07
「夏祭りだっ」
「かわ……きれ……沙織のそれ格好いいね」
「やっぱりこうなるんだっ」
先程までの笑みはどこかにいって今度はなんでなんだっ、とでも言いたげな顔になった。
だけど格好いいと言うのが一番合っていたから仕方がない、もう手遅れだったのかこはくが「可愛くてよく似合っていますよ」と言っても届きはしなかった。
「もうあっちの暗いところで休んでおくわ……」
「ま、まあまあ、楽しみましょうよ」
「……こはくがそう言うなら」
「はい、じゃあゆっくり見ていきましょうか」
別行動中とはいえ、姉も母もここに来ているから会える可能性は高い。
でも、正直に言ってしまえば今日は最後まで二人と楽しめればよかった、解散になってからでも二人とは話せるからだ。
「んーやっぱり王道の物しか買わなかったってなりがちだよな、焼きそばとかそういうのばかりだ」
「焼きそばは美味しいですからね」
「親も好きだからいいんだけどさ、たまには餃子とかも食べてみるべきだと思わないか?」
「食べたければ食べればいいんですよ、自由です」
唐突だけど僕は甘い物ならりんご飴、普通の食べ物ならイカ焼きが好きだ、少し行儀が悪いかもしれないものの、歩きながら食べられるのがいい。
焼きそばとかお好み焼きなんかはお土産で買っていくことが多い、今日は母がしてくれるみたいだから気にしなくていいのがよかった。
「私はチョコバナナを買います」
「んーならわたしはフライドポテトでも買うかな」
む、フライドポテトか、それでも中々に惹かれる名前だ、ただ、こはくがチョコバナナのために列に並ぶなら一緒にいる方がいい気がする。
「でも、並ぶことになりそうです」
「少し別行動をするか、集合場所は……あそこでいいだろ?」
「わかりました」
いますぐにでも食べたかったのか沙織は一人で歩いていってしまった。
「よかったんですか、沙織さんに付いていかないで」
「うん」
「そうですか、それならちゃんと側にいてくださいね」
「いるよ」
並ぶ必要があったとはいえ、遊園地なんかとは違って百二十分待ち! とかではないから体感的にはすぐだった。
並んでいたことが影響したのか「食べます?」と聞いてきたから首を振る、食べたければ自分で買うから安心してほしい。
「待たせたな」
「た、沢山買ってきたんですね」
フライドポテトだけではなくて違う食べ物も買ってきたようだ、食べることが好きな人からすれば両手に花状態と言える。
「まだ金には余裕がある、なにか欲しければ言ってみな、わたしが買ってやろう」
「落ち着いてください」
こはくのはっきり言うところは好きだけど沙織が相手のときは考えてしてあげてほしいところだった。
結構引きずるタイプだし、まだまだお祭りの時間があるということでこんなことでテンションが低くなると可哀想だ。
勢いだけで行動することも多いから一人で走りかえってしまう可能性もなくはない、だから少しは合わせてあげてほしいところだった。
「ゆきー……こはくが乗ってくれないんだけど」
「後で一緒に見て回ろ、あと、冷めない内に食べた方がいいよ」
「だ、だよな、食べるわ」
なにか買ってくればよかった、二人が食べているところを見るのは中々に辛かった。
意識を逸らすために別のところを見ていたらこっちを見ている母に気が付いた、こちらに向かって歩いてきたから迎えにいくことにする。
後でも話せるから的なことを言った自分だけどいまばかりは仕方がない、いまは甘えるしかないのだ。
「はいこれ、ゆきは全然買わなさそうだったから買っておいたよ、食べたい物だけ持っていって」
「あ、イカ焼きっ」
いけないいけない、ついついテンションが高くなってしまった。
「ゆきは好きでしょ?」
「ありがとっ……と言って終わりにしたいところだけどお姉ちゃんはどうしたの?」
「あの子なら友達に誘われて別行動中だよ、一緒に来ているとはいっても親が邪魔をするわけにはいかないからね」
「そっか」
「じゃ、お母さんはいくから、こはくちゃんと沙織ちゃんと楽しんでね」
戻ると「こら」とこはくに怒られてしまった。
終わっているのをいいことに手を掴まれてどこにもいけなくなる、見上げてみたら「側にいてくださいって言いましたよね?」と答えを聞かせてくれた。
「あんまり知らないからだけどさ、なんかゆきのお姉さんよりもお姉ちゃんに見えるよ」
