08
「奇麗ですね」
「うん、青一色だね」
今日は海に来ていた。
水着に着替えて遊んでいた僕達だけど、ある程度のところでやめて日陰に座って眺めていた。
「去年の夏は一人向こうの土地にいたので寂しかったです」
「はは、何枚も写真を撮って送ってきたのにそれは嘘だよね」
どかんと彼女だけが写った写真というわけではなかったものの、それでも物凄く楽しそうな笑みを浮かべていたから少し信じられない。
本当に寂しい人間はあんなにいい笑みを浮かべられない、笑えたとしてもどこか無理をしているような感じが伝わってくるものだ。
最近で言えば沙織のそれがわかりやすいと思う。
「う、嘘ではありません、だって三日はあなたに会えなかったんですよ?」
「たった三日だよ」
「大きい三日です」
帰ってきた後も最近みたいに抱きしめてきたわけではなくて「あ、これお土産です」とお菓子を渡してくれただけだったけどね。
でも、去年のことで言い争いみたいになって一緒にいられなくなることの方が嫌だからそういうことにしておこう。
「それにお祭りの日も私のせいで微妙な状態にしてしまいましたし……」
「お友達が来て連れていったんだよね」
一応こちらにも聞いてくれたから大丈夫だ返した。
こちらと先に約束をしていたでしょとかは全く思わなかった、自然だから寧ろほっとしたぐらい。
「はい、解散になった後にあなたのお家にいったら全く気にしていない様子で驚きましたが」
「それはそうだよ、お友達だってこはくと過ごしたいんだからね」
お昼休みとか放課後はいつも独占しているようなものだったから流石にあれ以上は求められなかったのもある。
本人に任せているといやとかでもとか言って変わらないからお友達みたいな積極さというか、有無を言わせないような勢いが大切だったのだ。
「で、でも、少しは気にしてくれないと寂しいじゃないですか」
「途中までは楽しめたんだから十分満足できたんだよ、アプリを使って謝罪もしてくれていたし、わざわざ来るなんて思わなかった」
あ、だけど夜に一人で帰ることになったのは微妙だった。
あの頃はいまよりも暗いところが怖くて歩いているときに涙目になって鼻水が出たぐらい、見られなくてよかったとも言えるけどこはくがいればそもそもそんなことになっていなかったのだからそこは気になったところだ。
「そういうところがあなたはずるいんです」
「なんで?」
「なんでって……もう」
「あいた、な、なんでつねられたんだろう……」
こはくの中ではそれなりに怖い顔になってまたつねろうとしてきたから距離を作ることになった。
それでも身長差や、別に本気で逃げようとしているわけではないからすぐに距離を詰められた。
隙間を空けずに真隣に座られたうえに腕もがしっと抱かれて動けなくなった。
「これって出るところが出ていますよアピールだよね」
「違います、酷いことをしておきながら逃げるからです」
「とにかくつねるのはやめて」
もう十分遊べたから話すにしても服を着た方がいいということで着替えた。
「私もかき氷を食べたいです」
「海の家とかないからそれなら戻らないとね」
「いきましょうっ」
海で遊ぼうと誘ったのは僕だったから今度は私の番、ということか。
嫌ではないし、しっかり付き合わなければいけないから緩くお喋りをしつつお店を目指した、海からだと結構遠いから体力はなくなった。
「少しどうぞ」
「ありがと、あむ、メロンだね。ならこっちのも」
「ここに置いてください」
「まだ食べていないよ?」
「ここでいいです」
まあいいか。
「練乳も美味しいですね、合わないも物がないのかもしれません」
「結局、氷だからね」
「そういうのは求めていません」
まだまだ満足できていないということだろうか? 目的の物を食べられているのに少し不機嫌だ。
こういうときは聞き出したりはせずに黙っている方がいい、だからちびちび食べていたら「許していませんから」とわかりやすい顔で言ってくれた。
「私が想像していたのは沙織さんのお家にいくところまでです、なのにかき氷を食べにいったうえにご飯まで食べてくるなんて……」
「沙織はほら、すぐにお腹が空いちゃうから」
丁度いい時間なのも大きかった、あと、中途半端に食べたことと飲食店が視界に入ってきてしまったことが影響している。
沙織は鮭が食べられる定食を頼んでこちらはハンバーグだったけど……子どもっぽい感じで少し恥ずかしくなったぐらいだ。
