04
「六月十三日はこはくのお誕生日」
ついこの前まで寒い寒いと言っていたのにもう半年が経過したことになる。
「そうですね、もうあれから一年が経過したんですね」
「なにが欲しい?」
「んーいまなら本棚でしょうか、もっとも、それをゆきさんに求めることはしませんが」
「三千円とかなら買えるよ?」
無理をすれば五千円程度は出せる、去年はこのことで後悔をしたから貯めていたのだ。
それでも少しずつ使って五千円というところが情けないけど。
「そんなに高い物を買ってもらったりはしませんよ、その日はご飯を作ってください」
「わかった、いっぱい作る」
「あと、場所は私のお家でお願いします」
「いいよ?」
お誕生日のときは毎回お家で~と言ってくるから違和感もなかった。
ご飯作りは当日にしかできないからこれでいいとして、今年の違う点は谷内がいるということだ。
誘うのかどうか聞いてみると「参加してくれるということならそうですね、谷内さんもいてくれた方がいいです」と言った、頼むのは任せてと言っておいた。
「あ、もう言うんですね」
「うん、早い方がいいから」
連絡先は交換してもらっていたからすぐだった、谷内もすぐに反応してくれて参加したいということだったのでそのまま伝えるとへにゃりとした笑みを浮かべた。
あれからはお互いに遠慮がなくなっていてお互いを優先している気がする、このままならすぐに仲良しになれる。
二人が盛り上がっている間、こちらは一人でそれを見るのがお気に入りの行為だった。
「よし、じゃあそろそろ帰るね」
「はい、気を付けてください」
夏が近づいたことと、走っても一時間ということでまだ十八時だ、そういうのもあって寄り道をしていくことにした。
特になにがあるというわけではないけど地面に座って空を見ていると雨が降ってきてまた走ることになった。
「おかえりー」
「ただいま、まさか走った後にまた走ることになるとは思わなかったよ」
土砂降りというわけではなかったからびしょ濡れにならなかったことが救いだ。
だからタオルで少し拭いていくだけでなんとかなる、多分、風邪を引くこともない。
「そもそも走ること自体が偉いよ」
「お姉ちゃんにも走ってほしい」
「走らないよ、私は体育とか必要なとき以外は走らないって決めているの」
「わかった、じゃあかわりにこはくのお誕生日を一緒に――」
「そういえばもうこはくちゃんのお誕生日かー」
なんで頭を撫でられたのかはわからないけど言っておけば変わっていく。
とりあえず荷物を置くために部屋へ、そうしたらベッドの上に知らない箱があって気になった。
数秒見つめて手を伸ばしたタイミングで「あーいけないんだー」と言われて固まった。
「嘘だよ、それは私からゆきへのプレゼントだよ」
「これは……腕時計だね?」
「外にいることが多いからちゃんと時間を把握してもらおうと思ってね」
「ありがと、大事にするね」
これで最近は出てきている谷内のもっと走りたい病が出てこなければ真っ暗になる可能性はもっと低くなる。
「でもね、私からすれば放課後になったらやっぱりすぐに帰ってきてくれるのが一番なんだよ?」
「お姉ちゃんはお友達とよく遊ぶのに?」
「だからこそだよ、遊んで帰ったときにいなかったら心配になるでしょ?」
姉が帰宅したときに僕がいないということはほとんどないからわからない。
「妹にうざ絡みをしていないで早く下りてきてよ、ご飯の時間だよ」
「うん」「はーい」
「それとゆきはちゃんと十九時までに帰ってきて」
二十時とかになったわけでもないのに何故か心配をされる人間だ。
これも身長のせいだろうか? こはくみたいに高身長なら言われないならそっちの方がよかったと思う。
心配をしてくれるのはありがたいけどなんとも言えない気持ちになるのだ。
「守っているよ?」
「うん、だからこれからもだよ」
とりあえずいまはご飯だ、このなんとも言えない気持ちもなにかを食べればなんとかなる。
ご飯の時間にまで言われるようなことはないからいたって平和な時間だった、結局、お風呂に先に入ってすぐに部屋に戻ることにした。
そこまで疲れているわけではなくてもベッドに寝転んでいるだけで全く違って、気が付いたらまた朝だったことになる。
「おはようございます」
「こはく? こんなに早い時間から来てどうしたの?」
「あなたのお母さんに呼ばれました」
その母はと探してみたらもうご飯を作り終えてソファに座ってゆっくりしていた。
別に昨日のことが理由ではなくてただこはくと喋りたかったかららしい。
放課後にしてあげればいいのにとぶつけたら「ゆきと一緒に走るからその後に誘う方があれでしょ」と言われて黙る羽目になった。