「流石に勝てませんけどね、それでも負けたくないこともあります」
「例えば?」
賑やかな場所だから聞き逃さないように集中する。
「桜里さんが相手のときよりも甘えてほしいです」
姉に甘えすぎないようにしていたこともあってほとんどは彼女にばかり甘えていたと思う。
我慢をしていてもどうしてもわがままを言いたくなるときがあって、けど、彼女は呆れた顔をしつつもちゃんと付き合ってくれた、だから何回もしてしまったわけで……。
「はは、それはまた難しいことじゃないか?」
「でも、そこでは負けたくありません」
「いい顔をしているな」
なんか恥ずかしいから沙織の方にくっついておいた。
「うおっ、冷たくて気持ちがいいなっ」とここでもハイテンションでいてくれて助かった。
「え、無理なの?」
「ああ、今日は祭りが終わったらすぐ帰るって約束だったからな」
僕に家に泊まってもらうかこはくのお家でお泊まりしようと思っていたからこれは残念だった。
「それなら送らせてほしい」
だからせめていられる時間を増やしたいということでわがままを言わせてもらった、沙織は「じゃあ頼む」と受け入れてくれた。
「ゆきは暗いのが苦手だからこはくも頼むわ」
「わかりました」
沙織のお家までいってささっと帰れば問題はなかったのに一緒にいくことになった。
いちいち大袈裟な反応をしたりするからか、なにがあっても平気ですよ~という感じでいれば心配をされることもなくなる。
「今日は二人といけてよかった、お土産だってこうしてたんまりと買えたからな」
「それならよかったです」
と返したこはくもそれなりに買って持ち帰ってきていた、ご両親のためでもあるけどこれは自分のためにが大きい。
証拠はこれまでのお祭りのときの彼女だ、何回いっても同じようにしてほとんど食べているから驚く、お金もお腹も僕からしたら規格外だ。
「ゆき、こはくを呼んだのはゆきのことを子ども扱いしているからとかじゃないぞ、浴衣を返さなければいけないからだよ」
「あ、そういえばそうだった」
「借りものだからな、だからこそ本当ならこはくの家にいかなければならないんだけどすぐに帰ってこいって言われているからさ、最初からこの話はしてあったんだ」
こはくを見てみると「そうですね」と、ならいいかと片付けられた。
「でもな、やっぱり二人がまだまだ盛り上がろうとしているところで離脱ってのは寂しいよ」
「うん、そうだよね」
複雑な気持ちになることはなくても違うところで二人は盛り上がっているんだなとは考えてしまう。
「だからゆきを抱きしめるっ」
「ふふ、沙織って優しいよね」
ばきっと折れてしまいそうな感じではなくてふんわりしている、なんならこのままの状態でも寝られてしまうぐらいの柔らかさだ。
あと、実は沙織の方がひんやりとしていて夏のいまはくっつかれた方が気持ちがよかった、だからくっついてくれるならそれだけ得なのだ。
「な、なんだよ、いま思い切り抱きしめたばかりだろ」
「こういうときに優しさがわかるんだよ」
「も、もういい、さっさと着替えて二人を帰してやらないとなっ」
恥ずかしいことではないのにこうしてすぐにやめて終わらせてしまうところが彼女の悪いところだった。
お祭りが終わったら解散という約束のうえで出てきているからわがままは言えず、すぐにこはくと二人で帰ることになった。
「どっちにする? あ、わかった」
「はい、お願いします」
「それなら着替えを持ってこなきゃ、今度は一人で大丈夫だからまっ――わっ!?」
「あ、危ないですよっ?」
「あ、ありがと、地面に倒れたことが一番の思い出になるところだったよ」
すぐに戻るからと言ったら止めずにいてくれた。
挨拶もしたかったのもある、少しだけお喋りをしたかったのもある、それでも色々と我慢をしてすぐに戻った。
こはくのお家ではとにかくのんびりしていた、時間がきたら夜更かしをせずに寝て翌朝になったら、
「離してくれないと動けないよ?」
まだ寝ているこはくにぎゅっと抱きしめられていて動けなくなっていた。
器用だ、僕だって肩を揺らされながら名前を呼ばれたらすぐに起きるのにこれだ。
心配をしていたというわけではないけどこはくが寝息を立て始めてから寝たから寝られなかったことが朝に響いているわけではない、だからこれはこの前姉が言っていたような抱き枕性能が高いからこそ起きたこと……なのかな?
