05
「お誕生日おめでとう」「おめでとう」
「ありがとうございます」
学校から帰ってすぐに始めてご飯作りを頑張っていたから既に体力の方はあまり残っていなかった。
それでもちゃんと約束通りご飯を作ることができてよかったと思う、彼女のご両親がいないということを聞かなくて済んだならもっとよかった。
「いやーこうして誰かの誕生日を祝えるというのはいいことだよな」
「うん」
「じゅ、十月にわたしの誕生日になるんだ、だからそのときは頼むっ」
「安心してください、そのときはゆきさんと一緒に頑張ります」
「ありがとなっ。じゃ、ゆきが作ってくれたご飯を食べるか!」
こはくよりもテンションが上がってしまっているようだ。
こうなるとご飯を食べた後すぐに眠たくなって解散に、なんてことになりかねないからもう少しぐらいは抑えてもらいたかった。
だってこうして集まっているのならすぐに解散にはしたくない、寝ている谷内を放置して二人だけで盛り上がるというのもしたくないのだ。
「谷内は渡したの?」
あの日はまだ渡さないと言って鞄にしまっていたことを思い出して言ってみた。
「あ、そういえばそうだ。いやーやっぱり誕生日プレゼントなら当日に渡すべきだと思ってな、はい」
「ありがとうございます」
彼女の谷内に向ける笑みはとにかく柔らかい、呆れた顔が多くなるこちらのときとは違って見ていて楽しい。
こうなってくると出てくるのは二人が仲良くしてほしいというそれ、距離を作ること以外でわかりやすく役立てるようなことはないのだろうか?
自惚れでもなんでもなく僕がいれば優しさが邪魔となってこちらにも意識を向けるようになるから難しい。
「それにしても美味しいな」
「一応できるというだけだよ」
いつもならご飯を美味しい美味しいと食べているところだけど集中できない。
どうすればいいのか。
「気を付けてください、ゆきさんがなにか変なことをしようとしています」
「それなら簡単だ、こうして手を掴んでおけばいい、この状態で無茶なことをしようとする子じゃないさ」
「なるほど、それなら私は反対の手を掴んでおきます」
まあ、仲を深めてくれるならそれでいいのだ。
ケーキ以外は自作の物だったから食器洗いは少し大変だった、それでも早めに始めたから二十時までには全てが終わった。
「なあ、言ってなかったんだけど泊まっていいか?」
「いいですよ?」
「よし、ゆきも泊まるよな?」
「今日は特例で長く外にいられているだけで本来なら十九時までに帰らなければいけないから」
これは作戦ではなかった、二十時までには帰ると言ってあるから泊まるわけにはいかない。
連絡をすれば泊まることは可能だけどそれだと約束を破ったことになるから嫌だった。
あとはまだまだ狙っていたのもあって最強のカードを切れることに喜んでいるぐらいだ。
「え、じゃあ参加しないってことかよ……」
「ごめん、だけどまた遊ぼうね」
決まったと内で呟いた後すぐに「送ります」とこはくが言ってきた。
「じゃ、わたしはその間に服とか取ってくるかな」
「え、別行動をしなくても、それに送られなくても僕は大丈――」
「送らせてください」
悲しそうな顔とかではなくてやたらと真剣な顔だったものの、結局、ここでそれでもと飛び出るような勇気がなかった。
「言うことを聞いておけゆき、今日誕生日のこはく様が言っているんだから」
「わ、わかった」
というわけで別行動が始まった。
歩いている途中、こはくは特に話しかけてはこなかったから考え事が捗った。
もうお腹いっぱいの状態だからお風呂に入ってしまえばすぐに寝られる、平日だから無理をしても後の自分にいくだけだから大人しく休もうと思う。
「送ってくれてありがと」
「はい」
「こはく? 早く戻らないと谷内が泣くよ?」
それでまた露骨に差を作っているんだーと大きな声を出す。
でも、今日は二人きりで完全に優先してもらえる状態だから大丈夫かもしれない、彼女も谷内もお互いに名前で呼んでいることも大きいはずだ。
「……これは変なことをしているわけではないんですよね?」
「うん、お母さんから言われたことを守っているんだよ、気になるならお母さんを呼んでこようか?」
少しドキッとしたけど冷静に。
だけど大丈夫だ、これは本当に母がいま突撃したところで困ることはないことだ。
「それはいいです、それよりも……」
「わぷ、どうしたの? やっぱり本棚が欲しかった?」
家に置いてあっただけでお金ならまだある、欲しいということなら買わせてもらいたい。
お金が全てではなくてもやっぱりこれがわかりやすく相手のために動けることなのだ、活かしていくしかない。
「いえ、少し寂しくなってしまっただけです。それじゃあ私はこれで、風邪を引いたりしないでくださいね」
「こはくもね」