でも、すぐに戻ってそれならご飯を食べてもらえばいいと言ったら「そこまで自信があるわけじゃないから恥ずかしいよ」と返されてしまった。
「おはよー……わぷ、リビングに壁が増えているよ……って、こはくちゃんか」
「わざとらしいですがおはようございます」
彼女もこはくも柔らかい表情で対応をすることができるのはいい。
それでもこちらが似たようなことをしたら「なにをしているんですか」と呆れた顔で言われることは確定しているからまた複雑な気持ちになったけど。
「むぎゅー」
「く、苦しいです」
「やっぱりそうだ、こはくちゃんは抱き枕性能がすごいよ」
「変なことを言っていないでご飯を食べて、さっきはあんなことを言ったけどこはくちゃんの分もあるから食べてね」
本人がこうするなら遠慮をする必要はないから走った後に連れていこう。
谷内が一緒に過ごしたがったらできない――ことはないか、谷内ごと連れてきてしまえばいいのだ。
「ありがとうございます、ゆきさん」
「うん、食べよ」
早く食べて谷内と会いたい。
もう一緒にいるのが当たり前という認識でいるから同じところにいないのは違和感しかなかった。
「こはくに内緒でプレゼントを選びにいきたい?」
「ああ、どうせなら本人がいない状態でこれだって物を選びたいだろ」
「無理だと思う、あと逆効果にしかならないからやめた方がいいよ」
もうそれは過去に自分がやって失敗をしている方法だった、本人がそこにいてもいなくても自分でこれだという物を探し出せばいいのだ。
「それに――ほらね」
足音が大きいわけではないけどいきなり影ができるからわかりやすい。
「なるほど、ゆきがいるところにはすぐに我妻が現れるからか」
「うん」
離れたときにちゃんと来てくれなくなったら終わりだ。
そういうのもあってできるだけきっかけになりそうなことをやりたくなかった、なるべく付き合ってあげたいけどこはくとのそれが一番だからどっちかならこっちを選ぶ。
「そもそもゆきさんにはご飯を作ってもらいたいって言ってありますからね」
「じゃあ放課後に三人で店にいくか」
「谷内さんもご飯作りを手伝ってあげれば――あ、できないんですね、それなら、いやでも……うーん」
自分のお誕生日のことだから〇〇すればとは言いづらいと思う、僕が相手ならともかく出会ったばかりと言っていいほどの谷内が相手なら尚更だ。
「だから物じゃないと駄目なんだ、付き合ってくれっ」
「なら今日は走るのをやめてお店にいきましょうか」
「いや、走るのはちゃんとやる、店まで走ればいいだろ?」
本気でやっている人達とはレベルが違うと言っても暴走しているように見えて怖くなる。
酷くなってからでは遅いからこはくが止めてくれるのが一番だけど、こはくは笑って「はは、いつの間にか誰よりも走りたくなっていますね」と言っているだけだ。
「やっと効果が出てきたんだ、当たり前だ」
「谷内、あんまり一気にやると――」
「大丈夫だ」
どうしても危なそうなら引きずってでもお家に連れ帰ろうと決めた。
この話し合いが終わってからは教室に来るなりこはくと盛り上がるようになったから見ていた。
「いくぞゆきっ」
「うん」
元気なのはいいし、こっちにもちゃんと意識を向けてくれるのは嬉しいけど……。
「落ち着いてください」
「そうだな、ゆきが心配そうな顔で見ているからな
「それと今日は距離が短いのでゆきさんをおんぶしていきます、掴まっていてください」
「はは、一番テンションが上がっているのは我妻だな」
冗談ではなかったみたいで靴を履き替えてからは本当にお店まで運ばれた、負荷を高めるための道具でしかなかった。
お店の中では流石にやめてくれたけど今度は手を掴まれている、最初から最後まで子ども扱いをされているようなものだ。
よかった点は安価で可愛い小物を見つけられたことだ、こっそり買わなくてもこれを買うと彼女の側で言ってお会計を済ませてしまえばそのまま持っていける。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
更に言えばお誕生日まで待ったりしないで渡してしまうことが大事だ。
受け取ってもらえないなんてことはないけど少しでも不安になるようなことをなくしておきたい、本当なら本棚をあげたかったものの、それは流石に止められるから我慢をするしかない。
「谷内は――心配しなくても先に帰ったりしないから大丈夫だよ」
「あ、ああ、ありがとな」
対象が付いていくみたいだったからこちらはソファに座って休んでおくことにした。
まだお金はあるから母と姉のためになにか甘い食べ物でも買っていくのがいいかもしれない。