「あの、なんで私が怒っているのかわかっていませんよね?」
「合わせたところだよね?」
「……という感じで、これで私がわがままだってことがわかりましたよね?」
「んーそこは繋がっていないけどね」
唐突すぎるし、いまだって認められることではない。
自分がちくりと言葉で刺されたくないのもあるし、自分で自分を刺すことになりたくないからだ。
だから前と同じでこれだけは守り続けなければならなかった。
「おはようゆき」
「おはよう」
お祭りが終わってからはなにもなかったからあっという間だった。
メッセージでやり取りをしていてどうしていたのかはわかっていたから特に焼けていなくても違和感はない、夏休み前と同じ感じで沙織はそこに立っていた。
「ゆきの方は焼けたな」
「そう? あ、それと今日から走るの再開するからね」
少し休みすぎたから今日から変えていかなければならない。
とはいえ、初日にはりきりすぎても続かないし、なによりまだ暑くて危ないから前と変わらないレベルでやればいい。
「うわ、そういえば全く走っていないのやばくね? また置いてけぼりにされているわたしというやつが容易に想像できるんだけど」
「それなら合わせるよ」
「ゆきっ、はいいけどこはくはどうした?」
「少しお寝坊かな」
あと十分ぐらいはやってこない、合わせるつもりでいたのに「先にいってください」と言われ続けて駄目になった。
ご両親はもうリビングにいて待っていればいいと言ってくれたけど二階から大声で叫ばれれば出るしかない、迷惑をかけるわけにはいかないからそれだけができることだった。
「お、お待たせしました」
「おう、いくか」
「はい、あ、ゆ、ゆきさん」
「ぷい」
別に怒ってはいけないものの、こういうことをやった方がお友達らしい感じがするからしてみた。
そうしたら本当に困ったような顔で「ご、ごめんなさい、ただ、あんまり見られたくなくてですね……」と謝り始めてしまってこちらが慌ててしまった。
上手くできないならやるべきではないのかもしれないとわかった一件だった。
「嘘だよ、いこ」
「あ、はい」
始業式以外は特になにもなくて初日はあっという間に終わった。
来週の月曜日に席替えがあるらしいから今度こそこはくの隣を狙いたかった、これまで一度も隣同士になれたことがないからどうせ無理だろうけどというそれが強かったけど。
「き、聞いてくれよ二人とも、実はもう席替えがあって中央になってしまったんだ。周りは知らない人間だらけ、しかも両隣が友達同士だから挟んで会話をしてきて困るんだ」
「それは気になりますね、うっ、来週の月曜日が怖くなってきました」
「でも、悪く考えると逆にそういう風になったりするしな、よし、ご飯でも食べにいこうぜ」
進もうとしたところでぐいっと腕を引っ張られて二人と距離ができた。
そうしてきた主の方を見てみると「もう逃さないよ?」と怖い顔をした姉がいた、二人が気まずいこともないだろうから一緒に連れていくことにする。
体の中からなにかが抜けてしまったかのように軽かったうえに抵抗をしてこないから向かっている最中に疲れてしまうことはなかった。
「あー私がいない間にここまで進んでしまっていたのか」
「二人の仲の話だよね、うん、夏休みもちゃんと集まって遊んでいたからもう仲良しだよ」
相手から直接求められたりしなくても自然と名前で呼び合うようなぐらいの関係だ。
多少の喧嘩なんかはあってもここから先は仲良くなっていくだけだから一緒にいて安心できる、これで沙織から露骨に差を作っているとは僕もこはくも言われなくなるだろう。
「あーまさか私の妹がこうなるなんて思わなかったよ」
「いや、僕達がこそこそ仲を深めていたわけじゃないからね? お姉ちゃんだって三人で集まっていたことをわかっているでしょ?」
「中途半端にわかっているのがこはくちゃん的には逆に難しいんだよね」
夏休み前なら間違いなく「いってくださいっ」と叫ばずにすぐに「ご、ごめんなさいっ」と謝って出てきてくれたはず、だから難しいのは最近のこはくの相手をする側の僕だ。
にこにこしていたかと思えばすぐに不安そうな顔になったり、怒ったような顔になるからたまに付いていけなくなる、それでもなんとかいられているのは普通のときなら優しい子だからだ。
「桜里さんはなににします?」
「私はゆきと同じやつでお願い」