漫画やアニメだったら大体こんな会話をした後にどちらかが風邪を~となるところだけどそこは翌日にあっさりとこはくが登校してきたことで問題にならなかった。
普通に会話もできたし、谷内とも仲良くしてくれているから理想の過ごし方というやつをできていて嬉しかった。
「こはくは……って、今日も別の友達といるのか」
「いっても大丈夫だよ、こはくのお友達も優しいから」
すごい元気な子が多くて圧倒されることは多いけど付き合えるならすぐに仲良くなれる。
「やっぱり気になるよ、だからわたしはゆきを持ち上げておくんだ」
「ねえ谷内、なんでお姉ちゃんに嘘をついたの?」
こういうときは無理やりこはくと一緒にいさせようとはしないで相手のことを知ろうとするべきだ。
「いやあれは嘘じゃなくて――駄目か、やっぱりわかるよな」
「うん、それこそ露骨だったから」
あれから学校で来ることも減っているからそれを見て嘘をついたのかもしれない。
一緒にいなければバレない、重ね続ければ大事になる可能性もあるけどこの程度なら姉が来たときだけ適当に合わせておけば疑われることもないだろう、そう考えたのかもしれない。
ただこちらからすれば無駄なことをしているとはっきりと言えてしまうことだった、少なくともこはくがいるところなら尚更あの発言は駄目だった。
表面上で判断をするしかない以上、一緒にいるときにこはくが不安になってしまうからだ。
「あれだよ、お姉さんを安心させてやりたかったんだ。こはくがいない状態でもわたしがいるとなればゆきがひとりじゃないってわかって安心できるだろ?」
「実際は――」
「わかっているよ、ゆきは一人でも大丈夫だって言いたいんだろ? わたしよりも強いって言いたいんだろ? だけどずっと見られるわけじゃないお姉さんは違うからさ」
それまで全く意識になかった姉を安心させてあげたくなったのは優しさからか。
「こはくの前で言ったのは失敗だった」
「あー……そうかもしれない」
「本当の目的はこはくとお付き合いをすることだよね?」
いまか後かという話でしかないからこれまでのことに感謝をして見ているだけにしておくべきだ。
僕は十分あの子に優しくしてもらえた、あの子次第だけど今度は谷内の番ということだ。
「へ?」
「ん? え、そうだよね?」
仲良くなりたいと何度も重ねてきたならこっちの方向にしか考えられない。
なのに谷内はこちらの頭に手を置いてから「ははっ、違うよゆき、こはくと仲良くなりたいというのが、つまりあのときの発言そのままがわたしの願いだよ」と言って躱そうとする。
そのことならもう聞いた、今度は本当のところを吐いてもらえるまで離れない。
「こ、ここには僕しかいない、まだまだ信用できなくて吐けないということなら――」
「いや、ゆきのことはもう信用しているよ、本当にそれ以上は望んでいないんだ。だからこはくがゆきをそういう意味で求めても敵になったりはしないから安心しろ」
「い、いや、敵とか味方とかそういう話じゃなくて……」
駄目だ、この笑顔は本当にそう考えている顔だ、こはくみたいに露骨であってくれたならいいけどこれは無理だ。
「あれから少し時間も経過したよな、ゆきの中でなにか変わっていたりしないのか?」
「いまの僕からすれば谷内がこはくと仲良くなってくれるのが一番なんだけど……」
「ならありがたいな。そうか、じゃあちゃんと仲良くできればゆきも積極的になれるということだよな」
こはくが動かない限りは変わらないことだから谷内が頑張ったところでなにがどうなるというわけもないのに……。
こういうときに限って簡単にこはくが盛り上がり始めて止められなかった、今度は近くからもやもやしながら二人を見ることになった。
「マジでこはくと仲良くなりたいんだ、だから頼む」
「んーわかりました、それなら沙織さんを優先しますね」
「ありがとなっ」
ここでこはくが絶対に受け入れないなんてことにならなくてよかった。
そうなったらそれこそ誰も前に進めなくなる、もう理想通りにならなくていいから喧嘩みたいなことにはなってほしくない。
「ゆっくり話せるような場所を探すことから始めましょう」
「もう七月になる、夏だから外でもいいな」
「そうですね、空き教室とかよりも人が来なくていいかもしれません」
なんで先程からこちらのことをちらちら見てくるのだろうか? 心配をしなくても誘われたりしなければ追ったりはしない。
違う場所で過ごすということなら見られなくなるけど集中したいということなのだろう、別のところで過ごすから安心してもらいたい。
「お昼休みに探しましょう、足りなければ放課後の時間を使ってもいいです」
「放課後は走るだろ?」
「中途半端なのはやめましょう、私も動くならちゃんと動きたいんです」
「そ、そうか、わかった」
これもこはくらしい。