いまならまだ選ぶのに時間がかかりそうだから別行動をしようとしてできなかった、もちろんなにも言わずにいくわけがないから近づいた結果、腕をがしっと掴まれた。
「帰りに一緒に寄ればいいじゃないですか」
「す、すぐ済ませるから待っていてくれ」
変に動こうとしたせいで谷内を焦らせてしまっただけか。
拘束されたままだったから大人しく付いていって、終わったら一緒に買いにいった。
「なあゆき、我妻抜きで話し合いたいことがあるんだけど」
「またそれ?」
「そ、そう冷たい顔をするなよ、ちょっとだけ付き合ってくれ」
色々長く喋っていたけど結局のところはどうしてもケーキを作るか買ってあげたいらしい。
そういうことに関してはこはくのお母さんが頑張るからと言っても聞いてもらえなかった、沢山食べられるから追加があっても大丈夫だろうか。
「わかった、それぐらいならいいと思う」
「そうかっ、じゃあ早速――ぶぇ」
「内緒にしないでちゃんと言ってください、あと、追加であっても食べられますがそこまでやってもらわなくて大丈夫です」
駄目か、眠って高性能装置、はともかく察知能力が鈍ってくれないと僕達は逃げられないか。
「それじゃあ駄目だろ、結局プレゼントだって五百円までって条件をつけられたんだから」
それは僕が買って渡したプレゼントのせいだからその点でも協力をしてあげなければならないことだった。
「そもそも谷内さんとは一緒に過ごし始めたばかりですし、プレゼントを贈ったりはしないのでは――や、谷内さん?」
「うわーん! ゆきとわたしで露骨に差を作るー!」
きたっ、そうだ、ちゃんと言って甘えなければならないところだ。
僕達だってそうやって仲を深めた、我慢は大切だけど我慢ばかりをしているようならいまの状態から変わらない。
「よしよし、こはくは酷いよね」
「ええ!? 私が悪いんですかっ?」
「そもそもわたしだけ名字呼びだし……露骨に出会ったばかりなことを言ってくるよな……」
「名前で呼んでほしいならちゃんと言ってくださいよ、沙織さん、これでいいんですよね?」
「うぅ……なんでこうなったんだぁ……」
じゃ、後は当日に頑張るだけだ。
少し大変だったのはこのテンションがお昼休みになっても放課後になっても変わらなかったということだけど、いま何時なのかをその度に伝えることでなんとかした。
姉がくれた腕時計は本当に最高だった、いちいち携帯を取り出さなくていいのは楽でいい。
「あ、おーい」
「お姉ちゃん?」
まだ制服状態で学校の方から歩いてきているということはいま帰っているところだったのか。
珍しい、遊ぶならもっと遅い時間まで遊んでくる人だから。
「うん、お姉ちゃんだよー……っと、きみが沙織ちゃんだね?」
そっか、学校で姉のところにいったときもこはくしかいなかったか。
「は、はい」と谷内も緊張していそう、こはくは普通に「こんにちは」と挨拶をしていた。
「ほーこれはまたこはくちゃんとは違う子だなー」
「い、いつもゆきさんにはお世話になっていましてっ」
ゆ、ゆきさんって別に男の子が初めて相手のお姉ちゃんやお母さんに会ったというわけではないのだからいいのに。
姉の前ならこれが続くということなら大変だ、何故ならさん付けをされる度に笑いそうになってしまう。
会話に混ざれている状態ならいいものの、そうではないのならおかしい人間になってしまうから駄目だ。
「落ち着いて、それに沙織ちゃんはこはくちゃんに興味を持ったんでしょ?」
「あー……最近は我妻ともいられていますけど、ゆきさんといたい気持ちが強いですね」
「「そうなの?」」
頷かれてしまった、そうだったんだ。
こはくのお誕生日のことであれだけハイテンションだったのに意外だ、小さいから心配になるというそれからきているなら怒りたくなるけど。
「あの、複雑なんですが……」
「大丈夫、我妻とだって仲良くしたいよ」
「なんであなたの私に対する発言ってこんなに適当に聞こえるんでしょう……」
「だ、大丈夫だからっ、それにゆきの一番はこはくだろ?」
「「え」」
谷内はいきなり自分から相手に意識を逸らそうとしてくることがある。
別にこれはマイナスのことではないからまだいいけど、相手が怖い人だったりしたら……。
「お姉さんどうしたんですか? 我妻も」
「こはくの一番はお姉ちゃんの私だよっ、ね? そうだよねっ?」
「お姉ちゃんも好きだよ?」
「もってことはこはくちゃんと同じぐらいってことなんだっ、もう嫌だー!」
楽しそうだ。
ただ、このまま放置すると拗ねてしまうから解散にしてもらって家に向かって歩き始めた。
肩を揉んだりすることで機嫌をなんとか直してもらうことに成功したのだった。