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第九話「俺、卒業したっぽい」


 ガガラボッッッリグイゴリアア。


 木製の扉が突風の衝突で音を立てて動いた。扉と壁の設置面で音が鳴る。壁との接着面が悪いのか不安定に前後している。風が吹き込むたびに前後して音を出すその扉はまるで、風鈴のようだった。


 少しうるさすぎるけれど。



 そんな音は、眠っていた俺の意識を戻すのには十分だった。


 「ンン。ンアアア。」


 視界が開けた。うめき声と共に、体を伸ばしたり縮めたりする。ある程度記憶が覚醒してから辺りを見回した。


 加湿器からボーッと噴火する湯気は白い天井にたどり着くと、そのまま天井で霧散する。


 周りは白を基調としているようで、金属製のラックには絆創膏やら包帯やらが載っていた。壁には眼科検診の注意事項に関するポスターが貼られている。


 (ここは保健室か。)


 俺はとりあえず自分が元の世界に戻って来たのを確認してからさっきの出来事を思い出した。


 (あれはやっぱり夢だったんだよな。)


 俺は思考する。ずっと一人で育て上げてきた、思考という名の俺だけの武器を。


__________________________________________________


 まず考えたいのは、夢の世界で出てきた神様みたいなやつだ。これからは夢の神で『ユメガミ』としようか。



 ユメガミは俺と一緒にこの世界で神様になろうって言ってきた。その時に器がいるとかも言っていたな。器について、ユメガミは『他者を拒絶して作り出された器』って言ってた。


 だから多分、器ってのはこの思考自体のことだろうな。


 一人だから育てられた思考の深さ、それがユメガミの言う『器』なはず。


 だとしたら器を育てろって言うのはもっと思考しろってことになる。思考の練習にはあの哲学杯で勝ち進むことが必要だ。


 だからユメガミは、俺が哲学ワールド杯で勝ち進むことを望んでいるはずだ。


 (なら、あいつは俺の味方になるのか。)


 ふうっと俺は穏やかに安堵した後、視線を眼科のポスターに載ってあるランドルト環を凝視しながら考え続ける。



 (今度はガスマスクについて考えようか。)


 


 ガスマスクは、俺が第三相談室から出たのをいきなり襲った。あの時、俺以外に人影はなかったし、何より不気味なほどに閑散としていた。


 ならあいつは学校にいた全員を襲ったのかもしれない。クラス全員を襲った後、俺が出て来たから俺も襲ったかもしれないからだ。


 (じゃあ、なんのために。)


 あいつは他校のスパイで、哲学杯で勝つために襲撃を企てた。それで俺も襲った。そう考えれば納得できる。


 ならガスマスクは他校のスパイか。なんでガスマスクをつけてたんだ。毒ガスを使っていたからか。


 (そこら辺は確認する必要があるな。)


__________________________________________________


 俺の思考はそう結論づけると、今度は眼光をぎらりと動かして辺りを見渡した。


 誰もいないひっそりとした部屋。体ごと布団から飛び跳ねると、木目の目立つ床を裸足で歩きながらとりあえずここから出ようと扉へ向かった。


 一歩、二歩、三歩、四歩。


 着々と俺の足は扉へと近づいている。そんな俺の背中に警告じみた声が刺さった。


 「何してるの。」


 強気の罵倒。咄嗟に振り返った。本能がそう求めていたようだった。


 俺の後方、大きく開かれた窓の淵に腰掛けて、茶色くて分厚いジャケットを羽織った彼女が座っている。


 (担任の先生じゃねえか。さっきまで誰もいなかったのに。どうなってんだ。)


 「ど、どうしたんですか、先生。」


 「何してるの、35番。早く寝なさい。」


 (いつもと言い方が違う。まるで本当に死刑囚を呼ぶ時の声みたいだ。)


 「ど、どうしてですか。体は元気ですよ。」



 「いいから、座りなさい。先生の命令よ。」


 「わ、わかりました。」

 

 (本当にこの人先生か。いつもと違うぞ。)


 俺は扉にかけていた手を戻し、再び布団へと足を向けた。


 「一歩、二歩、三歩、四歩。」


 彼女はそう呟きながら俺の顔をじっと見つめている。


 (いやさ、さっきから怖いよ先生。)


 バサッ。


 布団の上に潜り込んだ後、俺は窓に腰掛ける彼女を見ながら問いた。


 「先生は何がしたいんですか。」


 「さあ、何がしたいんだろうな。ふふ。」


 さっと先生は背中を離して俺の方へと歩き出した。近づいてくる彼女の微笑に俺は恐怖した。


 まるで下卑た笑みのように見えた。


 俺の視界は彼女が落とす影で閉ざされる。


 (この人、本当に何がしたいんだ。)


 生ぬるい風がさっきまで彼女のいた窓から吹き込んでくる。加湿器から溢れる煙はその風のせいで散開した。


 「ねぇ、緊張してるの?」


 耳元に響く声がひどく艶かしい。


 (マジでこの人どうしたんだ。)


 「私のこと…怖いのかな。」


 「いや、別に怖くないですけど。」


 言葉のトーンは確かに優しい。けれど強迫観念のような何かががそこにあった。


 「変なことはしないよ。だから、私の目を見て。」


 目が合った。四つの視線が交錯する。彼女の幼い目はやっぱりあの彼女のものだった。


 (やっぱりこの人は俺の担任の先生で間違いないか。)


 「君の反応、やっぱり私大好き。もっと遊んであげたい。」


 「ま、待ってください。」


 「だーめ。もっとイタズラしちゃうんだから。」


 優しく、けれどやめるそぶりのない手つき。


 (なんだよ、どうなってんだよ。)


 こそばゆくて、恥ずかしい。本当はダメなのに。けれど俺は声が出なかった。


 意地悪な唇はゆっくりと開かれた。


 「そんなに顔赤くして、顔をしかめているのに、全然止めてって言わないんだね。ふふ、どうして?」


 (なんだよこれ、マジでどうなってやがる。)


 答えられなかった。声が出ない。こんなの、おかしい。


 こんなの、許されない。


 顰めっ面をしながらも頬を上気させる俺。


 先生もまた頬を赤くしている。俺と彼女だけの世界。



 (これ、もう無理だよな。)


 俺が諦めて脱力した瞬間、彼女の笑みがより一層深くなった気がした。


 彼女は俺髪を撫で続ける。その手触りは優しくて、俺は全てがどうでも良くなった。


 

 

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