二人が走らないということならこちらも走る必要はないから大人しく帰ろうと決めた。
姉か母と楽しくできればそれで十分だった。
「もうこはくちゃんと沙織ちゃんにはあげないから」
「お姉ちゃんって冗談を言うのが好きだよね」
でも、悪い内容ではないから笑っていられるのはいい。
冗談だけど一応気にしてくれていることには変わらないからありがたいことだった。
「冗談じゃないよっ」
「だって来てくれる回数も減っているよ?」
「そ、それは友達が毎回拘束をしてきて逃げられなくて……」
「あ、気にしなくていいからね? 本当にいたい人と過ごせばいいんだよ」
こはくと谷内のことも話し終えたからお風呂に入ってくることにした。
遅い時間になればなるほど先に入りたがらない母に負担がかかるから駄目だ、だけどご飯を食べたりするとやっぱりお風呂に入った状態からは汚れるからその順番だけは変えられないというのがあれだった。
「ゆき入るよ」
「お母さん? 珍しいね」
「さっきの話で気になったことがあってね」
それにしたって普通に聞いてくれればいいのに面白い。
「こっそり聞くのが好きだよね」
「親なら気になるものでしょ」
「こはくとのことなら大丈夫だよ、ちゃんと仲良くできたら来てくれるはずだよ」
「本当に?」
「だ、だってこはくだよ?」
や、谷内だってこはくに興味があっても来てくれていたのだから大丈夫だろう。
なのに母はなにも言わずにこちらを見ているだけ、本人達ではないから言葉を重ねたところで無駄などと考えていたとしてもなにかを言ってほしいところだ。
せっかく気持ちのいいお風呂に入れていたのに心臓が忙しくなってきてしまった。
「ごめん、こはくちゃんなら来てくれるよね」
「う、うん」
「じゃ、お母さんはもう出るからあんまり長くならないようにね」
翌朝になればすぐにわかるということですぐに出て寝ることにした。
いつもはゆっくりしているところだけど姉と同じ時間に出て教室で待っていると「おはようございます」とこはくは普通に挨拶をしてきてくれた。
中途半端にやりたくはないと言っていたこはくなものの、挨拶ぐらいはやるのがこはくだ、だから安心できた。
あの約束があるから教室で盛り上がるようなことはなくなってしまったけど、なんにも喋ることができない状態でなければ気にならない。
体育で走ることになったとき以外は心臓が慌てるようなことはなかった。
「ゆーき、お姉ちゃんが来たよー」
「ごめん、昨日のあれは脅しみたいなものだったよね」
言うつもりはなかったけどやっぱり来てくれなかったよねと言われないためにはこうやって動くしかない。
「そんな風に考えない、今日は彼氏ーと盛り上がっていたから簡単に抜け出せただけです」
「なら違うところにいこ」
「おっけー」
中途半端に移動をしないで空き教室でゆっくりすることにした。
都合が悪いときだけ甘えているみたいで悪いけど姉に抱き着く、すると姉はなにも言わずに抱きしめ返してくれて背中を撫でてくれた。
「やっぱり僕はたまに来てくれるだけで大丈夫なんだよ」
「あんな風に言われたら心配になるよね」
「あれ、お姉ちゃんも聞いていたの?」
「うん、だってお母さんが一緒に入ろうとするなんて珍しいことだからね、それに私だけが仲間外れにされていたら嫌じゃん」
そっか、やっぱり姉からしてもあの母の行為は意外ということか。
まあ、こうやって時間も進んだから似たようなことはなくなるだろうけど。
「はぁ、ここだったのか」
「あれ、沙織ちゃん?」
今度は谷内か、上手くいかない。
隠れられているつもりだろうけどこはくがいることも丸わかりだ、ただ、これは谷内の独断なのだろうか。
「はい、ぶつけたらこはくも中途半端にやりたくないと受け入れてくれました。でも、やっぱりわたしにとってもこはくにとってもゆきがいないと駄目なんですよ」
「お、おいおーい、まさかゆきを取るつもりじゃないよね?」
姉は後ずさる、谷内は距離を詰めていく。
なにかを気にしているのかこちらに背を向けてこはくは廊下に立っているだけだ。
「お姉さんには悪いですけどゆきといられないと嫌なので見逃してください、ほら、こはくだってちゃんとここにいるんです」
それでも流石に呼ばれたら動かなければならないと思ったのかこちらの前まで来て「ゆ、ゆきさん」と微妙そうな顔で名前を呼んできた。
「うわーん!? ゆきが露骨に友達と差を作るー!」
えっ、まだなにも言っていないけど……と困惑している間に「やっぱりわたし達は三人でいないとなっ」と谷内が前に進めてくれた。
「よかったの?」
「はい」
「ならいいけど、無理はしないでね」
「こはくがゆきと離れる方が無理をしているってことだよ」
んー来てくれてありがたいけどこれはこれで気になる。
随分と贅沢な思考をする人間になってしまったようだった。