「それならこれかな」
「わかりました、注文を済ませてしまいますね」
姉がいなかったらこっちに座っていたのかどうかはわからない、でも、複数人いるときの方がいつものこはくを見られて安心する。
「なにかついていますか?」
「ううん、いつも通りのこはくが好きだから見ていたの」
「こんなところでなにを言っているんですか、沙織さんや桜里さんだっているんだからやめてください」
あれ、もう駄目なときの彼女になってしまっているようだ。
難しい、喋らなければ問題にならないというわけでもないし……。
ご飯の時間も一人だけ気まずかった、なんなら出てからも微妙だった。
だから走っていられているときは楽だった、久しぶりでもそこまで差ができているわけではなかったから付いていけたのもいい。
「あっちーっ、それにわたしはやっぱり継続しなきゃ駄目だーっ」
「これからまた頑張りましょう」
「頼むわ」
でも、一回も足を止めていないのだから沙織だってちゃんと成長できていることには変わらない。
この調子でやっていけば二人が離れて自分が追うことが増えそうだった、それならそれで目標もできるからいいことだと言える。
「え、もう終わりなの?」
「流石ですね」
珍しく参加した姉的には緩すぎたみたいだったけどね。
とにかく、気まずさなんかはどこかにいってくれたからありがたかった。
「ゆきさーん……?」
「今日は早いね」
九月だから早い時間でも薄暗いこともないけどこれはまた唐突だった。
今日は席替えがある日で不安になっているのだろうか? こちらは元々近くはないから近づいたらいいぐらいで気持ちでいる。
「あ、起きていたんですね、よかったです」
「いまは……まだ五時半か、時間があるから一緒に寝よ」
「そういうわけには、そのまま甘えて寝てしまったら二人で遅刻してしまいますよ」
「それならなんで来たの?」
「やっぱり寝ます」
急ぐ必要もないからあと一時間は寝られるのがいい。
大人しい状態ではないとできないから抱きしめて目を閉じていたらあっという間だった、母が起こしてくれた。
「こはくちゃんなら先にいったよ」
「え、なんで?」
というか、離さないようにぎゅっと抱きしめていたはずなのにどうやって抜け出したのだろうか? 前にも言ったように少し揺れれば気が付いて起きるからそういう話をしたいわけではないのにすごいとしか言いようがなくなってしまう。
「恥ずかしくなっちゃったんだって、もう前とは違うんだよ」
「そんなお母さんじゃないんだから」
「若いからこそでしょ、私だって学生時代は好きな人相手にそんな感じだったよ」
詳しく聞きたいところだけど寝たことであまり余裕がないから出ることになった、面白かった点はこはくがお家の前で待っていたことだ。
「お、おはようございます」
「おはよ、こは――」
「なにも言わずに出ていってごめんなさい、ただ、前とは違うことがすぐにわかってしまって……」
姉も母も言っていたことだ、答えてもらえるかはわからないけど気になるから聞くしかない。
「どう違うの?」
「あなたが近くにいると冷静ではいられなくなるんです……」
「離れた方がいい?」
席替えで近くなったら授業中なんかにも困ることになるから離れられた方がいいのか。
可能性の低さが彼女にとっては味方になるわけだ、今回ばかりはランダム性に本当に感謝していると思う。
「そ、それも嫌ですっ、上手くやれるように頑張りますからいてくださいっ」
と、思ったけど違うみたい?
「そんなに必死にならなくても、寧ろ一緒にいてもらうのはこっちなんだし」
「ゆきさんは離れないでください……」
「五月から本当に変わっちゃったよね」
「それはそうですよ」
笑みよりもため息をついているところや呆れた顔の方が似合っている子だったのにいまではすぐに不安そうな顔になってばかりだ。
こういう顔をしていると頭をよしよしと撫でたくなる、でも、実際にそうすると今度は彼女が慌て始めてしまうという繰り返しだ。
「がっ」
「奇跡的に隣同士になれたね、こんなの初めてのことだよ」
「え、なら常にこの距離感ということですか? 授業中も?」
「うん」
「うわーんっ、嬉しいですけど心臓にとって嬉しくありませーんっ」
急いで追わなくてもどうせ合流できるからゆっくり追うことにした。
沙織が来ればすぐに落ち着いてくれるからそれを狙っているのもあった。