硬くはなくても特別柔らかいわけではないし、形が自分に合わせて変形するわけでもない、なにがよくて続けているのがわからない。
「こはく――」
目がぱちりと開いて悪いことをしているわけでもないのに少し驚いた、彼女は「ああ、安心できたのはゆきさんを抱きしめていたからなんですね」と全く気にした様子でもなかった。
「起きてくれてよかった」
「おはようございます、いつからしていたのかはわかりませんがごめんなさい」
「謝らなくていいよ、ただ、お腹が空いたからご飯が食べたい」
「ゆきさんはほとんど食べていませんでしたからね、わかりました、下にいって朝ご飯を作りましょう」
今日もとはいかないみたいで一日、彼女と二人きりだ。
できることと言えば長く離れたわけではなくても姉達へ挨拶と、彼女に甘えておくことだけ、だけど沙織が一緒にいられないときに前者はともかく後者の類のことをしていていいのかと悩む。
「やらなければいけないことも終わりましたし、とにかくゆっくりしましょう」
「こはく、沙織は」
「沙織さんは無理だからここにいないだけですよ? 仲間外れにしているわけではありません」
「そっか」
事実、意識をしたところで変わることではない。
だったら彼女の言うようにゆっくりすることがいま僕達にできることだった。
「沙織」
「お、おう? なんか最近は甘えん坊になっていないか?」
「沙織がいないとずるしている気分になるから」
「気にするなよ、こはくに甘えたければ甘えればいいんだ」
彼女からすれば甘えているこちらを見てきているわけだから「なにを言っているんだ?」と言いたくなる件なのかもしれない。
でも、気になってしまうのだ、これまで気にしていなかったことがおかしかったのだ。
「んー結局わたしがあの約束を守れていないからだよな」
「いや、沙織がこはくともっと仲良くなったらそれこそずるい気がして駄目になるよ」
それこそ邪魔をするのは申し訳なくなる、こはくだってこちらばかりを優先はできなくなるから距離はできていくばかりだ。
「じゃあこはくが勇気を出して大アタックするしかないのか、たまに動くけど大胆にいく気はしないんだよなあ」
「……僕は沙織にいてほしいけどやっぱり見たくないよね」
「少し仲間外れ感はあるからなーでも、ゆきもこはくも全くこっちのことを放置しないから逆に心配になるよ。こはくと二人きりにしてやれてよかったとすら考えていたのに実際は喜ぶどころか不安になってしまっているんだからな」
「わがままでごめん」
こういう中途半端な態度はこはくにも迷惑をかける、どうして急にこうなってしまったのか。
これならまだ側に誰がいても関係ないとあの子に甘えられていた昔の方がよかった、結局、彼女のことを考えているようで自分が責められたくないだけだから面倒くさいことになる。
「謝るなよ、それにありがたいからな。だって途中から参加したんだぜ? それなのに昔からの友達と同じぐらい優先してくれているんだ、嬉しいよ」
「沙織……」
「よしよし、わたしなら大丈夫だから心配するな。つ、つかさ、こんなところを見られたらそれこそこはくにやられるんだけど……」
駄目だ、このままにしておくと解散になってしまう。
「今日だって沙織のところにいってくるって言ったら『楽しんできてくださいね』って言ってくれたよ?」
本当に気にしているときは『いまからお家にいきます』などとメッセージを送ってきて速攻で来るから今回のそれは該当しなかったということだ。
まだ関わった時間が短くてわからないということならこれからわかるようになる、それこそわかりやすく行動してくれる子だった。
「それは我慢しているんだよ、ゆきはもうちょっとこはくのことを考えてあげられるようにならないとな、わたしはその後でいいからさ」
「でも、わかりやすく求めてきてくれないと動けないよ」
あの子のなにかがあってそういうことに関しては隠し続けるようならいまの状態から変わったりはしない――と前も似たようなことを考えたけど相手が僕ならそうなるのだ。
「だからこはくが動くのが一番なんだよな、だからってなにかを言うのも違うし、誰かになにかを言われて動かれても複雑だろ?」
「どんなきっかけからでも優先してくれたら嬉しいよ?」
「はは、そうか、ならお節介を焼こうかな」
よかった、勝手に一人で慌てて逃げてしまう沙織ではなかった。
彼女はそのまま何故かこちらの写真を撮って携帯をぽちぽち操作していた、本当にただ立っているだけの写真だからなにも意味はないと思うけど。
「よし、これで後は時間経過を待つだけでいい。ゆき、かき氷でも食べにいこうっ」
「うん、いこう」
ただ、これで怒ってくるなら、不安そうな顔をしていたりしたなら動きやすくなる。
あんまりマイナス方向の状態にはさせたくないけど結局、もやもやをなんとかするためにはこはくの力が必要だった。