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「やっと変わったのか、おめでとう」
「ありがとうございます」
「というわけでやっといままでの状態でいられるってわけでゆきを借りていくわ」
「どうぞ」
そこでこはくと、とならないところが不思議だった。
廊下に出て少し離れたところで足を止めて「よかったな」と言ってくれたので頷く、何回も言っているようにいちいち逃げられないだけ幸せだ。
「もう遅いけどいまだからこそ聞きたいんだ、沙織の中には本当になにもなかったの?」
「ああ、ないぞ」
「そっか」
「結局、こはくといた時間よりもゆきといた時間の方が多かったからな、だから信じにくいのはわかるけど本当にないんだ」
「教えてくれてありがと」
実はありました~となるとせっかくこっちが解決したのに新たな問題が出てくるからありがたかった。
安心したのもあってぎゅっと側面からくっついていると「ひぃ」と沙織が小さな悲鳴を上げて気になった。
「は、早く離れろ、ゆきからしているんだとしてもこはくからすれば面白くないだろ」
「大丈夫だよ、ほら、こはくは目の前までやって来たけどにこにこ笑みを浮かべているだけでしょ?」
身長が高いから近くまで来れば相変わらずすぐにわかる、そういうのもあって沙織は慌てすぎたとしか言いようがない。
仲間外れ感が強くなって出てきただけだろう、こうなったら三人で仲良く過ごせばいいのだ。
こはくが沙織を連れていきたいなら見送るだけだし、うん、どのパターンでも喧嘩のきっかけにならない限りは普通のことだと言える。
「一緒にはいたいけどそういうことに巻き込まれるのはごめんなんだ、じゃあなっ」
「おお、足が速くなっているね、練習は無駄じゃなかった――痛い痛い……」
ある程度は伸びるけど何事にも限界はある、グロテスクな動画みたいになってしまわないように頬を引っ張りすぎるのはやめてもらいたかった。
「もう少し考えて行動をしてください」
「ちょっと腕を抱いていただけだよ?」
「それも駄目です、仲良く話す分にはいいですが接触は駄目です、わかりましたか?」
一歳か二歳ぐらい離れた姉のようにも見えるものの、それなら受け入れてもらいたいことがある。
あっちも駄目、こっちも駄目となればわがままな僕からすれば不満が溜まる、だからこっちがなんとかならなければ悪い方に傾いていくばかりだ。
「ならこはくが受け入れてくれるの?」
「そもそも最初から私でいいじゃないですか、別に拒んだわけでもないのに何故沙織さんにくっつことになるんですかね」
「ごめん、じゃあこれからはやめるね」
大事なのは話し合いか、衝突してからでは遅いからそうなる前にちゃんとすることが必要だった。
「はい、私ならいつでも大丈夫ですから」
「じゃ、沙織を呼び戻してくるね」
「私もいきます」
頬杖をついてぼうっとしているだけだったから突っ伏して休んでいるよりも連れていきやすかった。
まだ警戒しているように見えるのはこはくはともかくこっちがくっついてくると考えているからだろうか?
「言わないようにするって吐いておいてあれだけどやっぱりずるくね?」
「私達ならいますよ」
「いいことで喜ばしいはずなのに喜びきれない自分がいるんだ」
「沙織さん……」
喜べるのかどかはわからないけどお友達がもっといればまた変わった形になったかもしれない。
「はい、約束があるから僕がくっつくのは駄目だけどこはくなら貸してあげる」
姉や沙織ならいい、べたべたくっついていたとしても不満は溜まらない。
多分、信じられないだろうから時間が経過するのを待ってもらうしかないけど絶対に大丈夫と言えることだった。
「いや、それならゆきにくっついてもらいたいぞ」
「どうして?」「どうしてですか?」
でも、沙織が嬉しそうな顔をすることはなかった、それどころか僕のことを出してきたから聞くしかない。
これに対しては「甘えてくれている感じがするからだっ」とかなりの大声で教えてくれた。
「それ、わかります、私がこう……くっついたときよりも効果が高いんですよね」
こはくがくっついても気にならないだけで子ども扱いをされていたら別だ。
やはりあと十センチは大きくならなければならなかった、このままでは一生ここからは変わらない。
いまだって彼女がその気になっているだけですぐに本当のところがわかって飽きてしまうのではと不安になってしまった、沙織なんかはそこまで差がないし、見た目的手にもバランスがよくていい気がするということにも負けそうになった。
「だろ? それにこはくがわたしにくっついたらまるでわたしがわがままを言って相手をしてもらっているように見えて駄目だろ」
「つまり問題なのは身長差ですか、何故私はこんなに大きくなってしまったのか」
最大が百六十五センチぐらいであってくれたなら……。
「はっ、僕はこはくの壁性能が好きだよ?」
と、変なのが出てきてしまったものの、夏のいまなんかには影ができることがありがたかったりする、あとは見上げたときにこちらに気が付いてちゃんと見てくれるところが好きだ。
「そんなことを言われても嬉しくありません」
「抱き着いたときにぎゅっと力を込めても痛がらないから安心してできるのも好きだよ」
「む、い、いやでも、このままだと姉妹にしか見られないじゃないですか、それは関係が変わったいまとなっては……嫌じゃないですか」
「かー! いちゃいちゃしやがって! 落ち着くまでもう来るな!」
僕よりも不安になっていたのは沙織のよう今日はもう駄目だった。
「あれって大丈夫なのかな?」
「いまいっても煽りにしかなりませんよ、それより姉妹にしか見えないことをなんとかしましょう」
「積極的に手を繋いだり抱きしめたりすればいいと思う」
物理的に接触していた方がただ仲良くしているだけには見えなくなる、あとは教室から二人ですぐに消えたりすれば周りの子的にもん? となるのではないだろうか。
もっとも、全く意識は向けられていないだろうけど気になるなら変えていくしかない。
「あなたが小学生のときは桜里さんがよくしていましたが」
「ならちゅーは? 姉妹ならしないよね」
「き、キスってこんなに早くするんですか!?」
「こんなに早くといっても僕達はずっと昔から一緒にいたからね、よし、しゃがんで?」
なんでも彼女にやってもらったりはしないよ。
これで安心してくれるなら何回でもやる、ドラマなんかでぶつからないで済む角度とかも見てわかっているからぶつかって痛くなってしまうということもない。
「うぅ、で、でも、これで安心できるのも本当のことなんですよね、なら――」
「学校からそう離れていないところでなにしようとしているんだよ!」「そうだよ!」
「助かりましたっ」
彼女が楽しそうならそれでいいや。
ちゅーなんていつでもできる、求められたときに応えてあげればいい。
「うっ、なんか胸が痛む……」」
「大丈夫ですか?」
「と、とりあえずキスは駄目だからね」「そ、そうだぞゆき、こはく」
「はい、そうですよね」
放課後は四人で仲良く帰った。
ただ、そこから先は付き合ってもらえなかったからこはくと二人きりになった。
「あ、あの、ゆきさん」
「ん? あ、じっとしてて」
「は、はい」
今度ではなくて今日でよかったかもしれない。
決めていた通り、ちゃんとすると「あ、ありがとうございます」と真っ赤な顔でお礼を言ってくれた。
「って、私がしてもらう側になっているの不味くないですか?」
「なんで? 全く不味くないよ?」
「こ、このまま頼るようになるのは危険なので頑張ります」
「そっか、じゃあよろしくね」
時間ができればこちらはくっつくだけだった。
すぐに抱きしめ返してくれるからこの時間が一番好きだった。