついていても特に変わらなかった。
柔らかくて大きいことであっという間に寝ることができた、寝すぎてしまうのはいつもの癖だ。
「そろそろ帰らないと」
「送ります」
「うん、じゃなくてもう正直に言っちゃえばいいと思うよ」
はっきりすればすぐに変わる、関係が変わってしまえば彼女だって気もちよく過ごせるようになるのだ。
「でも、いい雰囲気のときにするのが……はい」
「この帰り際にぶつけちゃうのもいいと思うよ、そうすれば僕がここに残るかも」
ではなく、告白をされたなら間違いなく残る。
なんなら十九時の約束も破ってお泊まりだってしてしまうぐらいだ、それぐらい大きなことだ。
「それなら泊まりにいきますけどね」
「まあ、どっちでもいいけど慌てるところとそうじゃないところの違いがわからないよ」
くっついたままでいたら離れるタイミングを見失ってしまった。
だから告白でもなんでもいいから動かしてもらいたいたかった。
「ゆき、走ろうぜ」
「あーこはくから聞いたと思うけど――」
「いや、ゆきがいてくれないと嫌なんだ」
「わ、わかった」
折られるとかそういう心配をしているわけではないけど腕を掴まれてしまえば拒むのは無理だった。
ゆっくり合わせて走っていると「わがままを言って悪かったな」と謝られて首を振る。
「我慢するとかじゃなくて反省したんだ、だからこれからも参加してくれよ」
「鍛えるためじゃなくてすっきりさせたいために走っている気がして嫌だったんだ」
「ああ、聞いた」
「すっきりさせたいならご飯を食べたりお風呂に入ったりした方が効果がいいからね、でも、そのためだけに走ることにならなければいいんだよ」
酷くなければまた走っていくだけだ。
大体一時間という緩い条件の中で走っていく、これでも動かない人と比べてなら長く頑張れていると思う。
「おう、頼むわ」
「それにほら、こはくだってもう戻ってくれたからね」
後ろを見たら気が付いたこはくが手を振ってくれたから振り返した。
教室でも普通に戻ってくれたからなにも不満はない、これまで通り一緒に過ごしていくだけだ。
「も、戻っているのか? いまだっているけどあんなに距離を作っているんだぞ?」
「目標物があった方が走りやすいんじゃないかな」
呼べばすぐに来てくれる、実際にそうしてみたらもう横まで来てくれた。
「それに告白をしたわけじゃないって話だし……」
「僕からすれば逃げられないだけで満足だよ」
「それと意外だったのはゆきが求める側じゃないってことだよな」
「ん? 僕が求めているよ?」
慌ててしまっていたのは僕のせいでもあると気が付いて反省をしたのだ。
だから適当にはしない、待ったりもしない。
雰囲気なんて二人で一緒にいれば自然と柔らかいものに変わっていくからこの後するつもりでいた。
「よし、今日も走れたな――ん? わたしの腕を掴んでどうしたんだ?」
「沙織さんもいてください、このまま解散になったら危険です」
怯えているまでは言いすぎだけどこういう顔になることは増えた。
でも、なにも怖くない、沙織が帰ってしまっても特に
「まーだそんなことを言っているのかよ、悪かったって、別に不公平とかもう言わないからさ」
「ち、違います、このまま二人きりになるとゆきさんが……」
あれ、あっさりバレてしまっているみたい。
まあ、それならそれでこはくだって心の準備がしやすいだろうから唐突にやるよりはいいはずだ。
「動くってことか? あー確かにこはくが動くよりは簡単に想像できるよ」
「だから――」
「でも、駄目だ、わたしは早く二人に元に戻ってもらいたいからな。ということで今日もありがとよ、じゃあなっ」
「ばいばい」
さて、あんまり時間をかけても無駄に慌てさせてしまうだけだから動こう。
それでもとりあえずは荷物を回収するために彼女のお家へ、もちろんそこから当たり前のように家まで連れていく。
「こはくのことが好きだよ」
「なんで玄関でなんですか……」
「お部屋ですると流石に恥ずかしくなりそうだったから、それに早い方がいいと思ってね」
「うぅ、どっちにしてもゆきさんは意地悪です……」
意地悪でもなんでもこれで彼女からすれば簡単になった、後は受け入れるか断るかというだけでしかない。
ここまできたら急かすことにしかならないから冷たくて甘いジュースを持ってきて飲んでもらうことにした。
いまはまだ母も姉もいないけど途中で中断になるのは嫌なのでお部屋に連れていく、圧をかけないようにベッドにでも座って読書でもしていればいい。
「ふふ、これはやっぱり何度読んでも面白い――あ、なんで取るの?」
「聞いてほしいからです」
「わかった」
しっかり片付けてから彼女に意識を向ける、すると先程までのあれはなんだったのかと言いたくなるぐらいにはあっさりと「受け入れます」と答えてくれた。
「ありがと、受け入れてもらえてよかった」
「ただ、逆になっていることが気になります」
「ちょっと調子に乗っちゃっていたことを反省したんだ、昔からこはくがいてくれたんだからこれが自然だよ」
これが目的ではなかったけど姉にちくりと言葉で刺されることもなくなる、母からは「結局動いてもらったの?」なんて言われることもなくなるからいい。
「だ、だから抱きしめるんですか? 汗だってかいているんですよ?」
「大丈夫だよ、僕好みのいい匂いだから」
「ふぅ、お風呂に入らせてもらっていいですか? 奇麗な体で改めてこちらから抱きしめたいです」
「じゃあ一緒に入ろ」
「わかりました」
お風呂の時間は至って平和だった、出たときの方が丁度姉が帰ってきた時間で少し騒がしくなった。
「よかったです、これでもっと慌てずに済むようになりますね」
「でも、何回もちらちら見てくるからそれは気になるかな」
反応してあげたいけど先生が近くにいるときは難しい、でも、ちゃんと見てあげればにっこり柔らかい笑みを浮かべてくれるからいい。
ただ、自分が前々から好きでずっとこの状態だったならもやもやしていただろうからいまだからこそ楽しめる席だと言える。
「だって気になりますから、それにすぐに気づいて笑いかけてくれるからゆきさんはいいんですよ」
「だって横を向いたらこはくの顔が見えるんだよ? 前だったらありえないことだから嬉しいんだよ」
「もう、だからそういうところですよ」
とにかく、すぐに動いてよかったとしか言いようがなかった。